勇者の料理番

うりぼう

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一難去って?

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「朝日ちゃーん!久しぶりねー!」
「ゴンチャロフさん!?」

キャーと野太い且つ黄色いという器用な声を発しながら駆け寄ってくるゴンチャロフさん。
相変わらずいかついのに仕草はくねくねしている。

「どうしてここにいるんですか?」

ゴンチャロフさんは他の騎士団の人達と一緒にいるはずではなかったのか。

「呼びだされたのよう、ウェイン王子に!んもう本当に急なんだから!」

待って、待って待って、ゴンチャロフさんがここに来たという事はますます俺のお役御免説が濃厚になってくるんですけど。
本当に俺追い出されちゃうの?

想像が現実味を帯びてきてショックで倒れそうになる。
倒れないけど。

「ああ、来たかゴンチャロフ」
「お久しぶりです王子ー!キャー!太陽ちゃんも!」
「ひ、久しぶりっす、ってギャー!!抱き着くな!」
「相変わらず冷たいのね!そこも素敵!」

ぎこちなく返事をする太陽にゴンチャロフさんが突撃。
両手を広げて抱き着かれ、即座に逃げるのもいつもの事だが俺はそれを微笑ましく見守れる心境ではない。

「ゴンチャロフも来た事だし、朝日」
「は、はい!」
「朝日は今日はゆっくり休んでて良いからね。食事の用意もしなくて良いから」
「え……」

まるで最後通牒のようなセリフ。

これは確実に追い出される。
だからゴンチャロフさんを呼んだんだ。
まどろっこしい事をしなくても一言言ってくれればそれでいいのに。

昼ご飯はそのままゴンチャロフさんが作ってくれたものを食べた。
人が作ってくれたご飯は久しぶりで嬉しかったんだけど、それ以上に討伐隊を追い出されるかもしれないという恐怖で味が全然わからなかった。
多分美味しかったはず。

呆然としたまま時は過ぎ、俺は結局晩ご飯の準備もさせてもらえなかった。

「何故そんな隅にいるんだ?」

テントの中の端の端、ベッドに隠れる場所で背を向け膝を抱えて座っている俺を見て、たまが不思議そうに尋ねてくる。

「どうかしたのか?何かあったのか?」
「どうって、何かって……」

たまだってわかってるはずだ。
俺が朝ご飯以降何もさせてもらえてない事を。

朝からずっと頭の中を巡っている嫌な考え。
ええいぐるぐると考えているのは性に合わない。
こうなったら直撃だ!
たまなら絶対に事情を知っているはず!

そう思い丸まっていた身体を起こしてすぐ傍にいたたまにずいっと迫る。

「たま!」
「何だ?」
「俺、もういらない!?」
「……何の話だ?」

きょとんとした表情で首を傾げるたま。
とぼけやがってえええわかってるくせに!

「だから!俺の事!もういらないの!?」
「だから何の話なのかさっぱりわからん」
「ご飯の話だよおおお!朝から皆妙に手伝ってくれるしゴンチャロフさんが来るし昼ご飯も作らせてくれないし晩ご飯も何もしなくて良いって言われるし!」
「……ああ」
「それってつまり俺がお役御免って事だよね!?もうお前なんていらないよ代わりもいるし!って事だよね!?」

半分泣きそうになりながら問い詰めると、たまは大きな大きなそれはもう盛大な溜め息を吐き出し、直後にくすくすと笑い始めた。

「ちょ、今の笑うところじゃないんだけど!?」
「ふっ、すまない、お主があまりにも見当違いな思い違いをしていたものだから」
「思い違い?どこが思い違いなのさ!」
「全部だ」
「は?」

全部?全部って何?

首を傾げながらたまを見つめていると、今度は意地悪そうな笑みを返された。
何その笑顔。
絶対何か企んでる顔だよねそれ。
超絶美形のその笑顔怖いんですけど。

「自分の目で確かめて来ると良い」
「おわっ」

たまに身体を起こされ立ち上がらされ、肩を抱くような体勢でぐいぐいとテントの外へと出された。

確かめろってもしかしてウェイン王子達に直接聞けって事!?
たまには聞けたけどさすがに責任者の人に直接聞く心の準備は出来てないんですけど!

「た、たま!」
「良いから見てみろ」

見る?
聞くじゃなくて?

はて、と自分の認識と違うなと首を傾げつつ言われた通りにたまの促す先を見ると。

「あれ、もう来ちゃったのかよ?早いってたま!」
「仕方がないだろう、何やらとてつもない勘違いをしていたようだからな」
「勘違い?」
「これ以上悲しませる訳にはいくまい?」
「悲しい?何勘違いしてんだよ朝日?」
「え?え?」

さっきから勘違いって何なんだ?
勘違いも何も俺に仕事をさせない為に料理作らせなかったんじゃないの?

「あー本当だこれめっちゃとんでもない勘違いしてる時の顔だ」
「だから勘違いって何?」
「朝日ったらバカだなあ、相変わらず変な所でネガティブなんだから」
「……どうせバカですよ」

カラカラと笑いながら言われて思わずムッとする。
確かに俺はいつも変な所でネガティブになってしまう。

五歳の時には太陽がふいに俺を避け、もしかして嫌われたんじゃないかと大泣きした(見た目で親以外の大人達に変な事を吹き込まれたらしい)
六歳の時には遠足で太陽が一緒にお弁当を食べてくれなくてこれまた同じように大泣きした(単に班が違ったから一緒に食べられなかっただけ)
中学に上がって女子に囲まれ『太陽くんと仲良いんだよね?』と呼びだされた時には、モテるなと思う反面もしや自分は太陽の傍にいるのに相応しくないのではと大勘違い(後から女子達には橋渡しを頼みたかっただけだと訂正され太陽にはこっぴどく怒られた)

まだ色々あるけど、高校に上がってからはそんなに壮大なネガティブ勘違いをする事は減っていた。
ちゃんと周りも自分も見れるようになってきたからだろう。
それにしても良く考えたら、いや良く考えなくても太陽関係がほとんどだ。
今回も討伐隊をお役御免イコール太陽と一緒にいられない、だもんな。
俺ってやつは……

「まあそこが朝日らしいっちゃ朝日らしいけど」

にかっと笑った太陽にちょいちょいと手で招かれる。
大人しくそれに従い、太陽に近付くと手を掴まれ、みんなが集まっている場所へと連れて行かれた。

「みんなー!朝日来たぜ!」
「え!?もう!?」
「ちょ、早!」
「まだ準備出来てないのに!」
「???」

俺がいつもご飯の準備をする時と同じようにここにも結界が張ってあったらしい。
天井だけのテントに色とりどりの飾り付けがされ、シートの上にはご馳走の数々。
それを囲むようにみんなが準備を進めていて、俺の姿を見た瞬間に慌ててバタバタと場を整える。

「ちょっとくらい早くても大丈夫っしょ」
「そうだね、もう十分出来てるし」
「出来てるって、あの……?」
「朝日の席はここ」
「え?」

一番の上座らしき席に座らされる。
両隣りにはそれぞれ太陽とたま。
太陽の隣にはウェイン王子が座り、ご馳走を囲むように騎士さん達が座った。

え、マジで何これ。
ものすごいパーティ感。

「まだわかんない?」
「え?何が?俺のお別れパーティ?」
「何でだよ」

ほんと相変わらずだなあと太陽が爆笑。

「まあいっか。よーしじゃあみんな行くぞー」
『おー!』
「せーの!」
『誕生日おめでとー!』

太陽の掛け声に合わせて揃って告げられた。

誕生日?
え?誕生日?
誰の?
俺の?
は?

「なーにぼけてんだよ!今日朝日の誕生日だろ?」
「……誕生日」
「そう、誕生日!」

太陽に強く重ねて言われ、漸く思い出した。

誕生日。
そうだ、俺今日誕生日だった!

「誕生日だ!」
「そうだよ!おめでと!」
「わー!忘れてたー!」
「だと思った」
「旅に出てると日にちの感覚わからなくなっちゃうもんね」
「何だ忘れてたのか?朝日くんらしいなあ」
「ほらほらぼーっとしてないで食べて食べて!」
「本当は朝ご飯から朝日くんを休ませようと思ってたんだけど間に合わなくてさ」
「だからおかわりは自分達でと思って」
「前から計画してたのにな、いやうっかりうっかり」

あっはっは、と笑いながら今朝からのネタバレをする騎士さん達。
昼ご飯、晩ご飯は最初からゴンチャロフさんを呼んでご馳走を作ってもらう算段だったようだ。

「で、でも、良いんですか?こんな……」

いくら誕生日とはいえ、討伐の旅に出てる最中なのにこんな祝われ方をして良いものだろうか。
あまりにも気楽すぎないだろうか。
気楽なのは今更かもしれないけど。

「良いんだよ、朝日くんはいつも頑張ってるんだから」
「そうそう、毎日三食ご飯作るのって大変なんだから」
「朝日くんもたまには楽しないとね」
「それに朝日くんだって俺達の誕生日にこっそりおまけしてくれてただろ?」

その通りです。
やっぱり誕生日って特別な日だと思うから誕生日の騎士さんにはこっそりとおまけをしていた。
おかずだったりケーキだったり、その人の好きな物を別でちょこっとだけね。
それしかしてないのにこんなに盛大に祝われて恐縮してしまう。

「それにお休みも大事よ!という訳でこれは私からのプレゼントよー!」
「ゴンチャロフさん!」

最後の料理らしきものを置いて、更にもうひとつの皿を持ってきてくれたゴンチャロフさん。
その皿の上に乗っていたのは何とイチゴのショートケーキだった。

「ケーキ!」
「太陽ちゃんからのリクエストなのよ。お誕生日といえばこれなんでしょう?」

大好きな大好きなショートケーキ。
誕生日だけはいつも親がイチゴを多目に乗せてくれたのを思い出す。

「美味しそう……!」
「ふふ、上手に出来てると良いんだけど」
「ありがとうございます!」

一気にネガティブな勘違いが吹っ飛んでいく。
吹っ飛んでいくと今度は何という勘違いをしてしまっていたんだろうと恥ずかしくなってくる。

「俺、てっきりお役御免なのかと……」
「は?お役御免?ははっ、そんな勘違いしてたのかよ朝日!」
「だって、珍しくおかわりも自分達でするしご飯の準備もさせてくれないし!俺なんか料理作るしか出来ないのに!」
「バッカだなあ、朝日がいなくなったら俺のご飯どうするんだよ。俺朝日のご飯しか食べれないのに!」
「!」

俺のご飯どうするんだよ、なんて。
どこぞの旦那さんが病気の奥さんに言ったセリフだったらとんでもないものだというのに嬉しいだなんてどうかしてる。
周りも同調するように、ご飯は美味しい、お役御免なんてとんでもない、いないと士気があがらないなど嬉しいばかりのセリフを言ってくれる。

嬉しさで空が飛べるなら既に宇宙まで飛んでいってしまっているかもしれないというくらいに嬉しい。

「という訳で改めて誕生日おめでとう」
「ありがと!」

珍しく料理を取り分けてくれた太陽にお礼を言う。

嬉しい。
嬉しすぎる。

見ると周りは既に宴会を初めて楽しそうに騒いでいる。
討伐の旅の最中だというのに本当に良いのだろうかこのどんちゃん騒ぎ。

「ちゃんと見張りも立ててるし、近くに魔獣がいないのは確認してあるから大丈夫」
「ウェイン王子」
「俺からも、おめでとう朝日」
「ありがとうございます」

労われるように肩に手を置かれて微笑まれる。
うーん、この美形の微笑みプライスレス。
たまも美形だけどウェイン王子の美形っぷりは何だかちょっとホッとする美しさだ。

「ほら食べて食べて!全部私の自信作なんだからー!」
「はい!いただきます!」

ゴンチャロフさんに促されて食事を始める。
自分以外が作ったご飯は美味しい。
昼間は感じなかった美味しさも今はしっかりと感じている。

あー!人が作ったご飯って美味しいー!

染みわたる美味しさと感謝と喜びにほっこりと頬をほころばせる。
すっかり忘れていたけど誕生日最高だな。

「誤解は解けたか?」
「うん、すっかり」
「それは良かった」

隣で黙々と食事をしていたたまに大きく頷く。

「これは、我からのお祝いだ」
「!」

そう言いながら、たまが人差し指を天へと向ける。
すると途端に夜空に色とりどりの星がきらめいた。

「うわー!何これ凄い!」

オーロラのカーテンのような迫力ともイルミネーションの人工的な眩しさとも違う天井の煌めき。
星がひとつひとつ意思を持って光っているかのような、どう表現したらいいのかわからないけどとにかくキレイな光が溢れている。

「精霊の祝福だ……!」
「まさか生きてこの目で見れるなんて……!」
「さすが朝日くん!」

どうやらこれは『精霊の祝福』というものらしい。
騎士さん達が生きてこの目でという事はかなり珍しいものなのだろう。
こんなあっさり俺なんかの為にしていいのだろうか祝福。

「気に入ったか?」
「気に入ったなんてもんじゃないよ。こんなにキレイなの初めて見た!」
「そうか」
「ありがとう、たま!」
「……ああ」

テンションが高いまま、たまに満面の笑みでもってお礼を言う。

「おめでとう、朝日」
「!」

それ、反則。

いつも以上に優しく触れられる髪。
間近でふわりと、これ以上ないくらい優しい微笑みを向けられ、おまけに記憶が確かならば初めて呼ばれたであろう名前に一気に体温があがっていく。
ばくばくとうるさく激しく動き始める鼓動。

心臓に悪すぎる。

お役御免かもしれないと悶々としていた胸の内が、今度は破壊力抜群のたまの微笑みその他に支配されていくのであった。

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