勇者の料理番

うりぼう

文字の大きさ
上 下
16 / 39

夜食のお粥

しおりを挟む




「さっき散々食べたのにお腹空くなんて……どうなってんの?」

ぶつぶつ言いながらテントのすぐ傍で夜食のお粥を炊いていく。
さすがに中で火付ける訳にはいかないもんね。
でも大人数分はさすがにないからなるべくこっそりと作る。

大きな鍋に多目の水と米を入れて沸騰させ、あとは一度かき混ぜて弱火でことこと炊くだけ。

合わせる具は何にしようか。
梅干し……はないし、俺の一押しの鮭もない。
鮭の切り身解したのと卵入れてゴマとごま油と醤油を少し垂らして食べると美味いんだよなあ。
昆布は出汁を取ってからじゃないともったいないし、うーん、素直に卵とネギでシンプルにいくか。
そうだ、鶏肉が中途半端に余ってるからそれを焼いて甘辛く味付けして出そう。

「ていうか精霊ってお腹空くんだね」
「以前はそんなに空腹を感じる事はなかったんだがな、最近は常にエネルギーを欲しているんだ」
「それって魔獣が出た事と関係あるの?」
「恐らく」

魔獣の進行を止める為に泉に力を注ぎ続けなければならず、それによって色々と消費が激しいらしい。
力の補充に食事がちょうど良いんだとか。

「食べて補充されるなら良いんだけど、それ以外にも方法ってないの?」
「もちろん、ある」
「どんな方法?」
「人間から貰うのだ」
「どうやって?」
「簡単だ、触れるだけで良い」

こうやって、という風にたまが俺の髪に触れる。
撫でるように梳き、匂いを確かめるように顔が近付いたのに気付きびくりと肩が跳ねる。

(心臓に悪い!)

最近たまのスキンシップが度合いが増している気がする。
この前の厨房での出来事を始め、髪に触れたり肩を抱いたり手を繋がれたり。
この世界に来た直後は全くそんな事もなく、普通の距離感だったはずだ。
それが何日も一緒にいるうちにどんどんどんどん触れられる回数が増えている。
猫の姿でいる時は俺の膝の上でくつろぐ事も多い。
それはそれで可愛いから良いんだけど、人の姿になった時にも変わらずくっつかれると戸惑ってしまう。

魔法具に付けた魔法石の事といいテントの事といい、たまは一体何を考えているんだろう。
そんなにご飯が美味しかったのか?
ご飯欲しいから甘えてるのか?
俺に構う利点といえばそれくらいだもんなあ。
そうかそうか、なるほどご飯か。
嬉しいけどその為にこうしてスキンシップ激しくする必要なんてないのに。
普通に美味しいって言ってくれればそれだけでやる気が出るのになあ。
なんて考えていると。

「やはりお主の魔力は心地良いな」
「え?」

しみじみと告げられたセリフに首を傾げる。
魔力なんてこの世界に来たから与えられたものだから全く実感がない。
心地良いとか悪いとかあるんだろうか。

「異世界から連れてきたからだろうか」
「それなら太陽もなんじゃない?」
「あれの魔力も強いが、心地良いのはお主の方だ。こういうのを癒されると言うんだろうな」
「癒し……」

もしかしてたまのスキンシップが多いのってご飯じゃなくて魔力目当てだったのか?
良いんだけどさ、それでたまが癒されるなら。

たまが守っている泉が破壊されればこの国は終わる。
泉を守る為にはたまの力が不可欠なんだから、ご飯食べたり触られたりでそれが補えるのなら安いものだ。
きっとそれをウェイン王子も知っているのだろう。

(なるほど、だから同じテントなのか)

何でだろうなと思っていたのだがこれで納得だ。
太陽の料理番であると同時にたまの力を補給する役割を知らずに担っていたようだ。
テントの件も含め先に言ってくれそういう事は。

「ところでまだ出来ないのか?」
「ん?ああ、もう出来るよ。待って、肉焼くから」
「良い匂いだな」
「そうなんだよこれがご飯に合うんだよなあ、今回はお粥だけど」

香ばしい醤油の匂いが辺りに漂い始める。
匂いが漏れないように結界を張っているので他の人達には気付かれないはずだ。
……と、思っていたのに。

「朝日ずるいぞ、たまにだけ夜食なんて」
「太陽!?」

突然太陽が背後から音もなく現れた。
怖いんだけど!

「な、何でここに!?」
「朝日がご飯作る予感がしたから来てみた」
「何その予感」
「結界張ってた?うわあ、中入ったらめっちゃ良い匂い!」
「太陽もお腹空いたの?」
「うん、ちょっとだけ」
「……ほんとどうなってんの胃袋」

たまはさておき、太陽こっちに来てから食欲増してる気がする。
これも魔法を使うようになったからだろうか。
今日は魔獣も倒したし、普段はウェイン王子との訓練で体力も魔力も消耗しているからそのせいもあるんだろう。
たまが食事で回復するんだったら太陽も同じでもおかしくない。

「てか何でたまは朝日の頭ずっと触ってんの?」
「え?あ……」

そういえばそのままだったと今更気付いた。
あまりにも自然に触ってくるものだから全く気にしていなかった。

「何か問題でもあるか?」
「別にないけど……」
「その割には何か言いたそうだが?」
「……言いたい事は色々あるけどとりあえず飲み込んでおく」
「今言っても構わんぞ?」
「いや、今言うのは何となく嫌な予感がするから黙っとく」
「そうか」
「?」

二人のセリフにまたも首を傾げる。
バチバチと火花が散っていたような気がするのは気のせいだろうか。
気のせいだろうな。
たまと太陽が火花散らす理由なんてないし。

「よし、はい出来たよ」
「うまそー!」
「……おい、これは我の為のものだぞ」
「いっぱいあるんだからちょっとくらい良いじゃん」
「はいはい二人分あるから喧嘩しない」

じとりと太陽を睨むたまとイーッと歯をむき出しにする太陽。
子供の喧嘩のような言い争いが始まりそうな予感がしたのでその前にさっさとよそったお粥を二人に差し出す。

それにしても太陽をこんな風に扱う人初めて見た。
人じゃないけど。
太陽は見た目がこんなんだから太陽を嫌う人なんていなくて、前述の通りにかなりやっかいな人達に好かれる事がほとんどだった。
口も態度も悪い時はあったけれどそれすらも可愛いと言われる始末。
太陽の親や俺とかはばんばん言いたい事言ってたけど、周りはほとんど太陽に好意的な人達ばかりだった。
だからたまの反応が新鮮。
たまと話していると太陽も楽しそうだし、良い事である。
ああ、もう一人太陽を特別扱いしない人がいた。
ウェイン王子である。
最初こそ気遣ってへりくだってはいたが、あの訓練が始まってからは気遣いなど皆無。
見事なスパルタぶりだが、厳しいけど楽しいと晴れ晴れとした笑みを浮かべるようになったのはつい最近の事だ。

「はああ、うまー温まるー」
「うむ、とろとろしていて美味いな。この肉も美味いな」

二人とも一口食べた瞬間にほっこりとした表情を浮かべるのが面白い。
俺の作ったご飯でこうなるのだと思うとやはり嬉しい。

「さっぱりしてるお粥に甘辛しょっぱいの最高!あー漬物欲しい!」
「漬物欲しいよね、旅の間に漬けちゃおうかなあ」
「俺あれ食いたい、きゅうりの浅漬け」
「良いねー、そういえばカレーにも福神漬け入れたかったんだよね本当は」
「次の時に期待してる」
「うん、任せといて」

色んな野菜を漬けてみるか。
でも福神漬けってどうやって作るんだろ。
いつもスーパーで買ってたからなあ。
とりあえず大根とレンコンあれば良いかな。
そういえば茄子も入ってるんだっけ?
ああ、いぶりがっこも欲しいなあ。
あれめちゃくちゃカレーに合うんだよね。
燻さないと出来ないけど……うん、何とかなりそうな気がする。
だって魔法が使えるんだから!
となると漬物に限らず色んな料理作れそうだよなあ。
うはっ、楽しみ!

「……こやつは何をニヤニヤしているのだ?」
「多分料理の事考えてんだよ。レシピとか考えてる時いっつもあんな感じ」
「……なるほど」
「んんーもう一杯おかわりしよ」
「お主食べすぎだぞ」
「まだあるから大丈夫だって」
「我の取り分が減る」
「ケチくせえ精霊だなあ」
「何だと?」
「何だよ」

これから何を作ろうかとうっとりしている間にお粥は食べ尽くされていて、空っぽの鍋とお腹をさすり大満足な太陽、ついでとばかり俺にもたれかかって休むたまの姿があった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

366日の奇跡

夏目とろ
BL
「ごめんな。お前は全校生徒からの投票で会計に決まったのにな」 「……っっ」 私立柴咲学園高等部の生徒会長は、前年度の会長の任命で決まる。その他の役員は総選挙で決まるのだが、他のメンバーはそれを快く思ってなくて……。 ※本編には出て来ませんが、主人公が会長に就任した年が閏年(365日より1日多い)と言う裏設定で、このタイトル(366日の奇跡)になりました。奇しくも今年度(2019年)がそうですよね。連載開始が4年前だから、開始時もそうだったかな。 閉鎖(施錠保存)した同名サイト『366日の奇跡』で2015年5月末に連載を開始した作品(全95頁)で、95ページまでは転載して96ページから改めて連載中(BLove、エブリスタ等でも) お問い合わせや更新状況はアトリエブログやツイッターにて (@ToroNatsume)

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

処理中です...