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無礼講
しおりを挟む婚約が成立し邸に戻ったアレックスが無礼講宣言したため、そのまま全員参加の宴会に突入した。
公爵家の食糧庫が解放され飲めや歌えやの大騒ぎだ。
メリッサが邸にやって来た時から公爵家に勤めるプロの使用人という姿しか見ていなかったので、皆のはっちゃけぶりにメリッサは驚いた。
あー、皆さんも猫かぶってたんですね。
メリッサはアレックスの膝の間に腰掛け、ジュースを飲んでいた。メリッサも酒を飲みたかったがアレックスに禁酒を約束したので飲めない。
背後のアレックスを見上げると、周りにワインやらエールやら次から次に注がれていた。見上げているメリッサに気づき、蕩けるような笑みを浮かべる。
「どうしたメリッサ?」
美形がほろ酔いでそんな顔したら破壊力がとんでもない。しかも狼耳付きだ。メリッサは真っ赤になって下を向いた。
一人だけシラフなんて辛すぎる。くすくす笑いながらアレックスに後ろから肩を抱きしめられる。想いが通じ合ったばかりで何だか気恥ずかしい。
アレックスの耳と尻尾はあれから出しっぱなしだが、誰も気にした風でもない。皆にはいつものことなのかもしれない。
「いやー、しかし今日も団長の切れ味すごかったな。」
「こっちの出番なかったし。圧倒的すぎてもう笑うしかなかったぞ。」
「狂熊二匹瞬殺だったな。もう俺たち要らなくね?」
アレックスに群がる騎士達から会話が聞こえてくる。団長とはアレックスのことだろう。
ん?え?みんなその頃からいたの?!だったら早く助けてよ!私一人で必死になってたのに。
「旦那様、メリッサ様、この度はご婚約おめでとうございます。」
バースがワイングラスを手にやってきて礼を取る。どんちゃん騒ぎの中でバースだけいつも通りきちんとしていてメリッサはホッとした。さすが公爵家の家令、そう簡単にハメを外さない、と思ったのは一瞬だった。
「‥‥本当に、どうしようもなく手が掛かったあの若が!動き出したら全然言うことを聞かなかったあの若が!こんな猛獣では公爵家は潰れてしまうと思ったあの若が!とうとう、遂に、やっと、ご婚約‥‥。このバース!嬉しゅうございますぞっ」
「俺のことそんなふうに思ってたのか?」
おいおい泣き出したバースにアレックスは苦い顔だ。ああ見えてきっちり出来上がっていたようだ。顔に出ない分、ギャップがすごい。
「ホント、大変だったよなぁ」
赤ら顔のグライドがワインボトルを手にやってきた。アレックスの真面目な従者と思っていたが、実際はノリが良くて人懐っこいお兄さんだった。メリッサの前にやってきてにっこり笑った。
「メリッサ様、こいつのこと宜しく頼みます。ちょーっと鈍くて面倒くさくてアレですが、根はいい奴なんで。」
「面倒くさいとはなんだ。」
「事実だろ?散々こじらせやがって。こっちは気が気じゃなくてすげぇ大変だったぞ、マジで。全部報われたと思うともう嬉しくて嬉しくて‥‥」
酔っ払っていて言ってることの要領を得ない。一体何があったんでしょうか?
「メリッサ様ぁ、おめでとうございますぅ」
専属侍女のアニスと他の3人がこれまた赤い顔でやってきた。あの清楚なアニスの崩れっぷりがすごい。
そういえばロザリーは?と姿を探すと、騎士達を涼しい顔で飲み潰しているのが見えた。相変わらずの酒豪。シャムロック家でも鬼殺しと呼ばれていた。
アニスがメリッサの手を両手で握り、嬉しそうに微笑む。
「やっとこの邸に奥様がお見えになって本当に嬉しいですぅ。手塩にかけてお世話した甲斐がありましたぁ!」
「そりゃもう逃してなるものかってね!」
「そうそう!絶っっ対メリッサ様がいいって!」
「こんなに可愛らしい方、他にいらっしゃらないもの。」
四人はキャッキャ言い合う。あの過保護はプロ意識ではなく囲い込みだったのか。侍女たちのキャラが思ってたのと違い唖然とした。
うーん?一線を引かれていると思ったのは猫かぶりのせい?
おじいさま、メリッサはこの邸でうまくやっていけそうです。
アニスがつつつっとメリッサに詰め寄る。
「ところでメリッサ様ぁ、旦那様のどこが気に入られましたかぁ?」
「へ?!急に何を?!」
「当然ここは恋バナですよ!」
「確かにイケメンだし、仕事できるし、強くて地位もお金もありますが、ちょっとアレなんで‥‥」
「アレですよねぇ」
「お前たちまで‥‥」
アレックスがぼやく。ひどい言われようだが、アレックスが皆に愛されているのはわかる。メリッサに注がれる女性四人の視線の圧がすごい。
え?後ろに本人いるのに言わないとダメ?
「えっ‥と、いつでも優しいところ、とか。それと紳士なところ‥とか?」
言いながら恥ずかしくなって最後はもじもじと口籠もる。割と正直に答えたのだが、四人は恐ろしいもの見るような表情だ。
「メリッサ!俺もメリッサのそういうところが好きだ!」
感極まったアレックスに抱きしめられ、頭にグリグリ頬擦りされる。後ろで大きな尻尾がぐるぐる回って騒がしい。公爵様も壊れてきた?
「うわぁ、予想以上に旦那様の術にハマってるぅ」
「すっかり慣らされちゃいました?」
「私たちがメリッサ様を旦那様の毒牙から守るのよ!」
「メリッサ様逃げて~!!」
「だから!なんでそうなるんだ?!」
「まあそうなるだろ?」
酔っ払いグライドがノリノリで割り込んでくる。
なぜだろう、なぜか大炎上の予感がする。
「アレなお前にメリッサ様は無垢すぎる。俺すげー罪悪感でいっぱいだったもんな。」
近くで聞いていた使用人達がうんうんとうなずく。
アレってなんだろう。そろそろ教えてほしい。
よいしょと椅子に立ったグライドがアレックスに二ヒヒと笑いかけ、両手をあげて大声を出す。
「皆の衆、聞いてくれぃ!我らが旦那様は諸事情によりメリッサ様がいらして一週間も邸を空けてしまった。ここにやってきたばかりの初々しいメリッサ様を見ていないのだ!しかぁし!我々はそんなメリッサ様を知っている!!」
おいおい、いきなり何を言い出すんですか?!
メリッサは焦った。アレックスがピクリと反応する。
「初めての邸に緊張気味のメリッサ様!ご実家を思われてか寂しげに外をご覧になる憂いのメリッサ様!どんな時でも我々に分け隔てなく微笑んでくださる天使のメリッサ様!旦那様はご存知ないぞ!我らの勝利だ!!」
握り拳のグライドの演説におおー!!と使用人たちから大きな歓声と拍手が上がる。
違う!それは地がばれないかビクビクしてたり、森に行けなくてがっかりしてたり、無差別微笑み攻撃してただけだから!グライドが飲みすぎて壊れた!
「くっ グライド!そこもっと詳しく!」
悔しそうな顔でグライドに噛みつくアレックス。あれれ?公爵様も壊れた!!
「うんうん、そうでしょうとも!さあ皆の衆!メリッサ様のここが素晴らしい!を発表していくぞ!たくさんあるだろうが一人ひとつまでだ!まずは俺から!」
なんでお前からなんだ!ひとつだなんて少ないぞ!と野次が飛ぶ。
いやそこじゃないから!何でこんなことに?!恥ずかしくて死んでしまう!公爵様、止めて!
オタオタと振り返るが、アレックスは目をキラキラさせて騒ぎを見ていた。あれれー?
えへん、とグライドが咳払いをする。
「メリッサ様は魔獣大好き!我々だけでなく魔獣にも優しい!メリッサ様が邸に着いた日の夜も魔狼の旦那様とイチャ‥」
「グライドくーん。ちょっと飲み過ぎかなぁ?」
笑顔のアレックスの脳天締めがグライドの顔面に炸裂する。
怪力アレックスの乱入で一帯は乱闘になり、そこらにいた騎士も巻き込んで酔っ払いの大騒ぎだ。
さっきまで私に後ろにいたのに、公爵様いつの間に立ったんですか?
邸にやってきた日の夜、魔狼になったアレックスと知らずにたくさん戯れあってしまった。満足いくまで抱きついたし顔もたくさん舐められた。しかも一緒に寝てしまった。あれを見られていたの?!
顔に熱が集中しメリッサは頬を両手で覆う。空いたメリッサのまわりに侍女四人が詰め寄る。
「やだ!今のお話もっと詳しくぅ!」
「初日早々にそんなことが?!」
「旦那様手が早すぎでしょ!」
「メリッサ様逃げて~!!」
キャーッイヤーッと四人に抱きつかれメリッサはぐったりした。酔っ払い勘弁してほしい。助けを求めアレックスを見たが、どういう流れか騎士達に胴上げされていた。騎士の皆さん、何故みんな泣いてるんでしょうか?
その後、酔っ払い達に死ぬほど誉め殺しにあい身悶えたメリッサだった。
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