勇者の料理番

うりぼう

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トンカツ

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「さーて、俺も新しいの使ってみよ!」

太陽達を見るのを切りの良い所で終え、そのまま厨房へと向かい腕をまくる。
取り出したお玉に周りが目を丸くしている。

「それが魔法具なのか?」
「そうですよ?」
「お玉?何でお玉?」
「便利じゃないですか」
「便利だけど、それ使うの?料理に?」
「使うからお玉にしたんです」
「……魔法具を実用的に使う人初めて見た」

やはり魔法具をこうして使うのは珍しいらしい。
でも普通にペンの形とか時計の形の物とかもあるんだから使わない方がもったいない気がする。
それにこれは普通に洗える素材で作ってもらったんだから余計に使わなければ。
とはいえお玉の出番は汁ものを作る時くらいだけど。

「今日は何作るの?」
「今日は……」

何にしよう。
全然考えてなかった。

「この前のチクゼンニ?だっけ?あれも美味しかったなあ」
「サーモンときのこを味噌で焼いたのも美味かったな」
「僕はさつまいものミソ汁が美味しかったなあ」
「我は何でも良いぞ」
「たまは何でも美味しいっていうからなあ」

ありがたいけど何の参考にもならない。
筑前煮とちゃんちゃん焼きと味噌汁か。
どれもこの前作ったばかりだから他のものが良いなあ。

太陽達の訓練を見たらがっつり肉が食べたくなったんだよなあ。
肉、肉か。
ハンバーグはこの前食べたし唐揚げもやった。
焼肉をするには肉が足りないし場所もないしステーキなんかも以ての外。
となると……

「そうだ、トンカツ!」
「「「トンカツ?」」」

叫んだ瞬間三人が首を傾げる。

「トンカツって何?どういうやつ?」
「豚肉を揚げるんです」
「豚肉を、揚げる?」
「素揚げって事か?」
「えーっと、カツレツみたいなやつです」

隣の国の料理に確かカツレツはあったはず。
それを例に出すとみんなが納得した。
早速豚肉の塊を持ってきて厚切りにする。
薄切り肉を重ねたミルフィーユカツも好きだけど、厚切りのも好きなんだよね。
そして厚切りにしたその肉を……

「え、え、え、待って待ってフォークで何するの?」
「持ち方怖いんだけど!」
「ちょ、待っ、え!?」
「とーう!」
「「「!!!」」」

驚く周囲はひとまず置いておいて、フォークを肉めがけて何度も何度も突き刺した。
あーこの作業めっちゃ好き。
ストレス発散に最適だよな。
今のところストレスなんてそんなにないけど。

ダンダンダンダンと激しい音が鳴るが気にせずガンガン突き刺していく。
人数分全てに同じようにフォークを刺し、そこへ塩コショウ。
どうせソースかけるからしなくても良いんだけど、した方が好きなんだよね。
あとは小麦粉、卵、パン粉をつけて揚げるだけ。
これは太陽達が来てからにしよう。
多目に揚げて明日はカツサンドだな。

よーし待ってる間にキャベツ刻んでレタスを刻む。
キャベツだけでも良いんだけど、レタスを混ぜると何となくみずみずしさが増す気がする。

味噌汁は何にしようか。
具だくさんの味噌汁にしたいなあ。
大根と白菜、ネギに茄子、にんじんも入れちゃうか。
太陽はにんじん嫌いだからな。
ムリにでも食べさせないと。
具を切って水を入れた鍋に突っ込み煮ていく。
その間に副菜の準備をして、と。

さーて、火が通った所でやっとこいつの出番だ!

「ふっふっふ、さーてちゃんと使えるかなー」
「使えるに決まってるだろう」
「使ってみないとわかんないじゃん」
「使える」
「はいはい」

黙って見ていたたまが口を挟んでくる。
使える事は使えるだろうけど調節がうまくいくかどうかが問題だ。

「うわ、本当に入れた……!」
「ええ、本当に大丈夫なのかあれ?」
「かき混ぜてる……!」

そりゃかき混ぜるよ。
味噌汁作ってるんだから。
かき混ぜながら魔法をかける。
まずは出汁。

(出汁ー出汁ーかつお出汁ー)

お玉からうっすらと顆粒が浮かんでくる。
顆粒出汁を思い浮かべていたから顆粒なんだろうか。
ぐるぐるとかきまわすと出汁の匂いがしてきた。
ほんの少しだけ味を確かめてみたが……うん、美味しい。
ふんわりとだがちゃんと出汁の味がする。

(次は味噌だな。味噌ー味噌ー)

おお、出てきた。
お玉から出てくるから次々溶けて良い感じに混ざっている。
やっぱり便利だなお玉!
他の魔法具にしてお玉に魔法を注げば良いだけではという突っ込みは受け付けない。
だんだんと色が濃くなってきて良い匂いが漂ってきた。

「うーん美味しそう」
「……本当に出来た」
「原理はわかるけどマジか」
「朝日って色々面白い事考えるよね」

日本食を作ったりだとかお玉を魔法具にしたりだとかだろうか。
面白いっていうけど今まで誰もそれをしてこなかったのが俺としては不思議なんだけど。

「うん、味もばっちり!」
「使えたではないか」
「おわっ、また急に人の姿になる……!」

ひょいと肩から鍋を覗かれびくりと震える。
本当に心臓に悪いったらない。

「って、髪!危ない!」
「ん?」
「ん?じゃないよもう、鍋に入ったらどうするんだよ」

さらりと流れるたまの髪の毛をとっさに押さえる。
うわ、手触りが凄い良い。
指からするすると抜けていくしシルクみたい。
そしてめちゃくちゃ良い匂いがする。

「何これめちゃくちゃ気持ち良い」
「そうか?」
「そうだよ!でも料理の時は邪魔だからちゃんと纏めて」
「?纏め方がわからん」
「え、マジで?魔法で何とかなんない?こう、みつあみとか一つに縛ったりとか」
「みつあみ?」
「出来ないなら離れて離れて。それか猫に戻って」
「猫は我の仮の姿だ」
「じゃあ離れて」
「……」
「不満そうな顔しないでよ」

少し離れるだけなのに何でむっとしてるんだ。
まあ良い、料理の続きしよう。
味噌汁は出来たから火を止めて、次は副菜を仕上げちゃおう。
といってもほとんどやることはない。
トマトとエビとアボカドを混ぜてマヨネーズで味付けするだけ。
マヨネーズは卵と油があったので自作した。
かなり根気のいる作業なはずなのに魔法だとすぐ出来るからほんと魔法様様だ。

ついでにソースも作っちゃおう。
トンカツといえばソースだよね。
良くお店に行って食べるとゴマが入るんだけど、あれも好きなんだよなあ。
よし、ゴマも入れちゃおう。
味噌汁に使っていたお玉を一旦引き上げ洗い、別の深めのお皿にゴマをすりつぶしながら入れて再び魔法の出番。
ソースの味を思い浮かべながらゆっくりゆっくりとお皿の上で回していると……

「おお、出来た出来た」

お玉の下の方から濃茶のどろっとした液体が出てきた。
茶というよりも黒に近いけど。
試しに舐めてみると完全にソースだ。

「うん、ばっちり!」
「それも美味しいのか?」
「トンカツにかけて食べると最高だよ。トンカツに限らず、揚げ物に合うけどね」
「食べたい」
「え」

ぱかりと口を開けるたま。
え、何、食わせろって?
もしかして前の味噌の時みたいに指で掬って舐めさせろって言うんじゃないよな?

「?食べさせてくれぬのか?」
「え!?いや、ええ……」

まさかのそのつもりだったらしい。
いやいやいやあれは猫の姿だから出来たんであって今の人間の姿の時にそんな事は出来ませんから!

「ほれ、早く」
「い、いや、早くって……!」

早く早くと促すたま。
何なの!?
手も足も自由に動かせるんだから自分で食べれるでしょ!?

「じ、自分で……」
「嫌だ。早く」
「……しょうがないなあ」

指はさすがに無理なので小さなスプーンでソースをほんの少しだけ掬って差し出した。
だから何なのその不満そうな顔。

「美味しくない?」
「美味しいが、しょっぱい」
「そりゃそうだ」

そのままそれだけでで食べるようなものじゃないからな。

「って、ああもうほらほら、だから髪の毛危ないって」
「お主が纏めれば良いだけだろう」
「俺がやるの?」
「お主しかおらん」
「ええ、めんど……猫になればいいのに」
「だからあれは仮の姿だと言っているだろう」
「はいはいわかった。じゃああっちに座って」
「ん」

向こうにある椅子を指す。
作業しているところに近い場所で髪の毛弄るのは何となく嫌だからな。

「うわ……」

素直に座ったたまを見て思わず声が漏れる。

すごい、足が長すぎて向こうに投げ出されている。
羨ましいその足の長さ。
たまに比べたら……ていうかこの国の人達に比べたら俺なんてちんちくりんだろうなあ。
太陽も同じくらいの身長だけど俺よりは少し高いし、足の長さも当然太陽の方が長い。

く……っ、悲しくなんかないから!ないったら!

「早くせぬか」
「わかってるって、急かさないでよ」

三つ編みなら妹にしていたので出来る。
果たしてこのさらさらすぎる髪が纏まるかどうかは別として。

「あ!ちょっと動かないでよ」
「お主が引っ張ったんだろう?」
「だってぎゅってしないとこの髪全然纏まんないんだもん」
「我のせいではない」
「くっそーこのキューティクルめええ天使の輪が凄すぎる……!」
「我は精霊だ」
「知ってる」

たまの髪の毛と必死に格闘している傍らで。

「……なあ、何だろう、俺すっげえいけないものを見てる気分」
「俺も」
「僕も、何だろう、あの雰囲気ってそういう事なの?僕の気のせい?」
「いや多分気のせいじゃない、現実だ」
「うわあ、現実か。え?いいの?あれっていいの?」
「お互いが良いなら良いんじゃない?」
「多分朝日絶対わかってねえな」
「確実にね」
「うーん……でも余計な事して精霊様のお怒りは買いたくないから気付かないフリしとこ」
「「賛成」」

周りのスタッフ達がそんな事を言い合っていたらしいのだが、俺は全然気付いていなかった。

そしてそれから数日後。
俺達はついに魔獣討伐へと出発する事になった。
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