高塚くんと森くん

うりぼう

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アイウォント翻訳こんにゃく

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朝は母に叩き起こされ、ご飯を食べて身支度をしてバタバタと家を出る。
学校までは歩いて20分程。
一番近いからという理由でここにして、今まで何の不満もなくやってこれたのに、一年と少し経った今になって激しく後悔するはめになるとは思わなかった。

『好きだ、付き合って』

学校一の色男から告白された不名誉極まりないあの日の放課後の出来事は、あれよあれよという間にクラスから学年、そして学校中に知れ渡ってしまった。
気が付けばもう既に一週間。
最近では学校へ行く度にこそこそと噂され、時にはあからさまに指をさされる事もあった。
今はもう収まったがクラスの女子には睨まれるし。
男連中は面白がってはやしたてるし、最悪だ。

オレは三年間平穏無事に細々と、そしてそのうち女の子にも興味持ってお付き合いとかしてしまったりして、うふふであははな青春を満喫するはずだったのに。
なのになんでだ。

「もーりーちゃんっ」
「ぎゃぁぁぁぁッ!!!」

校門前に差し掛かった辺りでの後ろからの衝撃に思い切り叫ぶ。

「おっはよー!今日も素敵なリアクションだね!超襲いてえ!」
「黙れ変態とっとと離れろおおお!!」

何が悲しくて朝っぱらから男に抱きつかれて頬擦りなんかされなくてはいけないんだ耳に息を吹きかけるな気持ち悪い。

いくら顔が良いからって嬉しくない。
嬉しいはずがない。

何故ならこいつのせいで。
こいつがオレに告白なんかしやがったせいで。
こんな毎朝毎休み時間毎放課に至るまで付き纏うせいで、オレの夢のまったり高校ライフが見るも無惨に砕け散ってしまったのだ。

というかオレは断ったはずだ。
きっぱりはっきり断ってやったはずなのにこいつには理解力というものが欠けているらしい。
それも著しく。

そんな相手に殺意を覚えこそすれ好意など抱けるはずがない。

「いやー森ってばマジで超抱き心地いい最高」
「嬉しくねえマジうぜえ!」

自分から離れてくれない事はわかりきっているので、高塚の顎に手を当て腕を突っ張り渾身の力でもってひっぺがす。
素直に離れながら、つれないなあ、なんて言いながら笑う高塚に、小さく黄色い声が聞こえた。
高塚はそちらをちらりと見てにっこりと笑みひらひらと手を振る。
再び上がる声。

ばっかみてえ。

「やーモテる男は辛いねえ」
「あーそーですねおモテになって大変よろしゅうございますねワタクシになど構わずあちらに行かれては如何でしょうか女誑しの高塚くん」

肩を抱こうと伸ばされた手を叩き落としまっすぐ前を見て歩きながら言う。

「なーに?森ってばヤキモチ?心配しなくてもオレにはお前だけだってー」
「妬いてねえし心配もしてねえむしろあっちに行っちまえその方が清々する」
「つーか妬く必要ないだろ?森のが数万倍かぁいいし!眉間にしわ寄っても超可愛い。超もえる」
「誰か翻訳こんにゃく持ってきてくんねえかなマジで……!」

全く噛み合わない会話にふるふると拳を握り締める。

構ってはいけない、まともに取り合ってはいけないとわかっていたのに、つい普通に受け答えしてしまった。
もう無視だ。
こんな輩はいっそすっぱり無視するに限る。

そう思い続けて早一週間だ。
実行出来ていないのは既に明らかだろう。
だって無視したらしたで捨てられた犬のような目をするのだコイツは。
そんな目でじっと見つめられ、その度にないとはわかっているのに垂れ下がった耳としっぽが見えてしまった。
根負けしたのは言うまでもない。
情けない。
なんて意志が弱いんだオレは。

「森?」

打ちひしがれ、履き替えた靴をしまい込むと同時にゴツと下駄箱に額をぶつけると、高塚がひょい、と顔を覗き込んできた。

「どうかした?」
「……や、別に」

何でもないと答える。
元凶に話したところで解決するはずがない。
目を伏せ小さく溜息。

「………ん?」

吐いたところで、なんだか圧力を感じた。
目の前には無機質な鉄の汚い下駄箱。
そして顔の横には手。

……手?

「森」
「あ?」

呼び掛けに、声の聞こえた方。
つまりは置かれた手とは反対側を見ると、高塚のドアップがそこにはあった。
美形なだけあってアップには耐えられる。
耐えられるのだがこの状態はおかしいだろうどう考えても。

「うお、ち、近……!」

驚き鞄を落としてしまい、咄嗟に身を引くが高塚の腕に阻まれそれ以上は引く事が出来ない。

え、何だこの状態。

「高塚?」
「……」
「え、ちょ、何?つか鼻息荒くね?」

ハァハァと気のせいではない息遣いが間近に聞こえる。
気持ち悪い。

「森こそなんなの、その色気」
「は?」
「もーダメ辛抱たまらん今すぐブチ込みたい」
「!!!離れろ―――ッ!!!!」

何を、なんて聞く必要なかった。

ぐいって。
ぐいって腰押し付けてきやがったコイツすんごい当たってるんですけどナニが!!
何考えてんだよ朝だよ下駄箱だよ例によって生徒の視線が痛ぇんだよ!

「わかってるよここじゃ出来ないもんね」
「そういう問題じゃねえよお前絶対わかってねえだろ!?」
「わかってるって、だからちゅーだけ。舌入れないから」
「わかってねえええ!!!」

ぐぐぐ、と顔が、というか唇が迫ってきて泣きそうになる。
先程と同じように顎を押しのけるのだが今度は退けない。

「森」
「……っ」
「ちょっとだけだから、ね?」

良いよね、なんて。
低い吐息混じりの声に、色気があるのはお前じゃないのかなんて思う。

だがしかし。
いくら美形でも。
いくら色気があっても。

「い」
「ん?」

男ってだけでありえない。
嫌なもんは、嫌。

「良いワケあるかあああああ!!!!」
「どわっ!?」

至近距離でオレの頭突きが高塚の額にヒット。
オレも痛かったのだが離れられたし、夢見る少女ではないが、ファーストキスは死守できたので良しとする。
触れてもいない唇をごしごしと拭いながら怒鳴った。

「なんなんだよお前はマジで!?いっぺん死んでこい!つかそこで死んでろ変態!!!」

そして痛む額を押さえ落ちた鞄を拾い上げふと周りを見渡すと、案の定大量のギャラリーがいて、シンと静まり返っていた。

(さ、最悪だ……!)

というか誰か一人くらい止めに入ってくれても良かったんじゃないだろうか。
見てねえで助けろよちくしょう。

今のこの出来事もあっという間に広まってしまうのだと思うとかなり憂鬱。

人の噂も七十五日。
それが本当ならばとっとと過ぎてくれ。




end.

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