みどりとあおとあお

うりぼう

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※市川視点



「……っ」

碧が息を飲み体を緊張させるのが伝わってくる。

あの後、こちらから誤解を解こうとして碧の元へと行ったのだがその度逃げられていた。
翠から、碧本人から話そうとしない限り深追いはするなと言われていたし、自分の気持ちを整理するのに丁度良いかと距離をおいていたのだが、やはりオレの気持ちは変わることなく碧にだけ向いている。
むしろ離れたことで更に焦がれるようになった。

こうしてここに来たということは碧の方も気持ちの整理が出来たということだろうか。

(探してくれたのかな)

教室にいないオレをあちらこちらと。
それだけでも嬉しい。

「話があって」

話が別れ話だというのはわかっていた。
碧のことだからきちんと話してけじめをつけなければいけないと真面目に考えたに違いない。
この期に及んでそんなところも可愛いと思ってしまう。
けど……

「別れたくない」

オレは別れたくない。
自惚れでなければ碧だって多少なりともオレを好いていてくれているはずだ。

そうでなければあんな笑顔を見せてくれたり、キスを許してくれたりはしないはず。
そしてあの時の『身代わりにはなれない』なんてセリフは出てこないはずだ。

それに翠へ言っていた『初めて好きになった相手』

「だって、平井の好きな相手って」

それが自分であると、信じたい。

「オレでしょ?」

願いを込めて呟いた。





※市川視点終わり









(え?え……?)

抱きしめられて別れたくないと言われた。
それだけでも驚いてどうして良いかわからないのに。

(なんで)

何故自分の気持ちを告げる前に本人が知ってしまっているのだろう。

「ねえ、そうでしょ?」

確かに好きだ。
大好きだとも。
初めて好きになって出来ればずっと好きでいたい人だけれど、それを本人に伝えるつもりはない。
伝えてしまったら、優しい市川はオレを無碍には扱えない。
だから絶対に言わないと心に決めていた。

「平井」
「……っ」
「ねえ」
「……じゃない」
「嘘。好きでしょ?」
「すきじゃない」
「好きだよ」
「じゃないってば……!」
「好きなのになんで別れなきゃいけないの?」
「なんでって……」

なんでって、そんなの決まってる。

「ねえ、なんで?」

再び問う市川に、抱きしめられたままだったその身を思い切り押し返す。
そして勢いのまま壁に背をついた市川の肩口に拳をぶつけた。

「!」
「なんでなんて、そんなの決まってるだろ!?」
「……平井?」
「いくらオレが好きでも、市川が、市川はオレの事好きじゃないじゃん!だから」

だから別れようとしているのに。

「なのに……っ」

それなのに別れたくないだなんて。
身代わりのまま付き合いを続けろと。
自分の事を好きならばそれくらい良いだろうと。
堪えられるだろうと思っているのだろうか。

「そりゃ、好きな人にはなんだってやってやりたいと思うよ、でも、でも好かれてるからって何しても良いわけじゃない!」

好きだからなんでもかんでも堪えられるなんて詭弁だ。
好きだからこそ堪えられない事だってある。
少なくともオレに今の状況は堪えられない。

「……っ」

ぼろりと涙が零れ落ちる。
泣き顔を見られたくなくて腕で目元を覆った。

「オレはもう身代わりなんて嫌だ、今度はちゃんとオレの事だけ見て、オレの事だけ……っ」

オレの事だけを好きで、大切にしてくれる人と付き合いたい。
そんな相手がこの先現れるかどうかはさておき、とにかく身代わりなんてもう嫌だ。
嗚咽をこらえながら叫ぶと、目元を覆っていた腕と肩を再度掴まれ顔を上げさせられた。

「それはオレじゃ駄目なの?」
「なに……?」

言われた事に驚き、顔を見られたくないと思っていたのも忘れて穴が開くのではないかというくらいに市川を見つめる。

彼は今なんと言った?

「平井の事だけ見て、平井の事だけ考えて、平井の一番傍にいるのは、オレじゃ駄目なの?」
「なに、言って……」

自分の言葉はこれっぽっちも彼の耳には届いていないのかと、それとも口に出したと思っていただけで実は頭の中で唱えていただけだったのかと疑った。

今さっき身代わりは嫌だと告げたばかりなのに。
オレの一番は既に市川だけれど、他に好きな人のいる市川がどうやって自分を一番にしてくれるというのか。

「……っ」

先程の比ではないくらいに涙も嗚咽も漏れて、胸の痛みがどんどんと勢いを増していく。
また泣き出したオレを市川はどう思っただろうか。
オレなら男のくせにぼろぼれと泣いてばかりの奴なんて嫌だ。
それだけでうんざりする。

なのにオレは今まさにそのうんざりする男になってしまっている。

(……痛い)

ぎゅううっと胸が締め付けられて苦しい。
この痛みを今すぐ取り除いて欲しい。
それが出来るのは目の前の男だけだとわかっているのにどうにも出来ないもどかしさ。
いっそ酷い言葉で傷つけてくれたなら良いのに。
市川がそんな事出来るはずもないとわかっているのにそれを望んでしまう。

「……っ、く……っ」

せめて泣き声は漏らすまいと歯を食いしばる。

「ねえ、平井」

優しく名前を呼ばれる。
涙で濡れてしまった長めの前髪を梳き、そっと頬に触れる。
払いのける気力すら滴とともに流れていってしまったようだ。
首筋へと回った温かいそれに促されるがまま、肩口へと額を寄せた。

「ねえ、駄目?」
「……」
「オレじゃ平井の一番にはなれない?」
「違う、そうじゃない……っ」

耳元で問われふるふると首を振る。

どうしたらわかってくれるのだろう。
市川にはオレじゃ駄目なのに。
ちゃんと好きな人と付き合って欲しいだけなのに。

「オレは平井の一番になりたいよ」
「……だめ」

嬉しいはずの言葉が痛い。

駄目だよ。
それじゃ駄目だ。

「駄目?」
「……っ、だめだよ、いち、市川は」
「うん?」
「市川は、ちゃんと、好きな子と付き合わないと……っ」
「!」

途切れ途切れに涙声で告げる。

ああもう、市川を見るまではお説教するんだとか意気込んでいたのにこの体たらく。
情けない。

「ちゃんと、好きな子と……」
「……だよ」
「え?」

途中でぎゅっと抱き寄せられ何かを告げられたが、こんなに近いのに聞き取れなかった。
なんだったのかと問い返そうとした瞬間。

「……すき」
「!」
「オレ、平井が好きだよ」

今度ははっきりとそう告げられた。
しっかりと耳に入ってはきたけれど、頭がそれを理解出来ない。
酷く単純な言葉なのに、わかっているはずなのに意味がわからなくて混乱する。

「誤解させてごめん」
「な、に」
「信じてもらえないかもしれないけど……オレはずっと平井……碧が好きだよ」

今のは幻聴だろうか。
確かに好きだと言われた気がするのだが信じられない。

「身代わりなんて思ったことないよ。オレは碧しか見えてないんだから」

聞き間違いではなかった。
自分の耳がおかしくなったわけでもないはず。

確かに『碧』と。
翠じゃない、はっきりと自分の名前が呼ばれた。
そして身代わりではないとも言われた。
これは信じて良いのだろうか。

縋るような体勢で制服を掴み市川の表情を確かめる。
背中に回した手はそのままに見下ろしてくるその表情は真剣で、とても嘘を言っているようには見えない。

「でも、じゃあ、なんであの時……」

告白と呼んでも良いのだろうか、付き合ってくれと言われたあの日の事。
自分で良いのかと訊ねたオレに向けた曖昧な返事。
あれはなんだったのだろう。

「それは、だって付き合ってっていう事はさ、理由は一つじゃん」
「……一つ?」
「……だから、好きだから言うだろ?普通」
「み、翠じゃなくて?」
「?なんで翠?」
「なんでって……え?あれ?」

頭が混乱してきた。
最初からオレの事を好きなんだとしたら、ずっと翠が本命だと、翠の身代わりだと思い込んでいたオレは一体……

「もしかして、オレが翠の事好きだと思ってた?」

ぐるぐると考えるオレに、市川がそれに気付く。
その途端、冗談じゃないなんでよりにもよってと眉を寄せた。

(じゃあ、あれは本当に)

あの告白ひ最初から自分に向けてのものだったのか。
いつの間にか涙は止まっていて、胸の痛みもどこかへ行ってしまっていた。

「それなら……」

翠と戯れていた時に妙に不機嫌だったのは何なんだ。

「あれは、そりゃ好きな子が他の奴と仲良くしてたら気にくわないっていうか……」
「……じゃあ」

あの放課後。
市川の部屋でのあれは?

『やっぱ無理だ』
『ごめん』

あのセリフの意味は。
翠でなければ嫌だからと止めたのではなかったのか。

「あ、あれは……」
「あれは?」

合わせたままだった目が逸らされる。

何だろう。
やはり自分が思ったままの意味だったのだろうかと不安になる。

だが返ってきたのは全然違う答えだった。

「……怖かっただろ?」
「え?」
「震えてたし、まあいきなりあんな事されたら誰だって怖いよな」

確かに怖かった。
でもそれは市川の雰囲気というか、自分の知らなかった別の面を突然向けられて、力で押さえつけられたから。

「ああいう事は、お互い納得してからした方がいいってわかってたんだけど、その……」
「?」
「あ、あんなトコで泣くから、その、タガが外れたっていうか、か、可愛すぎてつい……っ」
「……」

手で口元を覆いどんどんと俯く市川。
その耳まで真っ赤に染めるその様子にぽかんと口を開く。

頭をフル回転させて今の話を整理する。

『碧』好きだと言った市川。
翠の身代わりではないと、誤解させてしまってごめんと謝ってくれて。
翠と仲良くするのすら気にくわなくて。
か、か、可愛いとまで思っていてくれていて。

(うわ……!)

全部全部自分の勘違いだったなんて。

整理して理解した途端に熱が一気に頬に集中した。
恥ずかしい。
男二人で頬を染めてもじもじしているのは端から見たら気持ち悪い以外の何でもないなと思う。

「……」
「……」

暫くの沈黙の後。

「……あのさ」
「え?」
「やっぱり、オレじゃ駄目かな?」
「……え?」

きょとんと問い返すと、市川はごほんと咳払いをして居住まいを正し、オレの両手を握りしめた。

「……好き、です」

まだ少し赤い頬に、まっすぐに見つめてくる瞳。
それが自分だけに向けられている。
もう身代わりに告白されたなんて思わない。
オレ自身に向かって告げられた想いに胸が締め付けられ喜びが溢れてくる。

嬉しさを噛み締めるオレに、市川が重ねて告げる。

「オレと付き合ってください」
「……オレ、翠じゃないよ?」
「!」

あの時と同じ言葉。
ふっと市川から笑みが漏れたのは、オレがわざとそう言ったと気付いているからだろう。

「知ってる」
「本当にオレで良いの?」
「うん、碧が良い。碧じゃなきゃ嫌だ」
「……っ」
「……碧の一番にしてくれる?」

頬を包み込まれながらのセリフ。
答はもう決まっている。

返事を聞いた市川の顔が一気に綻び、再び強くその腕の中に閉じ込められた。






end.


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