三度目の正直

うりぼう

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三井サイド

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「い……!?」

普段誰も使わないような教室へ連れ込まれたかと思ったら、背中をしたたかに打ち付けられた。
痛みに怯んでいると、胸ぐらを掴まれ三井の整った顔が迫る。
あまりの近さに息を呑むと、間髪入れずに三井が口を開いた。

「お前、オレが好きなんじゃねえのかよ?」
「……え?」

低い声で凄まれるが意味がわからない。
三井は眉間に皺を寄せどこか苛々している。

「なんなんだよ芦原って。お前こないだも会ってたよな?」
「こないだって?」
「見たんだよ。オレに告った後にも会ってたよな?随分仲良さそうだったじゃん」

あれを見られていたのか。
だから次の日に睨まれたのか?
いやでもそんな事で睨まれるわけがない。
睨まれる意味もわからない。

「人に好きとか言っといて、よく他の男に甘えられるよな」
「甘えてなんか……」
「甘えてただろうが。お前誰にでもあんなべたべたするわけ?」
「それは……」

誰にでも甘える訳がない。
オレだって人は選ぶ。
あの時は失恋したばかりだったのだ、多少過剰に甘えたって許されるじゃないか。

というか誰かに甘えたい状況を作った張本人に、そんな事言われたくない。

「ベタベタしたから何だって言うんだよ?三井こそなんなんだよ、オレが誰と何しようが関係ないだろ?」
「……っ」

そうだ。関係ない。
オレは三井に告白はしたけれど、即座に断られただけのただのクラスメイトだ。
いちいち誰と何をするだなんて報告する義務も義理もない。

しかもこいつはオレにだけ酷く辛く当たっていた。
告白してきた相手はたくさんいるのに、付き合ってきた相手もたくさんいるのに。
オレに対する態度だけが酷いものに変わったのだ。

それに傷付かないとでも思ったのだろうか。

「芦原さんはどっかの誰かにフラれてへこんでたオレを慰めてくれてただけだよ」

好きだった。
今でも好きだ。
目が合う度睨まれようと、罵られようと気持ちは変わらなかった。
さっさと諦めたら楽になるとわかっているのに諦められない。
二度目どころか三度目の恋にすら進めず、むしろ三度目すら三井に奪われている始末。

一度振った相手に、おまけにこんな地味な男に好かれ続けているのはさぞかし迷惑なのだろうと、多少睨まれるのも仕方がないと思い切ない気持ちも胸が痛むのも我慢してきた。
けれどいつまでも耐えられるわけじゃない。
好きな人には優しくして欲しいし、冷たくあしらわれるとこれ以上ないくらい胸が痛む。

もう少し頑張れるかと思っていたけど、オレは自分が思っているよりも弱い人間だったらしい。
遠巻きではなく、こうして至近距離で、明らかに自分にだけ向けられる敵意にはもう耐えられない。

「なあ、言ってたよな?オレなんか好みじゃないって。いつまでも見てんじゃねえよって」
「それは」
「心配するなよ。もう見ないから」
「……は?」
「もう三井の事は諦めるから」
「な……!?」
「もう好きなのやめる。三井より芦原さんの方がずっと優しいし、一緒にいて落ち着くし、芦原さんの方が」
「ふっ、ざけんな!」
「……っ」

悔し紛れにこの場にはいない芦原を思い浮かべて言うと、顔のすぐ横に拳が落とされた。
耳に響く音に肩を竦める。

自慢じゃないが喧嘩なんてしたことのないオレは、それだけでかなりびびってしまった。

「そんなに芦原って奴が良いのかよ!?」
「……っ」
「答えろよ!」

怖さの方が勝り、一瞬声が出なかった。

なんでオレが怒鳴られないといけないんだ。
好みじゃないと。
見るなと突き放したのはそっちのくせに。

芦原の方が良い?
そんなの、そんなの……

「どうなんだよ!?」
「っ、あた、当たり前じゃん!芦原さんは、こんな怖い事しねえもん!」
「!」

三井がはっとした表情を浮かべる。
びびった上に若干涙目で震えているのに気付いて三井の勢いは途端になくなったが、オレの方は妙に気が昂ってしまって止まらない。

何なの?
何なんだよこいつは。
オレにどうして欲しいんだ。

恐怖と驚きのせいで萎んでいた感情がむくむくと溢れ出す。

「ていうか、嫌いなら嫌いでもう構わなきゃいいじゃん!いちいち人の傷に泥塗るような真似しなくたって、お前がこれ以上関わるなって言ったら関わらねえよ!」
「黒谷、ちが、違う!」
「何が違うんだよ!?嫌いなんだろ!?わかってるよ、わかってたよ最初からオレなんて相手にされないって!」

それでも想いを伝えるくらい良いじゃないか。
叶わなくても想い続けることくらい良いじゃないか。
断られたからって逆恨みなんてしていないし、ストーカーみたいになったわけでもない。
ただのクラスメイトとして接する中で淡い想いを密かに持ち続けていたいだけだったのに。
オレにはそれすらも許されないのか?

だったらもう良い。
もう全部全部諦める。
三井なんて、三井なんて……

「嫌いなら嫌いでいい!オレだってもう三井なんか好きじゃ」
「馬鹿!人の話聞けよ!」
「!やだ!離せ馬鹿!触んな!」
「頼むから、ちょっと聞いてくれよ……!」
「……っ」

暴れるオレをものともせずその胸に抱き止める三井。
その暖かさに驚き、口も腕も止まってしまった。

え?
嘘だろ?
三井がオレを抱き締めてる?
抱き締められてる?
夢?これは夢か?
幻覚でも見ているのだろうか。
いやそれとも妄想か。

だって三井がオレを抱き締めるはずなんてない。

思わず現実逃避してしまいそうになるオレの耳に三井の静かな声が届く。

「違うんだ、嫌いじゃない。嫌いじゃないよ」
「……嘘だ」

嫌いじゃないと言われても今までの態度で信じろと言う方が難しい。
あんな態度、嫌ってる以外の何があるというのか。

即座に否定するオレに、三井の腕がほんの少しだけ強まる。

「嘘じゃない。頼む、聞いて?」
「……」

ついさっきまでの怖さをなくした真剣な様子に、少しの間をおいてこくりと頷く。
それを確認した三井が、ぽつりぽつりと話し始めた。

「……あのな」

それから聞いたのは、あの告白の後からの事。

告られた時は全然タイプじゃなかったからすぐ断ったけど、芦原といるところをたまたま見掛けて、頭撫でられて嬉しそうに笑う姿にもやもやした。
次の日思わず睨んで、我ながら酷い態度を取り続けていたけれど、そんなやりとりのなかで自分を見てくれるのが嬉しくて。
他の男と一緒にいるだけでいらついて。
興味なんてなかったはずなのに、見るたびに気になって気になって仕方がなかったと告げられた。

「……オレの事、嫌いなんじゃねえの?」

てっきり他の誰よりも嫌われていると思っていたが話を聞くととてもそうは思えない。
嫌われているどころか、むしろそれは……

「……好き、だ」
「!」
「好きなんだよ、黒谷が」

オレが想像した通りのセリフが現実に再生された。

「……は?」

頭が真っ白で何を言われたのか理解が出来ない。

やはりこれは夢なのではないだろうか。
三井がオレに好きなんで言うはずがないんだ。
絶対に言うはずがないという想いと、実際聞いてしまった耳とで頭が混乱する。

「嫌な態度取って、本当に悪かった」

そっと身を離され、視線を合わされ、驚きすぎて何の反応も返せずにいるオレに頭を下げる三井。

「もう絶対、あんな事しない。優しくする。だから」
「……」
「……だから、この前の告白がまだ有効なら、オレと付き合って欲しい」

次いで、まっすぐに目を見てそう言われた。






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