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約束の時間
しおりを挟むメリッサに背を向けて立ち上がった狼が自分の血まみれの手を見ている。
そのどこか人間臭い姿をぼんやりと見ていてメリッサは気がついた。
あの姿は見たことがある。広い背中。一部の隙のない立ち姿。あの夜見た耳に光るピアス。
毛皮が生えても見間違えようがない。
「——公爵‥‥様?」
狼はびくりとする。
メリッサは駆け出していた。血糊を厭わずに狂狼に抱きついた。もう会えないと思ったのに会えた。それだけで涙が溢れた。
「公爵様ぁ‥‥」
泣きながら呼びかけたが狼は動かなかった。メリッサから離れようとしているのが気配でわかる。
逃げてしまうの?もう嫌だ。距離を置かれるのも離れ離れになるのも。だからお願い、どうか——
「‥拒まないで‥‥」
泣きながら懇願し毛皮に抱きついた。その刹那、目の前の金の毛皮が消えメリッサはするりと人肌に抱きしめられた。
「‥メリッサ‥‥」
大好きなあの声で名前を呼ばれ、新しい涙が溢れた。ああ、本当に公爵様だ。
あの愛おしい魔狼は公爵様だったんだ。メリッサはすとんと理解した。
公爵の手は震えていた。メリッサに触れずに宙に浮いていたが、メリッサはその手を取って頬にあてがう。血糊が顔についたが構わない。
「怪我はないか?」
「はい。公爵様のおかげです。」
「そうか。よかった‥‥」
昨晩見た素顔の公爵だ。森の新緑を思わせる瞳がくしゃりとしかめられる。
笑っているようでどこか泣いているような顔だ。
サクリと二人に近づく気配がした。
魔封の森にいるのにいつものお仕着せをきっちりと着た美しいロザリー。それは血の惨状とあまりにもそぐわなかった。
「ラウエン公爵様、約束のお時間です。」
「‥‥‥‥。」
「ロザリー?」
「お嬢様はこちらへ。大事なお話があります。公爵様はこちらを。」
公爵の側に着替えを置いてメリッサを引き離す。そこで初めて公爵が裸だったとメリッサは気がつき赤面した。ロザリーは服を着た公爵とメリッサに礼をとった。
「シャムロック伯爵家・ダリウス卿の代理人として参りました。アレックス卿、お約束を違えましたね?」
「‥‥‥‥。」
アレックス卿と呼ばれた公爵が押し黙る。約束?メリッサは意味がわからない。
「ロザリー?何の話?」
「アレックス卿が魔狼である、これをメリッサ様に秘密にすること。違えた時は今回の話を無かったことにするお約束です。メリッサ様はご覧になったでしょう?アレックス卿のお姿を。」
見た。見てしまった。毛皮が消えて人肌になる瞬間を。無言で目を閉じる公爵をメリッサは仰ぎ見た。
「でもあれは私を助けるためで‥‥」
「これはアレックス卿とダリウス卿の間で結ばれたお約束。どのような理由があろうとも家同士の誓約は絶対です。」
メリッサは聞いてない話だらけで思考が追いつかない。
せっかく生きてまた会えたのに、家の都合で引き合わされて、今度は離されてしまう。
「わかった。約束通り破棄を受け入れよう。」
公爵の答えにメリッサは下を向いて震えた。
あなたは引き留めてはくださらないの?
この気持ちは私だけのものだったの?
縋り付く暇さえないの?
メリッサが涙声でロザリーに囁いた。
「ロザリー、こんなのあんまりよ。」
メリッサにロザリーが、あのロザリーが微笑んだように見えた。
「ではお選びください。メリッサ様はどうなさりたいのか。シャムロック家に戻るのか、このままアレックス卿の傍に残るのか。」
「‥‥選べるの?」
「はい。ダリウス卿のご意志です。」
メリッサはロザリーを見て、傍の公爵を見上げた。
メリッサから告白はした。でも公爵からは返事を聞いていない。
大事にしてもらった。助けてもらった。でも引き止められなかった。
でも、それでもお側に居たい。こんな我儘を言っていいのだろうか。
見下ろす公爵の目が、メリッサに許しを乞うた公爵の目に似ている。少し眉根を寄せた表情が泣きそうにも見えた。
公爵を見たメリッサの震えが止まらない。
あなたを信じても良いのでしょうか?
「私は公爵様のお側に居たいです。私を妻にしてくださいますでしょうか?」
震える声で言ってから怖くなりメリッサは目をギュッと瞑った。
拒まれたらどうしよう。そうなったらもう生きていけない!!
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