忘れ物

うりぼう

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「長岡……!」

ぐいぐいと手を引かれ、あっという間に二人の姿が見えなくなった。
そして人気のないところに来て、やっと手が離される。

「……律、お前あれで本当に良いのか?」
「え?」
「あれが、本当にお前の望んでる事なのか?」
「あ……」
「お前、事故に遭ってもお見舞いにすら来ない恋人だって、心配する連絡すら寄越さない恋人だって、そんな風に思われてんだぞ?!本当にそれで良いのかよ?!」
「それは……」
「ずっと傍にいたって、恋人は自分だって伝えなくて、お前本当に後悔しないのか?!そんなんじゃ、お前ここから一歩も前に進めないぞ?!」

さっき真樹に言われた事を倣ってそう言われる。

(後悔なんて……)

後悔なんて、もうずっとしている。
なんで真樹が目覚めた時に、自分が恋人だって言わなかったのか。
恋人がいるかという質問に、いると答えなかったのか。
杏と付き合うと聞いた時、なんで反対しなかったのか。

ずっとずっと後悔している。

けれどもう遅い。
何もかもが遅い。

「……っ」
「…………はあ」

泣きそうに歪む俺の表情に、ある程度の事は察したのだろう長岡が、大きな溜め息を吐き出す。

「とりあえず、飲みにでも行くか!」
「え?」

突然の明るい声に目を瞬かせる。

「飲まなきゃやってらんねえだろこんなの!しょうがねえから慰めてやるよ!」
「長岡」
「どうせ暇だろ?よし、今晩行くぞ!はい決定!」
「……どうせ暇ってなんだよ」

少しむくれてそう言うが、長岡のこの優しさが嬉しくて頬が緩んだ。















そして夜、約束の通りに飲みに行ったのだが。

「なあ、俺が悪かったのかなあ?俺が男だからダメだったのかなあ?」

少しお酒が入った事で、今まで我慢していた心の内がどんどんと溢れてくる。
立派な絡み酒である。
うじうじぐたぐだと長岡に愚痴る。

「ばあか、記憶喪失なんだからお前が男だとかは関係ないんだよ」
「……でもさ、ちょっとは関係あるんじゃねえのかなあ?」

長岡はそう言ってくれるが、もしかしたらと考えている事があった。

元々付き合いだしたのも、俺が杏を忘れさせてやるという下心満載のアピールからだった。
男なんて考えた事もなかった真樹を引き摺り込んだのは俺。

真樹の恋愛対象はずっと女の子だった。
彼女なら二人で並んでいても絵になる。
釣り合う。
べったりとくっついて歩いていても不自然ではない。
結婚だって出来るし、子供好きな真樹が望んでいた通り、子供も出来る。

もしかしたら真樹は俺との付き合いをなかった事にしたかったのかもしれない。
一周年の記念の旅行も、乗り気に見えたけれど実は嫌がっていたのかも。
俺がしつこくて、あんまりに哀れだから話を合わせてくれていただけで、本当は付き合い始めの頃からこの関係に違和感を抱いていたのかもしれない。

俺はいるだけで邪魔だったんだ。
最初から俺さえいなければ良かったんだ。

「……だから忘れちゃったのかも」

俺と付き合っている間、嫌な思いしかしなかったから。
俺といるのが苦痛だったから。
だから忘れてしまったのだろうか。
俺と出会う前の自分に戻りたかったのだろうか。

「ははっ、むくわれねえなあ」

周りは騒がしいはずなのに、呟いた声が妙に虚しく響く。

悲しい。
胸が張り裂けそうに苦しい。
いっそ大声を出して泣く事が出来ればすっきりするのだろうか。
このやるせなさやもどかしさがなくなるのだろうか。
出来るものならそうしたいが、不思議な事に涙は一滴も流れてくれない。
涙を流したところで真樹は戻ってこないのだから。
どんなに求めても、真樹がまた俺の傍にいてくれる可能性はもうないのだ。

「真樹」

きっともう二度と呼ぶ事のないだろう名前を呟くと、長岡の手が慰めるように俺の頭に乗せられた。












(真樹視点)







杏と付き合い始めてから、俺の心はどこかモヤがかかっているかのように霞んでいた。
ずっとずっと好きで、一日の始まりや終わりに顔を見るだけで、ほんの少し言葉を交わすだけで浮き足立って晴れやかな気分になれていたはずなのに。

なのに、いざ付き合ってみて感じるこの息苦しさはなんだろう。

杏は可愛くて、料理がうまくて、俺が望んでいた彼女の像そのものだ。
それなのに、今だって杏と一緒にいるのに考えるのは川内の事ばかり。

「……」

あの時足をもつれさせ、倒れそうになったところを支えた川内の体。
肩にしか触れなかったけれど、俺の手にしっくりとくる懐かしい感触。
一瞬頬に当たった柔らかい髪の毛の匂いに色んなものが込み上げてきたけれど、気付かないフリをした。
だって男友達に対して感じてはいけない何かのような気がしたのだ。
これに気付いてはいけない。
でも思い出さなければならない。
思い出した方が良い気がする。

二転三転しながらも結局は蓋をしてしまったのだが。

『長岡……!』

訳もわからずつっかかってくる長岡の腕を取った川内。
その光景に激しく心を揺さぶられた。
俺から川内を攫うように立ち去って行く長岡の手を払い、川内に触れるなと掴みかかってしまいそうだった。

(なんでそんなこと?)

川内は友人だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
そのはずなのに。

ふと、蘇る記憶の断片。
多分、いや確実に俺の『恋人』との一場面。

『これ……』

指輪を渡した時、呆然とそれを見つめたあの瞳の持ち主は?
それを嵌めようとして、サイズが合わずに泣き笑いしたのは?
交換してくると言った俺に、これが良いんだと大切そうに握り締めたのは?
笑うと花が咲いたようにふわふわとして、自分に自信がなくて、俺がどれだけ可愛いと告げても困ったような笑みしか浮かべない、あいつは?
俺があいつの為に何かをしたり、与えたりすると大袈裟なくらいに喜んでくれたのは、あれは一体誰だった?

「ねー、早く行こうよー」
「っ、え?あ、ああ、そうだな」

あと少しの所で杏の声に呼び戻される。
腕に絡まってくる細いそれに再び違和感を覚える。

あいつはこんなに背が低かっただろうか。
あいつはこんなに細い腕をしていただろうか。
指に嵌められた指輪はどれも杏に似合っているが、これじゃないといった感覚が強い。
何よりも、こんなに自分に自信のある奴じゃなかった。

隣で杏が色々と話しているのを上の空で聞きながら歩いていると。

「ほら、しっかりしろ!帰れなくなるぞ?!」
「今日は帰らなーい!長岡んちに泊まるーっ」
「ああもう、この酔っ払いが……!」

目の前から、長岡に肩を抱かれ支えられながら川内がこちらにやってきた。






(真樹視点終わり)



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