勇者の料理番

うりぼう

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ハンバーグと魔獣討伐

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「疲れた腹減った朝日、飯ー!」
「どこの亭主関白だよ」

訓練が終わるなり厨房にやってきて言う太陽。

「今日の晩飯何?」
「ハンバーグ」
「やったー!目玉焼きは?チーズは?」
「チーズはいつも通り中に入ってるし目玉焼きも今焼いてるとこ」
「半熟?」
「当然」
「……って、あれ?この匂い……」

ハンバーグにテンションが上がっていた太陽がやっとこの匂いに気が付いた。

「気付いた?じゃーん!」
「え!?マジで!?味噌汁!?」
「そうそう味噌汁!」
「何で!?味噌はどっから出したんだよ!?」
「魔法で」
「魔法で?」
「たまがやってみろっていうからさ、やってみたら本当に味噌出てきたんだよ」
「うわ、マジかすげえ。もう何でもありだな」
「俺もそう思う」

けど美味しいご飯が食べられるのなら何でもありで喜ぶべきだ。

それにしても太陽、今日もボロボロだな。
そろそろ魔獣討伐に出発しないといけないから訓練もかなり厳しいものになっているらしい。
ある程度の怪我ならば魔法でちょいちょいと治せるらしいが、やはり心配といえば心配だ。
とはいえ、俺が太陽のために出来る事といえば食事を作る事くらい。

「ほら太陽、移動するよ。手洗った?」
「洗った」
「はい、じゃあ持ってって」

準備万端整った夕飯の一部を持っていってもらおうと頼む。
疲れていても使えるもんは使います。

「えー訓練終わったばっかりなのにー」
「俺一人じゃ持てないんだから仕方ないじゃん」
「へーへーわかりましたよー」
「お待ち下さい!運ぶのは私達が……!」

太陽に持っていってもらおうと思ったのだが侍女さんに止められてしまった。
この城には当然だが侍女さんがたくさんいて、俺も太陽も何人かつけてもらっていた。
自分の事は自分で、という生活が身についているからほとんどしてもらう事はないんだけど、侍女さん達的には何か仕事を下さい、という状態だったようだ。
我先にとトレーに手を伸ばされ、俺が運ぶ予定の分まで持って行かれてしまった。
重いから良いのに……

「彼女達の仕事でもあるから、遠慮せずに任せておいて大丈夫だよ」
「ウェイン王子」

俺の気持ちが筒抜けだったのか、太陽に遅れてやってきたウェイン王子ににこやかにそう告げられる。
相変わらずぽややんとした雰囲気を醸し出している。
この王子に仕える人達は気が楽だろうなあ。
いや、あの訓練の様子を見ていると楽とも言えないのか?
むしろ笑顔でいるからこそ怖いという気もする。

「ところで、精霊様はまた朝日と一緒にいたんだね」

こそこそとたまに聞こえないように耳打ちをされる。
聞かれて困る内容でもないと思うのだが、たまに気を使いまくっているこの国の人らしいといえばらしい。

「何も問題はなかった?」
「多分大丈夫だと思います。あ、味噌が出せるって教えてもらいました」
「ミソ?ああ、もしかしてさっきの良い匂いのするスープ?」
「そうです、その材料です。俺達の故郷の食材なんですよ」
「へえ、俺も食べてみたいなあ」
「どうぞ、王子の分も用意してありますから」
「いつもありがとう」
「いいえ、お世話になってますから」

太陽専用ご飯を作るようになってから、俺の作る和食風のご飯が珍しいのかウェイン王子にもこうやって食べさせる事が増えたので今更一人増えたところで問題ない。
それを見越して多目に作ってるからな。
余ってしまったら翌日自分で食べれば良いだけの話だ。

「ところで王子、例の話なんですが」
「ああ、魔獣討伐の件だね」
「はい、今日辺り太陽に話そうと思うんです」
「うん、良いんじゃない?もうメンバーには入ってるけど、一応言っておいた方が良いもんね」
「太陽のやつ、まだ俺を置いてくとか言ってますか?」
「朝日が寝てる間にこっそり出発する算段までしてたよ」
「ちっ、太陽め」

どうしても俺を安全なところに置いていきたいらしい太陽。
けれど俺が諦めるはずがないともわかっている。
着の身着のままでも強引についていくという事もわかっているのだろう。
だからこそ、こっそりなんて言葉が出てくるんだ。
だがしかし、俺はこっそりなんてついていかない。
堂々とついていく。
そのための今日のハンバーグだ。
大好物で釣りつつ重要な話をする。
話の持っていき方にも作戦があるけど、これは心配いらないと思う。

ウェイン王子には予め許可は取ってある。
いくら俺が行きたいと駄々をこねても今回の討伐の責任者であるウェイン王子に却下されては意味がない。
危険なのは重々承知の上なので、勇者の太陽と一緒に来た人間とはいえやはり反対されるかとも思ったが、ウェイン王子は快く頷いてくれた。
というのも、やはり食というのはそれだけ大事なのだろう。
この国に来たばかりの頃、太陽の食欲ががくっと落ちたからなあ。
酸っぱい辛いの食べ物ばかりで食べたいものがなかったからという太陽のただのわがままで。
肝心の勇者がお腹空いて動けないなんてお話にならないもんな。

「じゃあ食事しながらずばっと切り出しますね!」
「怒りそうだなあ太陽」
「怒ったら手綱引いて下さいね」
「太陽の手綱は朝日じゃないと引けないよ」
「いえいえ、最近はウェイン王子もちゃんと引けてますから」
「そう?ははっ、何だか嬉しいなあ」

あのスパルタ指導のおかげだろう。
程々にして欲しい気もするが、太陽自身、自分が強くなる事に喜びを感じているから何とも言えない。

「まだ行かぬのか?我も腹が減ったぞ」
「!精霊様、申し訳ありません、すぐに向かいましょう」
「さっきつまみ食いしたくせに」
「あれはあれ、これはこれだ」
「食いしん坊だなあ」
「お主の食事が美味いのが悪い」
「はいはい、ありがとう」

俺とたまのやりとりにウェイン王子達周りがはらはらしているのも見慣れてきた。
気を付けないとと思うんだけど、この姿のたまだとどうにも気を付けられない。

俺と太陽のために用意された部屋に入ると、既に太陽は自分の席でスタンバイしていた。
食事もキレイに並べられている。
ハンバーグをメインにいつもはポテトサラダを作るんだけど今回はマッシュポテトを添え、ニンジンとブロッコリーを茹でたものも添えている。
あとはサラダと、ご飯と味噌汁。
本当はここにツナ缶と白菜を混ぜた副菜とかがあればいいんだけど、ツナ缶なんてない。
残念だけどツナ缶は諦めて白菜をくたくたに煮たやつを副菜として出してある。

「うまそー!早く食べようぜ!」
「うん、食べよう」
「「いただきます!」」

手を合わせ食べ始める。
そういえば、いただきます、という言葉を最初に言った時はウェイン王子達かなり驚いていたなあ。
祈りを捧げる事はあっても、いただきますを言う習慣はないらしい。
文化の違いだろうなあ。
文化どころか世界が違うんだけど。

「うまい!やっぱ朝日のハンバーグ最高!」
「うん、肉がジューシーで美味しいね」
「ありがとうございます」

美味しそうに食べる姿に顔が緩む。
ご飯を食べる時だけは人型に戻るたまももぐもぐと食べ進めている。

「……美味しい?」
「美味いぞ」
「それは良かった」

いつ見ても人型のたまは緊張する。
早く食べ終わって猫の姿に戻ってくれればいいのに。
無駄に美形なんだもんなあ。

って言ったらこの場にいる人、俺以外全員美形なんだけどさ。
侍女さんも侍従さんも、美形しか雇われないの?ってくらいの美男美女揃いなのである。
肩身の狭さといったら半端なものではない。
まあ良い、今は違う話だ。

「ところで太陽、魔獣討伐の件なんだけど」
「絶対連れて行かねえからな」
「まだ何も言ってないけど」
「ついてくるって言うんだろ?」
「うん」
「ダメ」
「……わかった」

頑なにダメという太陽に一回は頷く。
ダメと言われるのは最初からわかっている。

「珍しいじゃん、素直に頷くなんて」
「俺だってたまには素直になるんだよ」
「へえ?じゃあ大人しく留守番してるんだな?」
「留守番でも良いんだけど……でも太陽はそれでいいの?」
「?どういう意味だよ」
「だってさ、討伐に一体何日かかると思う?何日どころか何十日、何か月もかかるかもしれないんだよ?」
「だからそれが……」
「その間、誰がご飯の準備すると思う?」
「!」

太陽自身、気付いてはいたけど気付かないフリをしていた問題をずばり指摘する。

「俺以外の人が作るご飯、毎日三食ちゃんと残さず食べられる?」
「そ、それは……!」
「討伐隊についていく予定の料理人の人、ゴンチャロフさんなんだって」
「な、ま、マジで……!?」

ゴンチャロフさんとは、城のお抱え料理人の一人。
この国の伝統料理が大好きで、料理の腕前はもちろん一級品なのだが、太陽の苦手なものばかりをこれでもかと作る人なのだ。
美味しいけれど太陽にとっては食べられない料理が毎日三食何日も出される事は間違いない。
そしていかつい見た目とごつい身体、騎士団も真っ青な魔法や剣術の腕前に反してゴンチャロフさんの中身は乙女なのだ。
食べなかった日には目に涙を浮かべ太陽に突撃する事間違いなし。

『どうしてワタシのご飯が食べられないの勇者様あああああどうしてなの!?ワタシのご飯の何がいけないっていうの!?』

そう言って縋り付いてくるのが目に見えるようだ。
太陽もそれを想像してふるりと震える自分の身体を抑えている。

いや、良い人なんだよ、ゴンチャロフさん。
良い人だけど太陽とは食の好みがどうにも合わないんだ。

「作り方教えても良いんだけど、俺なんかがゴンチャロフさんに料理教えるのも恐れ多いし……太陽、討伐に行ってる間全然ご飯食べれないかもね」
「……っ」

しめしめ、太陽め、焦り始めたな。

「せっかく味噌も手に入ったし、醤油も出せるだろうし、そうなると色々作れるようになるのになあ」
「い、色々?」
「生姜焼きでしょ、肉じゃがでしょ、照り焼きでしょ、炊き込みご飯も作れるし、そうそうきんぴらも食べたいよねえ」
「生姜焼き、肉じゃが、照り焼き……!」
「あとは出汁も出せたから出汁巻き卵も作れそうなんだけど、そっかあ、太陽は食べれないのかあ」
「……っ、っ」
「残念だけどしょうがないよね、俺は留守番なんだもん」
「お前、わざとだろ」
「ん?何が?俺ちゃんと留守番してるよ?」

ぎろりと睨まれるが知らないフリをする。

「嘘吐けー!!絶対、絶対確信犯!」
「何の事?」
「むかつく……!」
「だから何が?」

くっそー!と悔しそうな太陽ににこにことした笑みを崩さず首を傾げる。
ふっふっふ、太陽の弱点なんてお見通しさ!
こうやって言えば太陽のことだから絶対連れて行くって言うはず。

「わかった!朝日も来ればいいじゃん!」
「良いの?」

ほら、やっぱり。

「最初からそのつもりなくせに」
「えー?俺はちゃんと留守番するつもりだったよ?」
「嘘吐け」

嘘です。
留守番する気なんてさらさらなかった。

「けど、本当に危ないんだからな?」
「大丈夫だって、俺だってちゃんと結界魔法覚えたんだから」
今のところ料理にしか魔法を発揮出来ていないが、ちゃんと身を守る術はあるのだ。
「……絶対、怪我だけはするなよ」
「うん、わかってる」

太陽がこんなにも心配する気持ちもわかる。
けど、俺だって太陽が心配なんだ。
大事な幼馴染を危険な場所においそれと送る訳にはいかない。

太陽は俺に怪我をするなっていうけど俺だって言いたい。
でもお互いの役割が違うから簡単に怪我をするななんて言えない。
見守る事くらいしか出来ないんだから、せめて近くにいさせて欲しい。

「いっぱい美味しいもの作るから、太陽も頑張れよ!」
「おう」

無事に太陽についていける許可を貰え、俺はにっこりと笑みを浮かべた。

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