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ハンター・メリッサ
しおりを挟むシャムロック伯爵家の馬車の中で伯爵令嬢メリッサは目を覚ました。
「お目覚めですか?おはようございます、お嬢様」
向かいに座るお仕着せ姿の侍女のロザリーが穏やかに問いかけるも、メリッサは眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「ロザリー!これはどういうこと?!」
メリッサは布団にくるまり、その上から紐で縛られた状態で座席に転がっていた。
いわゆるすまき状態である。伯爵令嬢がされる仕打ちではない。
抜け出そうと暴れるもご丁寧に座席に固定されていて起きることもできない。
メリッサは昨晩の出来事を思い出そうとする。
ハンターA級昇格のお祝いにと祖父と上物の葡萄酒を一樽飲み明かし、目が覚めたら馬車に乗せられていた。
謀られたのだとメリッサは愕然とする。
どれだけ飲んでも二日酔いにならないが、一度寝落ちると何があろうとも目覚めない。起きないとわかっているのに自分が厳重に縛り上げられてる訳にメリッサは嫌な予感がした。
焦りもがくメリッサは向かいに座る侍女の言葉に凍りついた。
「この度ご婚約が成立し、お嬢様は公爵家に嫁ぐことになりました。」
はい???いまなんと?
「公爵領はこれから5日ほどの馬車の旅です。安心ください。ロザリーもご一緒できることになりました。これからもお嬢様の盾となってお守りしてゆく所存でおります。」
「‥‥とつぐ?公爵家?‥‥って結婚?!全っ然聞いてないわ!!!」
「はい。今初めて申し上げました。」
「本人聞いてないってどういうことなの?!お伺いとかないの?!私の気持ち無視?!」
「これはお館様が整えられた縁談です。」
「~~~!!おじいさまが??!」
メリッサの両親はメリッサが生まれてまもなく流行病でなくなった。孫娘を引き取り後見人となり育てたのは祖父のダリウスだ。
息子夫婦に家督を譲り隠居していたが、領主代行として領地運営を行なった。そのためダリウスは「お館様」との呼び名がついた。
幼くして両親を亡くした孫娘を不憫に思い、ダリウスはそれはもうメリッサを甘やかし可愛がった。やりたいことも好きにさせ、欲しがるものは全て与えた。
その結果、十六歳になったメリッサは剣と魔法を使い、魔封の森を走り回るA級ハンターとなっていた。なぜなら彼女は———
「帰る!今日は森に入れる日なのよ?やっとA級に上がって森の奥に行けるのを楽しみにしてたんだから!」
魔獣をこよなく愛する伯爵令嬢になっていた。
ハンターへの依頼は魔獣駆除以外に魔封の森の調査がある。許可を得て中に入り森の様子や異変などを報告する仕事だ。
ランクにより入れる森の深さが変わる。A級に昇格したメリッサは今回から森の最奥部まで入る許可が出る予定だったのだ。
昇格のためにそれはもう本当に頑張った。最深部でしか会えない魔獣がいたから。
「それは残念でございました。」
「全然残念がってないでしょっ 一ヶ月も申請待ちしたのに!」
「このままではお嬢様の婚期は完全に失われます。手遅れになる前に先に嫁いでいただきます。」
「結婚はイヤ!」
「お館様が泣きますよ?」
「結婚しないから!今日は絶対森の奥まで行くの!!馬車止めて!!」
おろせと暴れるメリッサにロザリーは軽くため息をついた。メリッサの顔の前に手を突き出し制止する。
「お嬢様、お嬢様の不幸になることをこのロザリーは受け入れません。この結婚はお嬢様にメリットがあります。そちらを聞いてから婚約破棄するかどうかご決断ください。」
メリッサにとって子供の頃から一緒にいるロザリーと祖父ダリウスは絶対だ。
この二人が結婚を薦めている事実にメリッサは騒ぐのを止めた。経験上、こうなったロザリーに口答えは許されない。静かになったメリッサにロザリーは続ける。
「お嬢様が嫁がれる公爵家はラウエン。魔封の森の八割が領地に含まれています。これの意味がお分かりですね?」
魔封の森は遥か昔に魔神が封じられたとされている。
魔素が濃い森の中心には封印碑があり、国が森の殆どを保護区域に指定し結界を張っている。神話の真偽は謎だが、碑に何某かが封じらた痕跡があったのは事実であった。故に一般民は森の外縁以外は入れない。
保護区域に入るためにはハンターギルドでB級以上になり事前許可を取らなくてはならない。メリッサがハンターになったのは、ただただ森に入るためだけである。
ラウエン家は管理地の領主のためこの手続きは不要となる。魔獣マニアにとってはそそられる条件であるが、ただ森に入るだけなら束縛の多い公爵家に嫁ぐ必要はない。
「この度のご婚約、お相手はラウエン公爵家当主アレックス・ラウエン様でいらっしゃいます。ご結婚後はお嬢様に、公式な式典など特別な事情を除き侯爵夫人の公務を求めないそうです。また社交界への参加についてもお嬢様に任せるとなっております。」
これは公爵家に嫁ぐにあたり破格の条件である。メリッサが嫁ぎたくない理由がまさにこの「夫人としての公務」と「社交界」である。
祖父ダリウスは母親に代わりメリッサに淑女教育を施す役を、叔母や従姉妹たちに任せた。男手だけではこの先恥ずかしい思いをすると気遣ったのだが、これが裏目に出た。
メリッサは参加したお茶会で社交界の闇を嫌というほど知ることになる。社交界デビュー前にはすっかり社交界嫌いとなっていた。
昨年十五歳になり成人したメリッサをダリウスは社交界デビューさせようとしたが、メリッサが断固拒絶。
若者にとって社交界はいわゆるお見合いパーティーである。
結婚するつもりがないメリッサは、ドレスのサイズ測りや仮縫いも脱走。何とか出来上がったドレスは一度も袖を通されることはなかった。
お陰で社交界からは「病弱で社交界デビュー出来なかった深窓の令嬢」と噂されている。
実際は魔獣探索のため森の中を駆け回っていたのであるが。
今年ダリウスは社交界のことを一切言わなくなった。やっと諦めたかと油断していたが、まさかこんなのを仕込んでいたとは‥。そんなにひ孫が見たいのか。
祖父の執念に歯噛みしつつも、予想外の好物件にメリッサは動揺もした。聞く限りではここまで魔獣好きに都合がいい条件はもうないかもしれない。
あの祖父のことだ、今回婚約破棄になってもまた次を仕込んでくるだろう。次回も好物件とは限らない。
格式ばったことは大嫌いだし結婚も面倒だが、この好条件、ここで手を打ってもいいのではないか。
そんなメリッサの打算思考にロザリーがトドメの一言を放った。
「公爵領地は海に面しており、海鮮料理が絶品です。」
「ぐぅぅ‥‥」
海鮮大好き食いしん坊メリッサが落ちた瞬間である。
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