上 下
5 / 78
第一部

第04話

しおりを挟む



 本邸に到着すれば義兄のラルドが出迎えてくれた。エルーシアが元気よくその腕に飛び込む。

「お義兄さま!」
「シア!よく来たね。会いたかったよ」
「私もです。今日を楽しみにしていました」
「疲れただろう?さあ部屋へ案内しよう」

 豪華に設えられた部屋にエルーシアは目を瞠る。別邸の比ではない。慎まやかに過ごしてきたエルーシアには過ぎた部屋。庶民に近い金銭感覚から気後れしておずおずと義兄に視線を向ける。

「豪華すぎます」
「侯爵家の令嬢ならこれくらい普通だ。今までが質素すぎた。苦労をかけたね」
「いえ、そんなことは‥」
「ここは元々はお前の母の部屋だ。気にすることはないよ」

 別邸は確かに質素だったが家族のような家人とおおらかに過ごしていた。そのことを気にしたこともない。おそらく普通の侯爵令嬢は庭の草木の水やりや庭を駆け回るなどしないだろう。

「しばらくゆっくりして旅の疲れを癒やしなさい。困ったことがあれば私を呼んで。すぐ来るから」
「ありがとうございます」
「一緒の屋敷にいるんだ。当たり前だよ」

 昔のように頭を撫でられればくすぐったくて笑みが溢れる。甘く可愛がってくれる義兄が大好きだ。
 エルーシア付きの侍女も増えた。みんな優しくてすぐに打ち解けられた。別邸を離れるのは不安だったがこれならこちらの暮らしにも馴染めそうだ。

 そう思っていた頃に事件が起こった。

 

 本邸に移り住んで二週間が経った。街の様子を見に行きましょうとドロシーに誘われ、ドーラと三人で馬車に乗り街を見に行った。
 ラルドは心配したが馬車を停めないし馬車から出ないと約束をする。外に出ることはなかったが別邸とは違う街の様子を見て回った。

 馬車は紋章を消した黒塗りのもの。そして外は馬に乗った数人の男が付き添っている。この物々しい様子では紋章を消しても意味がないのではなかろうか。カーテン越しに外を窺うエルーシアは外に付きそう騎乗の家令を見やる。
 その家令の名はオスカー。トレンメル侯爵家に祖父の代から支えている生粋の家人だ。恐らくラルドの右腕だろう。初老のはずなのだが背が高く姿勢も良い為かとても年齢通りには見えない。銀髪のせいで白髪も目立たない。少ない口数に静かな声。寡黙だが眼力が鋭く冷酷な雰囲気を纏うその家令にエルーシアは初対面から恐れ慄いた。有能が故なのかもしれないがエルーシアはその非情な雰囲気がとても怖かった。

 帰路に入り緩やかに走っていた馬車が急にスピードを上げた。そして外では争う声が聞こえる。窓から後ろを見やれば男たちと馬上の護衛が争っている。そして数人が馬に乗って馬車を追いかけてきていた。

「あれは?!」
「いけませんエルシャ様!」

 ドーラに抱き寄せられ窓から離される。別邸にいた頃も野党はいたと聞いていた。その頃は外出の理由もなく滅多に外に出ることはなかった。だから襲われたのは今回が初めてだった。
 馬車が単騎に敵うはずがない。追いつかれる。そう悟りエルーシアから血の気が引いた。盗賊だったらまず助からない。誘拐目的で生かされても女は酷い目に遭う。ドーラに抱きしめられエルーシアはがくがくと震え出す。向かいに腰掛けていたドロシーが青ざめながらも震える手で手荷物から茶色い小袋を取り出した。馬車の扉を開けそれを外にぶちまける。金色の粒が扉の外に消えた。

「ドロシー?!」
「多分これで大丈夫です!旦那様が金貨を‥」

 追いかけてくる馬蹄の音が消える。ドロシーが投げたものに気を取られたようだ。

「このまま屋敷まで戻りましょう!」
「でも外の‥」
「エルシャ様のご無事が大事です!」

 そう言うドロシーも震えている。エルーシアと同い年なのにドロシーは非常時でもしっかりしていた。

「シア!大丈夫か?!」

 本邸にたどり着き部屋に戻ったがまだ体が震えている。そこへラルドが現れ怯えるエルーシアをきつく抱きしめた。

「怪我はないね?無事でよかった‥」
「お義兄さまのおかけです。ドロシーに‥」
「念のためと預けておいてよかった」

 そこへ本邸に戻ってきたオスカーが現れた。その場にいた侍女たちから小さな悲鳴が上がる。オスカーのコートが何かを吸ってか黒く染まっていた。顔に散っている赤い飛沫と鉄のような匂いでそれが血だとわかる。この家令が帯刀していたのだとエルーシアは初めて気がついた。ラルドがエルーシアを抱き寄せ低い声を出した。

「控えろ、エルーシアの前だ」
「失礼いたしました」

 オスカーは静かに頭を下げ身を引いた。黒いシミは自分の血ではないのだろう。きびきびした動きと静かな語りで傷は負っていないとわかる。躊躇いなく刃を使う。この家令は相当な手練れなのだとわかった。赤く染まった手袋のその凄惨さにぞっとしながらも義兄の手をとる。

「大丈夫、助けてくれたのよ?」
「だが‥‥」
「オスカー、怪我はない?」
「はい」

 頭を下げるオスカーはやはり寡黙だ。オスカーは懐から茶色の袋を取り出した。ドロシーが投げたあの袋だ。

「全て回収してあります。残りのものは現場の片付けを申し付けました」
「皆無事だったのね。よかった‥」

 野党は?片付けとは?それを聞くのははばかられた。

「オスカーは手練れだ。お前につけておいてよかった。最近は物騒だからね」

 だがその後護衛についてくれた者の顔を見ることはなかった。傷を負って護衛を退いたと聞いたが本当かはわからない。自分のせいで誰かが犠牲になり怪我をする。自分が襲われるよりも、エルーシアはそれに怯えてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...