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第二部
第01話
しおりを挟むエデルは幼少期、小さな村で暮らしていた。
村と呼ぶには小さすぎる集落、しかも森の奥深くだ。そこで母と二人隠れるように生活していた。
エデルの父は物心ついた時からいなかった。幼い頃に死んだと聞かされていたが、エデルが成長するにつれ父は恐ろしい男でその男から逃げてきただの、殺されかけただのと母が語った。幼くも賢かったエデルはそれが自分たちの隠れ住む理由だと悟る。その証拠に自分の左肩には幼い頃に切り付けられた刀傷があった。傷跡は心臓に向かっている。
母の言が全て本当なら、自分を産んだ後に父が恐ろしくなり逃げ隠れていたがその父も他界したということになる。だがそれでは未だここに隠れ住んでいる意味もわからない。自分が命を狙われた理由も。
母子二人だけでの森の暮らしは楽ではない。たまに買い出しに行く町では人手不足で仕事もある。母は元教師で聡く自分もそこそこ働ける体になった。大きくなったエデルは稼げる街に行こうと母の説得を試みたが、母はただ青ざめ外に行くことを頑なに拒絶した。それは父への恐怖というより何かを忌み嫌っていたとも見てとれた。
女手一人で子供を育てる。これまでの無理が祟ってかその後母が体調を崩しがちになり、結局十八になるまでエデルは森の奥深くから出ることはなかった。
エデルには母より言い含められている決まり事が二つあった。
一つ目は誰かから良い話を聞かされても決してついていってはいけないということ。
二つ目は真の名を明かさず、その変装を決して解いてはいけないということ。
母がこの世を去る最期の時まで、それらを必ず守るようにと何度も念押しされた。
エデルは十八歳の時に唯一の肉親を病で亡くした。エデルに残された形見は小さな金の懐中時計一つのみ。その時計は以前より決して手放してはいけないとも人に見せてはいけないとも言われていた。母と子の質素な二人暮らしでは他に何も残らなかった。
母を埋葬し、エデルは街へと移り住んだ。母亡き後、もう森で隠れ住む必要も感じられない。森の中で自給自足で暮らしたエデルは手先も器用だった。馬の扱いにも慣れている。母から読み書きや算術などしっかりとした教育も受けていた。財務諸表が読めるということですぐに寄宿つきの条件の良い仕事が見つかった。
街の暮らしは何もかも新鮮で楽しい。母の言いつけ通り警戒しつつも若いエデルは街の暮らしを楽しんでいた。村と違い女の子も華やかで垢抜けている。見た目もよく賢かったエデルは女ウケもいい。村にいる頃から母の目を盗んでは街に行き遊んでいたが街に移り住んでそのタガも外れた。多くの女友達の中ですぐに彼女もできたが長続きもしない。そしてまた彼女ができる。軽い関係で女子たちと緩く遊んでいた。
あっという間に三ヶ月が経ち町での暮らしも順調に見えたかの頃にその男が現れた。
「エドゼル様でいらっしゃいますね?」
仕事が終わり帰ろうと外に出たところで声をかけられた。身なりの良い初老の紳士、背が高く痩せており鷲のように目つきが鋭い。身のこなしで只者ではないとわかる。紺色の仕立ての良いシルクハットにロングコートを纏い手袋にステッキを持っている。身なりもいいが腰の低さから貴族というよりは執事のようだと思った。その男が初対面の街の青年に恭しく頭を下げる。母より散々言い含められていた。なるほどこれがそうかと納得しエデルは胡乱げにその男を見やった。
村でも職場でもエデルと名乗っている。母以外知らないはずの真の名を知るこの男の正体が気になった。
「どなたですか?」
「あなた様をずっと探していた者です」
「なぜ僕を?」
「あなた様は正当な後継者であられます」
エデルは目を細めじりりと身を引く。警戒心で全身の毛が逆立つようだ。相手の紳士はそれを見ても気配を変えない。ただ静かに佇んでいた。
「意味がわかりません。人違いでしょう」
「この場で詳しいことは申し上げられませんがあなた様で間違いはございません。その髪が証です」
エデルは自分の褐色の髪をかき上げる。脳内で警報が鳴り響いた。髪は母の言いつけ通りこまめに染めている。見つかるわけがないと思っていたが。
エデルの僅かに泳ぐ目を確認しその紳士は通りに停めてある黒塗りの馬車を掌で指し示した。貴族が乗るような馬車だが紋章は描かれていない。身分を偽り身をやつし乗るためのものだ。
「私も忍ぶ身でございます。この場では障りがありますのでよろしければ詳しい話は馬車の中でいかがでしょうか。ご自宅までお送りいたします」
寄宿先までバレている。職場もこことわかっていて待ち伏せしていた。自分のことは既に調べ尽くされている。そうとエデルにわからせる振る舞いをこの男はしている。ここで断っても意味もなさそうだ。
マナーをわきまえた紳士。だがその体は大きくキレもいい。万一酷いことになったら逃げ出す力はどちらが上だろうか。紳士と馬車を見比べ腹を括り導かれるままに、エデルは紳士と馬車に乗り込んだ。
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