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外伝①:ダリウス卿のため息 下

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「それでは公爵様にかせをはめてみてはどうでしょう。」
「あの男に?どんな枷はがはめられるだろうか。」

 ロザリーは机の便箋にサラサラと書き出してダリウスに渡した。

 “ラウエン家はメリッサがハンターであることを知っているが、それをメリッサに悟らせないこと。
 アレックスが『魔狼』であることをメリッサに悟らせないこと。
 期限は婚約が成立するまで、これらが守られない場合はシャムロック家より破談を申し入れラウエン家は必ず受け入れること。”

 ダリウスは眉をしかめる。こんなことでいいのか。

「お嬢様には今回、一人の令嬢として縁談に臨んでいただきたいのです。真剣になっていただくためお嬢様には婚約済みでお話を進めるのが良いと存じます。合わせてハンター要素は排除いたします。また公爵様の魔狼化がわかれば、魔狼好きが高じて人としての公爵様を正しく見られなくなる恐れもあります。」
「あくまで普通の縁談、と言うわけか。しかしこれではメリッサだけの枷になってしまうのではないか?」

 ロザリーは便箋を指差す。

「公爵様への枷は二つ目と三つ目の条件でございます。」
「魔狼にさせないと言うことか?」
「逆にございます。狼化は魔素の濃度に影響されます。濃い魔素が森から垂れ込めれば、人型を保つことは非常に困難でございます。勢いがある分、出鼻をくじかれれば慎重になられることでしょう。一度冷静になれば生粋の紳士でいらっしゃる公爵様はお嬢様にご無体なことをなさらないかと。」

 魔封の森が都合よくそのようなことになれば、だがな。ダリウスはそう思ったが口には出さなかった。
 ロザリーがそう言うのならそうなるのだろう。


「後はメリッサがこの縁談を気に入ってくれれば良いのだが。」
「公務と社交界の免除だけでも釣りとしては十分でございましょう。あとは公爵家の受け入れ態勢次第です。確か魔封の森近くに初代当主が開いた館がありますので、そちらに住居を整えてもらいましょう。食事は海鮮を中心に。こちらからはお嬢様に関係した手引きをお送りしておきます。‥ご安心を。あれだけ慕われているのですから、お嬢様もきっと、いえ、必ず公爵様を気に入られる事でしょう。」
 
 ロザリーはまるで公爵家の使用人のように段取りする。
 彼女に任せて今まで間違いはなかった。ダリウスはようやく安堵の息をついた。あの男の喜ぶ様が目に浮かんでニヤリと笑う。

「ロザリー、メリッサの輿入れについていってくれること、心から感謝するぞ。」

 メリッサの嫁入りの際にはロザリーもついていく事で以前より話はまっとまっていた。あの跳ねっ返りと、動き出したら止まらない公爵を御せるのはこの侍女だけかもしれない。

「私も、お嬢様付きにしていただけたこと、心より感謝申し上げます。小さなシシーリア様にまたお会いできて嬉しゅうございました。」

 シシーリアとはメリッサの母の名前。
 ロザリーはシシーリア付きの侍女としてシャムロック家にやってきたが、シシーリアの死後、いとま願いを申し出てシャムロック家を辞していた。

 ダリウスが出会ってから二十年ほど経つが少しも変わらないロザリーの姿に、息子夫婦が元気だった頃に思いを馳せる。今度はアレックスとメリッサが結婚するのだ。きっと似合いの夫婦になるだろう。一緒に幸せになるがいい。

「この家もまた寂しくなるのう。」
「お嬢様のお子が生まれればまた賑やかになりましょう。」
「そうだな、ひ孫の顔を見るまで長生きせねば。」

 アレックスとは、ひ孫の一人にシャムロック家を譲る約束になっている。ひ孫の成長を見守るのもまた楽しかろう。

「さて、議会は紛糾するだろうから、こちらからも根回しをしておこうかのう。」

 アレックスの持つ『威圧』とメリッサの持つ『魅了』。どちらも精神を支配するため危険視されるスキルだ。
 本人たちにそんな気がなくても、国家転覆など言い出す輩がいるだろう。最悪結婚許可が出ないこともありえる。
 あの男のことだ、コネを総動員するだろうがこちらからも手を回しておかねばならない。

 この時さすがのダリウスもアレックスが国王まで巻き込むとは考えていなかった。

 さて、全て整ったら秘蔵のワインを開けて盛大に送り出してやろう。再びこの家が賑やかになる事を夢見ながら、ダリウスはペンを走らせ微笑む。

 こうしてアレックスとメリッサのお見合いが始まった。


 
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