婚約者の恋

うりぼう

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ユーンの腕の中で暫く放心した後、気付けば辺りは真っ暗で慌てて寮に帰った。

「こんな時間まで何をしていたんだ!?」
「ごめん、ちょっと……」
「……」

寮の玄関で待っていたダリアに開口一番怒鳴られたが、俺の顔を見てすぐに閉口した。

問い詰められたらどうしよう。
さっきあった事をそのまま伝えるなんて出来ない。
そう思ったが意外な事に何も聞かれなかった。

「とにかく食事にしよう。何も食べていないんだろう?」
「……うん」

促されるがまま食堂へと行き、あまり食欲もなかったけれどダリアも見ている手前なんとか胃袋に詰め込んだ。

何も聞かれずに済んでほっとしたのは翌日になってから。
それ以前に聞かれていたらきっと俺は更にキャパオーバーして理不尽な態度を取っていたかもしれないのでありがたかった。

(あー……)

あれから数日経ったが、アーシャとリュイさんからの接触はない。
竜舎には隙を見て二人がいないタイミングを見計らってユーンに会いに通ってはいるが、それだけで二人を同時に避けられるはずがないので向こうもこちらに会わないように気を遣ってくれているのだろう。
ちょいちょい視線は感じるが、姿を現す事もないし当然声をかけられる事もない。

(どうしよう)

結論自体は既に出ているのだ。
アーシャは友人だし、リュイさんは頼れる先輩。
それ以上でもそれ以下でもない。
それ以外の関係にはどうしてもなれない。
二人との事を想像して色々考えてみたけれど、考えれば考える程しっくりこなかった。
リュイさんを理想の婿候補だとか考えた事はあるけれど、何故しっくりこないんだろう。

「……はあ」

知らず溜め息が漏れるのももう何度目だろうか。
事ある毎にこうして溜め息を吐いてしまう。

人間関係のあれこれは先延ばしにすればする程こじれていくけれど、即座に返事をするのはそれはそれで失礼ではないだろうか。
いや早く言ってしまった方が良いのだろうか。
ダリアへの返事すら未だに保留中なのに、二人への返事はもう決まっていてそのタイミングを図っているのが我ながら薄情なような気もする。
特にリュイさんには凄くお世話になっているのに。

「……はああ」

また溜め息が漏れる。
するとそこへデレクとヒースがやってきた。

「なーに溜め息吐いてんの?」
「てかここ最近ずっとだよな?どうかしたのか?」

デレクが顔を覗き込んできてヒースがわしゃわしゃと無遠慮に髪を乱してくる。
されるがままになりながらまたも溜め息混じりに答える。

「……どうもしないけど」
「わかりやすい嘘吐くなよ」
「ないわけないよね?そんな思い詰めた顔しちゃって」

そうは言われても二人にも言えない。
誰々に告白されちゃったどうしよう!なんておいそれと周りに言えるはずがない。
だが二人は気になってはいるが無理に聞くつもりはないのだろう。
そういうところがこの二人と一緒にいて心地良いところのひとつだ。

「まあ何があったか知らねえけど、そういう時はやっぱアレだろ!」
「だな、アレしかないな」
「アレ???」

顔を見合わせニッと笑う二人。

「行こうぜ!」
「ゴーゴー!」
「え?え??」

両サイドからがっしりと腕を掴まれ連行されたのはいつもの鍛錬場。
そこから脳筋二人に、悩み事にはこれだと言わんばかりにこれでもかと鍛錬に付き合わされたのだった。









「つ、疲れた……」

壁に手を付きながらよろよろと部屋へと戻る。
デレクとヒースの地獄のしごきによって確かに一時的に悩みは吹っ飛んだが、いつも以上に頑張り過ぎたせいで全身ガクガクだ。

「エル!?どうしたんだ!?」
「……ダリア」

生まれたての子鹿状態の俺を見つけたダリアが驚き駆け寄ってくる。

「大丈夫か?」
「うん、ちょっと頑張り過ぎただけ」
「またあいつらか。全く、自分の限界をきちんと見極めろと言っているだろう。あいつらにまともに付き合っていたら身体がいくつあっても足りないぞ?」
「う……」

すぐにデレクとヒースの仕業だとわかったらしい。
それもそうか、こんなにがっつり鍛錬するのは俺の周りではあの二人くらいのものだからな。
あいつらにまともに付き合うのが自殺行為だとはわかってはいるけれど、見極めたところであの脳筋二人の『これで最後!ここさえ乗り切ればいける!!!』という最後の最後の追い込みがえげつなかったのだ。
自分でも頭を空っぽにしたかったからついつい限界以上に動いてしまったのは否めない。

「全く、しょうがないな」
「!」

苦笑いを浮かべながら手を伸ばすダリアにあっという間に抱き上げられてしまった。
抱き上げる、というよりも荷物を担ぐような体勢だが。
お姫様抱っこじゃないのは確実に俺に拒否されるからだろう。

「な、ななななな何!?」
「歩くのもままならないだろう?部屋まで送ってやる」
「いいよ!歩ける!」
「無理するな。あの二人に最後まで付き合ったんなら少しでも楽しないと明日動けなくなるぞ?」
「……」

反論の余地がない。
幸い部屋まではすぐそこだ。
廊下には誰もいない。
ならばほんの少しだけダリアに甘える事にしようと、俺は抵抗しようとしていた力を抜いた。

(そういえば、相変わらずダリアは何も言って来ないな)

あれからずっとダリアは静観している。
あの日竜舎で別れて帰ってきたら酷い顔になってたんだからそこで何かがあったかどうかは一目瞭然なのに聞いてこない。
俺が悩んでいるのには絶対に気付いているはずなのに何も言ってこない。
前までなら絶対にしつこく聞いてきたはずなのに。
なんなら言うまで寝かさないくらいの勢いで問い詰められているはずなのに。

(なんで何も聞いてこないんだろ)

っていやいや聞いて来ないなら良いじゃないか。
聞かれても困るだけだ。

(そうだよ、聞かれても困るんだから別に良いじゃん)

もやもやする自分に首を傾げる。
問い詰められなくて良いじゃないか。
そもそもどう伝えるつもりだ。
伝えられるはずもないのだからこれで良い。
これで良いはずなのに。

(変なの)

それでもやはりもやもやは消えない。

(……またデレクとヒースに付き合ってもらおうかな)

胸に巣食うもやもやを払拭すべく、既にボロボロだが明日もまた二人に付き合って貰おうかとバカなことを考えてしまった。

「ほら、着いたぞ」
「ありがと」

部屋の前まで着くとダリアはあっさりと俺を解放した。

「ゆっくり休むんだぞ」
「え?」
「?どうした?」
「あ、いや……」

てっきり部屋に入るのかと思った。
入らないなんて珍しい。
ほんの少し前までなら俺が断っても断っても部屋に押し入って隙あらば口説いてきていたのに。

「じゃあおやすみ」
「……うん」

ぽん、と子供にするように頭を撫でられ立ち去るダリア。

詳しく問い詰めて欲しい訳じゃない。
部屋に寄って欲しかった訳でもない。
何も言わず何もせず立ち去るのに不満などあるはずがない。
むしろ常々それを望んでいたのに、いざされると更にもやもやが増してしまった。

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