忘れ物

うりぼう

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胸の内を長岡に聞いてもらって少しすっきりしたのか思った以上にお酒が進んでしまい、いつになく酔っ払ってしまった。

「うあー、ぐわんぐわんするー」
「飲み過ぎだバカ!」
「なんだよー、飲めって言ったのは長岡じゃん!」
「そう言った数時間前の俺をぶん殴りてえよ……」

千鳥足な俺の腕を肩に回して支えて歩いてくれる長岡。
真樹と付き合っている時は真樹が嫌がるから、長岡と二人で飲む事はなかった。
それに、普段はそんなに飲まないからこんなにべろんべろんに酔っ払う事もない。
久しぶりの感覚が楽しくて、くすくすと無意味に笑いが溢れてくる。
苦い顔をしている長岡のその表情すら楽しくて仕方がない。

「ほら、しっかりしろ!帰れなくなるぞ?!」
「今日は帰らなーい!長岡んちに泊まるーっ」
「ああもう、この酔っ払いが……!」

そう言って長岡にもたれかかった時。

「……川内?」

真正面から歩いてきた真樹とばったり鉢合わせた。
その眉に皺が寄っているのは気のせいだろうか。

(……あ、やば、眠くなってきた)

なってきたというよりも、意識は完全に寝る方向へと向かっている。
目の前で真樹の腕に絡んでいる杏の姿を見ないように目を瞑ると、更に眠気が強くなった。

「なに?酔っ払ってんの?」
「見ての通りな」

真樹と長岡が話しているけど理解出来ない。

「あ……と、一人じゃ大変だろ?手伝おうか?」
「は?いや、一人で大丈夫だから」
「そうだよ真樹ー、お友達一緒なんだから大丈夫でしょ。二人とも、無意味に突っかかってくるくらい仲良しなんだしー」

杏の甘えるような声が耳障りだ。
その言葉の裏に、昼間の俺達への嫌悪も含まれているようで尚気分が悪い。
無意味に突っかかった事なんてない。
というよりも俺の目の前で真樹に甘えないで欲しい。
ああもう今すぐその腕に絡まったそれを引き剥がしてしまいたい。
でも酔っ払いの頭では考えるだけで精一杯で行動に移せない。

「そうもいかないだろ、川内寝ちゃってるし」
「あ?あー、おい、律、起きろ」
「んんー……」
「ほら、俺の方が家近いし……」

と、真樹が手を伸ばしてきたような気がするが、それをぱしりと振り払う。
杏に触れた手で触れないで欲しい。

「んー、長岡、早く帰ろ」

そして、長岡の肩にぐりぐりと額を擦り付ける。

「ああ?本当に泊まる気かよ?」
「んんんー」
「答えになってねえし」
「あ……?」

苦笑いを浮かべる長岡の肩にもたれたままでいると、何かにその温もりを奪われ、代わりに他の温もりが寄越された。

「……何してんの?デートだろ?彼女送ってってやれよ」
「あ、いや……杏、一人で大丈夫だよな?」
「え?」
「悪い、川内の事連れて帰るから」
「え?ちょっと、真樹!?」
「ほんと悪い!じゃあな!」
「ええ!?ちょっともう!どういう事よ!?真樹!真樹ったらー!」

そんな会話が聞こえてきたと思ったら、力強い腕に引かれてずんずんと歩かされた。







その後。

「……なんだあいつ」

記憶なくなっても同じ反応すんのかよ、と。
ぽつりと呟いた声は、当然ながら俺の耳には届かなかった。













(真樹視点)








長岡から無理矢理に川内を奪ってきてしまった。
宣言通りに近くにある俺の家に連れて帰り、とりあえずベッドに寝かせてはみたものの。

(……どうしよう)

連れて帰ってきた後の事なんて何も考えていなかった。
長岡の腕の中にいる川内の姿を見たくなくて、とにかく自分の腕の中に取り戻したくて堪らなかった。

(取り戻す?)

取り戻すって何だよ。
元々、川内は俺の物なんかじゃないのに。

けれど、川内の腕を掴んだ時。
連れて帰ってきた時。
そして今ベッドに寝ている川内を見て、確かな安心感を覚えている。

隣にいた杏の事なんてこれっぽっちも考えられなかった。
夜道は危ないのに置いてきてしまった。
でも杏よりも川内の方を優先しなければと身体が勝手に動いていたのだ。

「川内」

いや、違う。

「……律」

長岡が呼んでいたように呼ぶと、なんとも言えない懐かしさが込み上げてきた。
もしかして、前はこうして名前で呼んでいたのだろうか。

「律」

もう一度名前を呼んで、ぐっすりと眠っている川内の髪の毛を梳くように撫でる。
ああ、この感触も何だか酷く懐かしい気がする。

「ん……」
「!」

川内が小さく身じろぐ。

「ん、暑……」
「え?あ、ああ、暑いのか?」

寝ている川内に話しかける。
体温が上がっているのだろう、暑い暑いと訴えて服を脱ごうとしているが、意識のない状態では上手くいかないようだ。

「……えっと、じゃあ、脱がす、ぞ?」

冷房を付けるにはまだ外は肌寒い。
手っ取り早く上着を脱がせた方が良いだろうと手を伸ばすと、妙に鼓動が激しくなる。

「このままだと寝にくいしな、うん」

なんて、誰に言ってるんだかわからない言い訳を口にしながら、一枚脱がせたところ。

「……ん?」

首筋にきらりと光るものを見つけた。

(ネックレスか?)

普段からあまり派手な装いはしない川内がネックレスをつけているという事が珍しい。

(絡まったら危ないから外しとくか)

明日の朝忘れずに渡せばいいだろうと、特に何も考えずにそのネックレスを胸元から引っ張り出すと……

「……これ」

チェーンの先に付いていた指輪に目を奪われる。

その指輪に見覚えがあるような気がする。
杏といる時にふと蘇った記憶の断片。
そこで『恋人』に渡したものとよく似ている。
というよりも、これそのものがそうなのだという直感を抱いた。

「なんで、川内が?」

そんな疑問を抱いた瞬間。

「……き」
「!」

川内が再び身じろぎし、何かを呟く。
耳を澄ませて音を拾うと……

「真樹」
「……っ」

川内が口にしていたのは俺の名前だった。

広瀬ではなく、真樹と。

どうして?
さっき川内の名前を呼んだ時に感じた懐かしさと同じものを感じた。
もしかしてお互いに名前を呼ぶ程親しい間だったのだろうか。
だとしたら何故川内はそれを黙っていたのか。
この見覚えのある指輪も、何故川内が持っているのだろう。
考えれば考える程わからなくなってくるが……

「真樹、真樹……っ」

あまりにも苦しそうに俺の名前を呼ぶ川内をどうにか慰めたくて、その手に触れる。

「……真樹」
「何だ?どうした?」
「真樹……っ」
「――……」

縋るように握り返された手に顔を埋めるようにして俺の名前を呟く川内と、手にした指輪を交互に見つめている内に、何かが戻ってきそうな気がした。





(真樹視点終わり)
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