勇者の料理番

うりぼう

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魅惑のパン屋さん

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「何だ?」
「いや、えーと……」
「ああ、店主が戻ったようだぞ」
「え?え?」

聞き返そうとしたのだがちょうどおばさんが戻ってきて聞き返せなかった。
お金を払い大量のお肉を収納袋に入れながら首を傾げるが、たまは何事もなかったかのように歩き出してしまった。
今のは一体何だったんだ?

「どうした、次の店に行かないのか?」
「……行く」

たまに促され、それを気にしながらも隣に並ぶ。

「後は何を買うんだ?」
「後は太陽のお土産と、騎士さん達から個別に頼まれたやつ」
「そういえば何か言われていたな」
「個人的なものだから物資で頼み難かったんだって」

メモは俺が聞いて書いたものだからこっちは読める。
頼み難かったといってもその内容は可愛らしいものばかりだ。
お気に入りのタオルだとかお気に入りのお店のお酒、お菓子、合間に読む本などなど、お小遣いを握らされて頼まれてしまったら断れない。
中にはとある店の気になるあの子に手紙を渡してくれ、なんていうのもあったけど……うん、それは自分でやった方が良いだろうから断っておいた。
騎士さん達に頼まれたものを買い、最後に太陽へのお土産を選ぶ。

「うーん、何にしようかなあ」
「何でも良いのではないか?そこの木彫りの鳥でもお主からの土産なら喜ぶだろうあやつは」
「そりゃ喜んでくれるだろうけど、それ俺があげたいものじゃないし」

太陽の事となると適当になるなあ。
たまの泉を守ってくれる勇者なんだからもうちょっと興味持ってよ。

良さげな雑貨を買おうか。
それとも珍しそうなお菓子にしようか。
色んなお店があるから余計に悩んじゃうんだよね。
悩めるくらいお店があるのは良い事だけど、うーん、何にしようかなあ。

(お、ここのお店美味しそう)

周りにふんわりと漂う良い匂い。
パン屋さんだ。

「たま、あそこ行こう!」

定番の食パン、バゲット、ロールパンにクロワッサンはもちろん、総菜パンと呼ばれるパンや生クリームやチョコ、フルーツを挟んだ菓子パンもある。
シーラは主食が米だけどちゃんとしたパン屋さんもあるんだ、と当たり前の事なのに感動してしまう。
日本だって主食が米だけどパン屋さんいっぱいあるじゃん。
ないはずがないよね。

「うわあ、美味しそう!たま、たま、どれにしよう!?」
「どれも美味そうだな」

隣にいるたまの腕のあたりをぺしぺしと叩きながらパンからパンへと目を移す。
まずい、全部欲しい。
全部食べたい。
ロールパン買ってたまごサンドにしたりホットドッグにしても良いなあ。
バゲットに挟んでも美味しそうだよね、もちろんクロワッサンも。
ああでもチョコクロワッサンがあるー!
クリームパンあるかな?
あんパンはさすがにないか。
あー!チョコチップ入りのパンがある!
これ大好きなんだよー!ここのお店のは食べた事ないけど美味そう。
太陽もこれ好きだったよなあ。
学校帰りの寄り道で買う定番のひとつだ。

冬は肉まん、夏はアイス、春はパンで秋はコロッケとかが多かった。
何でかその時期で定番が変わるんだよね。
チョコチップのパンはスーパーの中に入ってるパン屋さんに売ってるやつで、パンがふわふわでチョコチップの触感が面白くてめちゃくちゃ美味しいんだ。
待って待って悩む。
本気で悩む。

「なあなあたまはどれにする?」

視線はパンに釘付けのまま隣にいるはずのたまに手を伸ばすが、そこにたまの姿はなく手は空を切る。

「たま?」

いないとは思わなかったので視線をたまがいたはずの方向に戻すと……

「あの、お一人ですか?」
「もし良かったらこの後お茶でも……」

なんと、たまがナンパされてました。
おお、久しぶりに見たなあナンパ。
精霊をナンパするなんてお目が高い。
精霊だと気付いていないのかもしれないけど。
それにさっきも思ったけどフード被っててもキレイな顔が隠しきれてないから、ほんの少しでも接点を持ちたいという人はたくさんいるはずだ。

太陽がしょっちゅう声をかけられていたから見るのは慣れている。
ちなみに太陽のナンパ撃退方法はかなり酷い。
男でも女でも関係なしに『うっせーバカ』『あっち行け』『は?アンタと?冗談だろ?』などなどのセリフを躊躇いもなく突き付けるのだ。
もう少しオブラートというものを覚えた方が良いと思ったんだけど、太陽がオブラートに包むと勘違いを増長させるだけだからそのまま放っておいた。
そのくせ俺を見て物凄い笑顔になるもんだからそれはもう周りの視線が痛かった。

たまはどんな風に対応するんだろ?
思わず黙って観察していると。

「……」
「あの、ダメですか?」
「……」
「えっと……」

(む、無視……)

清々しい程の無視である。
せめて何か一言返してあげてよ。
彼女達もどうしていいのかわかんなくて戸惑ってるじゃん。
まあ反応がないのなら諦めろって話なんだけど。
するとふいにたまが視線をこちらに向けた。

「!」

しまった、じっと見過ぎたかな。
声掛けたかったから気付いてくれて良かったんだけど、このタイミングはちょっと……

「決まったか?」
「えっと、まだなんだけど……」

まるで彼女達が空気であるかのようにさらりとその場を離れるたま。
うん、気まずいよね。
お姉さま方の視線がこれでもかと突き刺さってきてるよね。

言いたい事はわかるよ、なんでこんな素敵な人にこんな奴がって言いたいんだよね。
わかってる、わかってるよ。
太陽に近付きたい人達に何度も何度も言われたセリフだからね。
言われる度に太陽が制裁してたから何の傷にもなってないけど。

「……良かったの?」
「何がだ?」
「彼女達」
「羽虫が飛んでいただけだ。気にするな」
「は……」

羽虫。
太陽よりタチ悪いぞこれ。

「我はこれが良い」
「わ、わかった、これね」

たまのセリフに彼女達がぴしりと固まっている間にさっさと買って帰ろう。
でないと何を言われるかわかったもんじゃない。
たまの言い方もどうかと思うが、何かを言った後で万が一それが精霊だと彼女達が気付いたらとんでもない事になりそうな気がする。
とっとと退散するに限る。

「よし、たま帰ろう」
「もう終わりか」
「終わり!」

ぐいぐいとたまの手を引き、ひとまずその場から離れる。

「そんなに急がなくてもまだ時間に余裕はあるだろう?」
「あるけど、またナンパされたらどうすんの」
「ナンパ?」
「さっき女の人に声掛けられてたでしょ」
「あれはナンパというのか?随分と煩わしい羽音だと……」
「あのね、あの人達人間だからね?それに煩わしいって……」
「我は基本的に人間とは関わらぬからな」
「え?そうなの?」

今めっちゃ関わってるじゃん。
というよりも関わってる姿しか見た事ないんですけど。

「我は気に入った人間にしか声はかけん」
「……」

そういえば。
討伐隊の中でたまが声をかけるのは俺か太陽、そしてウェイン王子だけだ。
城にいた頃もずっと厨房に入り浸ってたけど、お世話になったあの三人にも声はかけてなかった。
仲が悪いように見えて意外と太陽の事気に入ってたんだな。

「お主の事は人間の中では一番気に入っている」
「う、あ、そ、そう。ありがと」

面と向かってそう告げられガラにもなく照れてしまう。
精霊のたまに一番に気に入られてるって、これめちゃくちゃ凄い事なんじゃないだろうか。

嬉しいけどくすぐったいぞこれ。
なんかむずむずする。

「どうかしたか?」
「……何でもない、帰ろう」

照れて赤くなってしまった頬を扇ぎごまかしながらたまを促し、俺達は再び森の中へと戻っていった。




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