三月と狐

うりぼう

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そして放課後。
たった一日会わなかっただけで大袈裟な再会を演出しやがったユキと一緒に公園へ行くと、あの光、いや指輪はもうなく。
どんよりと嫌な空気だけがそこに漂っていた。

「おかしいなあ」

公園の周りをぐるぐる回りながら呟く。
朝までは確かにあったのに、なんで放課後になった途端に消えているのか。
まあそれは良いとして、何故原因のあの指輪がなくなったのに嫌な空気が未だ漂っているのか、それが凄く気になる。

うんうん唸りながら何度も何度も往復するオレにユキは飽きてきているようだ。

「なーあ、早く帰ろうぜー」
「うーん」
「何してんのさ?」
「何って……お前だってわかるだろ?超嫌な感じじゃんここ」
「わかるけどさー、オレ腹減ったんだけど」

嫌な空気よりも食欲の方が勝るらしい。

「あ?その辺で草でも毟ってろよ」
「ひ、ひどッ!ミツはオレに雑草食えっつーの!?そりゃオレは雑食だけどこんな淀んだ場所の草なんか食いたくないよ腹壊す!」

それ以前にその辺に生えてる草を食うなという話なのだが。
ミツのバカ、人でなし、オレの事愛してないのね、なんてぎゃんぎゃん騒ぐユキ。
うるさいことこの上ない。
考えに集中したいってのにこのクソ狐が。

「なあミツー」
「……」
「ミツミツミツミツみーつーッ!」
「うっさい狐!お座り!」
「……っ」

何度も何度も名前を連呼するなうるさい。
果たして狐相手に効くのかどうかなどわからなかったが、目の前の男は黙ってお犬様よろしくぺたんと地面に座り込んだ。
普段は隠れている耳と尻尾がぺたんと垂れ下がっているのは見なかった事にして、再び考える。

指輪はない。
草の陰に隠れてしまっているのだろうかと思い、それがあった場所まで回り込んで見てみたがなかった。
中に入るのは嫌だったので外から伺うだけになってしまったが間違いない。
というかあんな禍々しいものがあるかないかなんて一目見ればわかるのだが。

(でも嫌な感じはまだあるって事は)

どういう事なんだろう。

(あの指輪相当ヤバイのだったんかな?自分でどっかに行くわけじゃねえんだから、誰か呼ばれて持ってったか?)

うーん。
だとしたらそれこそヤバイんじゃないだろうか。
オレみたいに少しでも嫌だと感じるのであれば害になるような事はないが、もし魅せられ取り込まれてしまったとしたら。

「……超ヤバイんじゃねえの?」

というか確実にヤバイ。
まずは不幸まっしぐらかと足りない頭で考える。

とはいえオレにどうにか出来るはずがない。
仮に拾った奴がいたとして、ひとまずそいつがどうなろうがオレにとってはどうでも良い。

「うーん……」
「なあ、ミツは何悩んでんの?」
「あ?」

大人しく黙っていたユキが首を傾げて聞いてくる。
何ってそんなの決まってる。

「どうやったらここが前みたいに戻るか考えてんの!こんなどんよりしてたら安心して中に入れないじゃんか!」

早い話がここが以前のように澄んだ空気の木漏れ日光る清々しい場所に戻りさえすればそれで良い。
他人の不幸など知ったことか。

むすくれながら言うと、ユキはなんだそんな事かと笑った。

「そういう事なら最初っからオレに頼れば良いのにー」
「は?」

疑問符を浮かべるオレに、ユキはにーっこりと笑みを深めた。

「まーちゃん」
「?」

虚空に向かってそう名を呼ぶと、今まで影も形もなかったはずの女がユキの傍らに姿を現した。
黒い和装に細身を包み、抜けた衿や袖から覗く肌は唇までが青白い。
ユキの使役する、邪気や禍々しいものを食すのを好む妖の一人である。
まーちゃんというのはユキが付けた彼女の愛称で、オレは本名を知らない。

「主、お呼びですか」
「おう、まーちゃん久しぶり」
「……主、その呼び方は止めて下さいと何度も申し上げているのに」
「えー?なんでさ可愛いじゃん」
「……」

どうやら本人は気に入らないらしい。
けどこいつには言うだけ無駄だ。
それがわかっているのか諦めたように息を吐く。

「して、用件は」

抑揚のない声。
感情の欠片も読みとれないが、ユキは気にする様子もなくへらへらと用件を告げる。

「うん、この公園の邪気食ってくんないかなあ?」

わざわざ呼び出して縁もゆかりもないこの公園の邪気を食えというユキ。
こんな事気にするはずもなかった彼の頼みにスッと目を細める。

「……もしやこの人間のためですか」
「……っ」

艶やかな長い黒髪の間から冷たく見据えられ、思わず息を飲む。
気に入らないというのがその表情にありありと表れていた。

ユキと出会って数年になるが、その間に会った妖連中はみんなそうだ。
ユキがオレなんかにくっついて回るのが気に食わないのだろう。

熱狂的な崇拝者が多いらしく、殺気の籠もった目で見られる事など日常茶飯事で慣れてしまったはずなのに、どうにも彼女の睨みには未だ慣れない。
顔立ちが整っているから尚更。

(……せめて話してくれると言い返せるのに)

ただただじっと見つめるだけだから対応のしようがない。
オレよりもずっと長く生きている奴に眼力で適うはずがないじゃないか。

「お願い」
「……」

ユキのためならばどんな命令でも聞く覚悟の彼女だが、オレのためというのが癇に障るのだろう。
嫌だけれど拒めない。
少しの沈黙の後、困った方だと彼女は小さく溜め息を吐いた。

そして公園に向かい開いた右手を伸ばす。
紫色の長く鋭い爪が、その手を更に青白く見せる。

「――…」

すぐさま公園から黒い煙のようなものが彼女の掌に集まり、みかんくらいの大きさの球状になりそこに収まった。
彼女はゆっくりとした動作でその球を口元に運ぶ。
大きさに関わらずそれは一気に体の中へと入り込むというのだから不思議なものだ。
こくりと喉を鳴らしてそれを嚥下するのを見て。

「ほーら一件落着」

ね?とまるで自分の手柄のように言うユキ。
お前が直接働いたわけじゃねえだろとツッコミたかったのだが、でも確かに公園内に漂っていた嫌な空気は今や微塵も感じられない。
昨日今日と入る気すらしなかったその中に一歩足を踏み入れる。

(おお!)

以前と変わりのない雰囲気。

「ミツー?なんか言う事ないの?」
「……あ」

嬉しさに二人をほったらかして見入っていると、とんとんと指先で肩を叩かれた。
慌てて振り向く。

「ありがとう」

ふんわりと綻ぶ口元が抑えきれない。
にやにやとヤニ下がった顔のまま告げると、ユキが横からがばりと抱きついてきた。

「ミツってば可愛いいいいいッ!!!」
「ばっ、テメェじゃねえよ!まーちゃんに言ってんの!」
「貴様が馴れ馴れしく呼ぶな」
「す、すいませんっ」
「こら、まーちゃん!」

まーちゃんと呼んだ瞬間にじろりと睨まれ、つい前に回ったユキの腕に縋って身を縮めてしまった。
咎めるように名を呼ぶユキにふんとそっぽ向く様子は可愛らしいのに。

「主、用件は以上ですか」
「あ?ああ、うん、ご苦労様。戻っていいよ」
「では」
「あ!」

ユキの言葉に頷き、一歩下がる彼女に、慌てて再び礼を言う。

「ほんとに、ありがとな!」
「……ふん、貴様のためではない」
「……」

さいですか。
にべもなくそう返され苦笑いしか出てこない。

直後、ユキに向かって深く頭を下げた彼女は、現れた時同様に音もなく姿を消した。


公園の問題が解決してうきうきと鼻歌を口ずさまんばかりに上機嫌になるオレだったのだが。
それで全てが解決するはずなど、当然ながらなかった。



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