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外伝①:ダリウス卿のため息 上
しおりを挟むシャムロック伯爵家・領主代行のダリウスはため息をついた。孫娘に縁談が来たからだ。
ダリウス自慢の可愛い孫娘メリッサ。
両親がおらずとも真っ直ぐに美しく、優しい娘に育ってくれた。
まあ伯爵令嬢としては多少ぶっ飛んだところもあるが頭もいい、度胸もある。だからゆくゆくは爵位を継がせ婿をとって幸せになってくれればと考えていたのだが。
縁談の相手はラウエン公爵家のアレックス。一年半ほど前に公爵家を継いだばかりの若き当主だ。
人好きされる柔らかな美貌に、騎士のように鍛えられた体躯。実際公爵家の私設騎士団長を担っているのだが。そして木もれ陽を集めたのような温かみのある淡く長めの金髪。国王陛下のおぼえもめでたく、陛下に付き従う様子は王城で何度か見かけたことがあった。
陛下もまだ幼くも凛々しいお顔立ちに太陽の如く眩い金髪であったため、二人が並ぶ様子はそれは福眼であった。
ご婦人方が見れば大変なことになるだろう。
領地運営の方も爵位を継いで程ないが滞りなく治められている。
公爵領ガイアは海を臨む場所にあった。港街バベルが物流の拠点となり活気がある一方、領地の半分近くを占める魔封の森の管理が難しい。
物流や商業・漁業・農耕からの収益・街の治安を確保しつつ、拡大しようとする森の阻止及び魔獣の討伐、と業務が多岐にわたり手がかかるからだ。この若さでこの統治手腕は末恐ろしい。
いずれ宰相か元帥にでも召し上げられるのではともささやかれるのも頷ける。
才能もある。人となりも…まあ良いだろう。王家の双子と呼ばれる名家であるラウエン家からの縁談。何よりも心底メリッサに惚れ込んでいる。もうケチのつけどころもないのだが。
実際、公爵家当主でなければダリウスはあらゆる手を使ってアレックスを婿に引き込んでいただろう。
この縁談、まとめられるものなら是非にでもまとめたい、のだが…。
「どう思うか、ロザリー」
ロザリーは冷めた紅茶を下げ、新しい紅茶のカップを置いた。
「そうでございますね。大変良いご縁だと思います。」
もう十年近くメリッサの専属侍女をしているロザリー。
メリッサのスキルが発現した際に国中を探しまわり、シャムロック家に戻ってきてもらうようダリウスはロザリーに頭を下げた。ダリウスの知る限り彼女しかメリッサのスキルに耐えられないからだ。
護衛としても家庭教師としても優秀で、メリッサがA級ハンターになれたのも彼女の導きがあってこそだ。メリッサのことをよく理解する彼女ならダリウスの悩みを汲んでくれるだろう。
「実直なご気性も大変好ましいのですが、あの勢いではお嬢様は間違いなく引かれてしまいます。」
メリッサでなくてもあれはダメだろう。
ある日アレックスはメリッサを嫁に欲しいと伯爵家に単身で乗り込んできた。
面会の先触れもなしに当主本人が縁談を持ち込んでくる。
メリッサを見初めてくれたことは有難いが、貴族の慣わしとしてはとんでもないことだ。
「先日もハンターギルドで絡まれたそうで、男性からの好意にうんざりしているご様子です。」
「このまま二人を会わせては確実に破談するな。」
馬を駆り公爵領から逃げ帰ってくるメリッサが目に浮かびダリウスは眉間をもんだ。
メリッサは社交界デビューしていないため異性にも恋愛にも免疫がない。好意の押し付けなど恐怖でしかないだろう。
ここはひとつ、カードや贈り物のやりとりなどで少しずつ親交を深めつつ歩み寄る余裕が欲しい。あの公爵の勢いなら会ってすぐメリッサに飛びかかってもおかしくない。
はるか東方の島国の言葉で言うなら、あの男はまさに「猪突猛進」な獣だろう。
そんな訳でどうしたものかと、のらりくらり返事を伸ばしていたら、熱意が伝わっていないと思ったかアレックスはシャムロック邸を訪ねてきてはどれほどメリッサを好きか、どこが素晴らしいかダリウスに熱弁を振るった。
ダリウスにしてみれば、口を無理やり開けられて大量の砂糖を突っ込まれている気分だ。
こうしてアレックスは公爵領から馬車で片道五日、飛竜でも一日はかかるところを単身で頻繁にやってくるようになった。
こんなに領地を空けて大丈夫なのかと尋ねれば、魔封の森を突っ切れば一時間程だと笑っているのを見てダリウスは唖然としたものだ。この男に仕えるのはきっと大変だろう。
この半年間、ダリウスとアレックスは縁談以外にも色々な話をした。領地の話。国の未来の話。そしてアレックス自身の秘密のことも。
博識で会話も機知に富んでおり、ダリウスは孫ほどに歳の離れたこの男との付き合いを存外に楽しんでいた。
人の変化に機敏でダリウスが体調を少し崩しただけでも細やかな気づかいをみせる。会えば会う程に気は良い男だった。本当に。
ただメリッサについてはブレておらず、A級昇格時は是非お祝いを言いたい!とメリッサに面会を申し込まれたが、その勢いではとてもまだ会わせられない。
婚姻後の待遇も、公爵夫人としての公務・社交界の免除、ハンターの継続、自分と同伴ならいつでも森に入っていい、と破格なものを出してきた。一方公爵家からの条件はただ一つ、メリッサを婚前に社交界デビューさせない、というものだった。
畳みかけられ唸るダリウスに、跡取りの問題なら自分が伯爵家の婿に入ろうか?とアレックスが言い出した時には流石に慌てた。それでは国を巻き込んだ大事になってしまう。まさに獣の如き猛アタックである。アレックスも相当焦れているようだ。
もうこれ以上返事を先延ばしにできない。
こちらとしても応としたいのだが、あの猛攻は何とかならないか。
やんわりと本人に伝えてはみたが、どうも自覚がないようだ。
ダリウスはため息をついた。
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