6 / 6
6
しおりを挟む※市川視点
「……っ」
碧が息を飲み体を緊張させるのが伝わってくる。
あの後、こちらから誤解を解こうとして碧の元へと行ったのだがその度逃げられていた。
翠から、碧本人から話そうとしない限り深追いはするなと言われていたし、自分の気持ちを整理するのに丁度良いかと距離をおいていたのだが、やはりオレの気持ちは変わることなく碧にだけ向いている。
むしろ離れたことで更に焦がれるようになった。
こうしてここに来たということは碧の方も気持ちの整理が出来たということだろうか。
(探してくれたのかな)
教室にいないオレをあちらこちらと。
それだけでも嬉しい。
「話があって」
話が別れ話だというのはわかっていた。
碧のことだからきちんと話してけじめをつけなければいけないと真面目に考えたに違いない。
この期に及んでそんなところも可愛いと思ってしまう。
けど……
「別れたくない」
オレは別れたくない。
自惚れでなければ碧だって多少なりともオレを好いていてくれているはずだ。
そうでなければあんな笑顔を見せてくれたり、キスを許してくれたりはしないはず。
そしてあの時の『身代わりにはなれない』なんてセリフは出てこないはずだ。
それに翠へ言っていた『初めて好きになった相手』
「だって、平井の好きな相手って」
それが自分であると、信じたい。
「オレでしょ?」
願いを込めて呟いた。
※市川視点終わり
*
(え?え……?)
抱きしめられて別れたくないと言われた。
それだけでも驚いてどうして良いかわからないのに。
(なんで)
何故自分の気持ちを告げる前に本人が知ってしまっているのだろう。
「ねえ、そうでしょ?」
確かに好きだ。
大好きだとも。
初めて好きになって出来ればずっと好きでいたい人だけれど、それを本人に伝えるつもりはない。
伝えてしまったら、優しい市川はオレを無碍には扱えない。
だから絶対に言わないと心に決めていた。
「平井」
「……っ」
「ねえ」
「……じゃない」
「嘘。好きでしょ?」
「すきじゃない」
「好きだよ」
「じゃないってば……!」
「好きなのになんで別れなきゃいけないの?」
「なんでって……」
なんでって、そんなの決まってる。
「ねえ、なんで?」
再び問う市川に、抱きしめられたままだったその身を思い切り押し返す。
そして勢いのまま壁に背をついた市川の肩口に拳をぶつけた。
「!」
「なんでなんて、そんなの決まってるだろ!?」
「……平井?」
「いくらオレが好きでも、市川が、市川はオレの事好きじゃないじゃん!だから」
だから別れようとしているのに。
「なのに……っ」
それなのに別れたくないだなんて。
身代わりのまま付き合いを続けろと。
自分の事を好きならばそれくらい良いだろうと。
堪えられるだろうと思っているのだろうか。
「そりゃ、好きな人にはなんだってやってやりたいと思うよ、でも、でも好かれてるからって何しても良いわけじゃない!」
好きだからなんでもかんでも堪えられるなんて詭弁だ。
好きだからこそ堪えられない事だってある。
少なくともオレに今の状況は堪えられない。
「……っ」
ぼろりと涙が零れ落ちる。
泣き顔を見られたくなくて腕で目元を覆った。
「オレはもう身代わりなんて嫌だ、今度はちゃんとオレの事だけ見て、オレの事だけ……っ」
オレの事だけを好きで、大切にしてくれる人と付き合いたい。
そんな相手がこの先現れるかどうかはさておき、とにかく身代わりなんてもう嫌だ。
嗚咽をこらえながら叫ぶと、目元を覆っていた腕と肩を再度掴まれ顔を上げさせられた。
「それはオレじゃ駄目なの?」
「なに……?」
言われた事に驚き、顔を見られたくないと思っていたのも忘れて穴が開くのではないかというくらいに市川を見つめる。
彼は今なんと言った?
「平井の事だけ見て、平井の事だけ考えて、平井の一番傍にいるのは、オレじゃ駄目なの?」
「なに、言って……」
自分の言葉はこれっぽっちも彼の耳には届いていないのかと、それとも口に出したと思っていただけで実は頭の中で唱えていただけだったのかと疑った。
今さっき身代わりは嫌だと告げたばかりなのに。
オレの一番は既に市川だけれど、他に好きな人のいる市川がどうやって自分を一番にしてくれるというのか。
「……っ」
先程の比ではないくらいに涙も嗚咽も漏れて、胸の痛みがどんどんと勢いを増していく。
また泣き出したオレを市川はどう思っただろうか。
オレなら男のくせにぼろぼれと泣いてばかりの奴なんて嫌だ。
それだけでうんざりする。
なのにオレは今まさにそのうんざりする男になってしまっている。
(……痛い)
ぎゅううっと胸が締め付けられて苦しい。
この痛みを今すぐ取り除いて欲しい。
それが出来るのは目の前の男だけだとわかっているのにどうにも出来ないもどかしさ。
いっそ酷い言葉で傷つけてくれたなら良いのに。
市川がそんな事出来るはずもないとわかっているのにそれを望んでしまう。
「……っ、く……っ」
せめて泣き声は漏らすまいと歯を食いしばる。
「ねえ、平井」
優しく名前を呼ばれる。
涙で濡れてしまった長めの前髪を梳き、そっと頬に触れる。
払いのける気力すら滴とともに流れていってしまったようだ。
首筋へと回った温かいそれに促されるがまま、肩口へと額を寄せた。
「ねえ、駄目?」
「……」
「オレじゃ平井の一番にはなれない?」
「違う、そうじゃない……っ」
耳元で問われふるふると首を振る。
どうしたらわかってくれるのだろう。
市川にはオレじゃ駄目なのに。
ちゃんと好きな人と付き合って欲しいだけなのに。
「オレは平井の一番になりたいよ」
「……だめ」
嬉しいはずの言葉が痛い。
駄目だよ。
それじゃ駄目だ。
「駄目?」
「……っ、だめだよ、いち、市川は」
「うん?」
「市川は、ちゃんと、好きな子と付き合わないと……っ」
「!」
途切れ途切れに涙声で告げる。
ああもう、市川を見るまではお説教するんだとか意気込んでいたのにこの体たらく。
情けない。
「ちゃんと、好きな子と……」
「……だよ」
「え?」
途中でぎゅっと抱き寄せられ何かを告げられたが、こんなに近いのに聞き取れなかった。
なんだったのかと問い返そうとした瞬間。
「……すき」
「!」
「オレ、平井が好きだよ」
今度ははっきりとそう告げられた。
しっかりと耳に入ってはきたけれど、頭がそれを理解出来ない。
酷く単純な言葉なのに、わかっているはずなのに意味がわからなくて混乱する。
「誤解させてごめん」
「な、に」
「信じてもらえないかもしれないけど……オレはずっと平井……碧が好きだよ」
今のは幻聴だろうか。
確かに好きだと言われた気がするのだが信じられない。
「身代わりなんて思ったことないよ。オレは碧しか見えてないんだから」
聞き間違いではなかった。
自分の耳がおかしくなったわけでもないはず。
確かに『碧』と。
翠じゃない、はっきりと自分の名前が呼ばれた。
そして身代わりではないとも言われた。
これは信じて良いのだろうか。
縋るような体勢で制服を掴み市川の表情を確かめる。
背中に回した手はそのままに見下ろしてくるその表情は真剣で、とても嘘を言っているようには見えない。
「でも、じゃあ、なんであの時……」
告白と呼んでも良いのだろうか、付き合ってくれと言われたあの日の事。
自分で良いのかと訊ねたオレに向けた曖昧な返事。
あれはなんだったのだろう。
「それは、だって付き合ってっていう事はさ、理由は一つじゃん」
「……一つ?」
「……だから、好きだから言うだろ?普通」
「み、翠じゃなくて?」
「?なんで翠?」
「なんでって……え?あれ?」
頭が混乱してきた。
最初からオレの事を好きなんだとしたら、ずっと翠が本命だと、翠の身代わりだと思い込んでいたオレは一体……
「もしかして、オレが翠の事好きだと思ってた?」
ぐるぐると考えるオレに、市川がそれに気付く。
その途端、冗談じゃないなんでよりにもよってと眉を寄せた。
(じゃあ、あれは本当に)
あの告白ひ最初から自分に向けてのものだったのか。
いつの間にか涙は止まっていて、胸の痛みもどこかへ行ってしまっていた。
「それなら……」
翠と戯れていた時に妙に不機嫌だったのは何なんだ。
「あれは、そりゃ好きな子が他の奴と仲良くしてたら気にくわないっていうか……」
「……じゃあ」
あの放課後。
市川の部屋でのあれは?
『やっぱ無理だ』
『ごめん』
あのセリフの意味は。
翠でなければ嫌だからと止めたのではなかったのか。
「あ、あれは……」
「あれは?」
合わせたままだった目が逸らされる。
何だろう。
やはり自分が思ったままの意味だったのだろうかと不安になる。
だが返ってきたのは全然違う答えだった。
「……怖かっただろ?」
「え?」
「震えてたし、まあいきなりあんな事されたら誰だって怖いよな」
確かに怖かった。
でもそれは市川の雰囲気というか、自分の知らなかった別の面を突然向けられて、力で押さえつけられたから。
「ああいう事は、お互い納得してからした方がいいってわかってたんだけど、その……」
「?」
「あ、あんなトコで泣くから、その、タガが外れたっていうか、か、可愛すぎてつい……っ」
「……」
手で口元を覆いどんどんと俯く市川。
その耳まで真っ赤に染めるその様子にぽかんと口を開く。
頭をフル回転させて今の話を整理する。
『碧』好きだと言った市川。
翠の身代わりではないと、誤解させてしまってごめんと謝ってくれて。
翠と仲良くするのすら気にくわなくて。
か、か、可愛いとまで思っていてくれていて。
(うわ……!)
全部全部自分の勘違いだったなんて。
整理して理解した途端に熱が一気に頬に集中した。
恥ずかしい。
男二人で頬を染めてもじもじしているのは端から見たら気持ち悪い以外の何でもないなと思う。
「……」
「……」
暫くの沈黙の後。
「……あのさ」
「え?」
「やっぱり、オレじゃ駄目かな?」
「……え?」
きょとんと問い返すと、市川はごほんと咳払いをして居住まいを正し、オレの両手を握りしめた。
「……好き、です」
まだ少し赤い頬に、まっすぐに見つめてくる瞳。
それが自分だけに向けられている。
もう身代わりに告白されたなんて思わない。
オレ自身に向かって告げられた想いに胸が締め付けられ喜びが溢れてくる。
嬉しさを噛み締めるオレに、市川が重ねて告げる。
「オレと付き合ってください」
「……オレ、翠じゃないよ?」
「!」
あの時と同じ言葉。
ふっと市川から笑みが漏れたのは、オレがわざとそう言ったと気付いているからだろう。
「知ってる」
「本当にオレで良いの?」
「うん、碧が良い。碧じゃなきゃ嫌だ」
「……っ」
「……碧の一番にしてくれる?」
頬を包み込まれながらのセリフ。
答はもう決まっている。
返事を聞いた市川の顔が一気に綻び、再び強くその腕の中に閉じ込められた。
end.
36
お気に入りに追加
78
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
その子俺にも似てるから、お前と俺の子供だよな?
かかし
BL
会社では平凡で地味な男を貫いている彼であったが、私生活ではその地味な見た目に似合わずなかなかに派手な男であった。
長く続く恋よりも一夜限りの愛を好み、理解力があって楽しめる女性を一番に好んだが、包容力があって甘やかしてくれる年上のイケメン男性にも滅法弱かった。
恋人に関しては片手で数えれる程であったが、一夜限りの相手ならば女性だけカウントしようか、男性だけカウントしようが、両手両足使っても数え切れない程に節操がない男。
(本編一部抜粋)
※男性妊娠モノじゃないです
※人によって不快になる表現があります
※攻め受け共にお互い以外と関係を持っている表現があります
全七話、14,918文字
毎朝7:00に自動更新
倫理観がくちゃくちゃな大人2人による、わちゃわちゃドタバタラブコメディ!
………の、つもりで書いたのですが、どうにも違う気がする。
過去作(二次創作)のセルフリメイクです
もったいない精神
魂なんて要らない
かかし
BL
※皆様の地雷や不快感に対応しておりません
※少しでも不快に感じたらブラウザバックor戻るボタンで記憶ごと抹消しましょう
理解のゆっくりな平凡顔の子がお世話係で幼馴染の美形に恋をしながらも報われない不憫な話。
或いは、ブラコンの姉と拗らせまくった幼馴染からの好意に気付かずに、それでも一生懸命に生きようとする不憫な子の話。
着地点分からなくなったので一旦あげましたが、消して書き直すかもしれないし、続きを書くかもしれないし、そのまま放置するかもしれないし、そのまま消すかもしれない。
身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく
かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話
※イジメや暴力の描写があります
※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません
※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください
pixivにて連載し完結した作品です
2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。
お気に入りや感想、本当にありがとうございます!
感謝してもし尽くせません………!
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
ひとりぼっちの180日
あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。
何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。
篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。
二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。
いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。
▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。
▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。
▷ 攻めはスポーツマン。
▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。
▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる