婚約者の恋

うりぼう

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やってしまった。
やってしまった。
俺とした事が、子供のように拗ねて嫌味な一言を放ってしまった。

『もう違うは聞き飽きたんだけど』

確かに聞き飽きてはいたが、あんな事言うつもりはなかったのに。

竜舎までの道のりを歩く内に冷静になった頭でそんな事を思う。
あれはまるで自分というものがありながら他の誰かといちゃついている場面を目撃した恋人にするような態度だった。
何をしてくれているんだと頭を抱えるが後の祭り。
俺の感情云々には気付いていなかっただろうが、ダリアは確かにその一言に怯んでいた。

傷付けてしまっただろうか。
あんなので傷付くようなタマではないとわかってはいるが気になってしまう。

(あーあ、あーあ、もう本当に俺のバカ)

あそこでするべき正解の態度は、全く気にしていませんよと笑ってやる事だ。
決して子供じみた嫌味を言う事ではない。

「はーあ……」

何度溜め息を漏らしても足りない。
先程の自分の態度を反省しつつ、ごつごつと竜舎の壁に額を打ちつけていると。

キュー!

「!」

俺が来た事に気付いたらしいユーンがこちらに飛んできた。

「ユーン!」

キューイ!!

両手を広げて飛んできたユーンを抱き締める。

もう以前の可愛らしいサイズとは違い、現在は特大の犬くらいの大きさ。
前よりも少し低くなった声。
それでも甘えん坊なのは相変わらずで、さすがに肩にも頭にも乗せられなくなってしまったがこちらに頭を擦り付けてくるのが堪らなく可愛い。
ついさっきまでの悩みなど一瞬吹き飛ぶ程の癒しである。

「はああああ癒される、ユーン最高、どっかの森よりも確実にマイナスイオン溢れてる」

キュイ、キュー?

小首を傾げ何かあったのかと聞いているような素振りをされたので答える。
もちろんユーンを抱き締める腕はそのままに、相変わらずひんやりとする肌をこれでもかと撫でまくっているのは言うまでもない。

「ん?何かあったのかって?うん、まあ色々とあるんだけどいまいち良くわかんなくてさあ」

キュー、キュー

続きを促すように更に目がぱちぱちと弾かれる。
ああ本当に可愛い。

いまいち良くわからないのは自分の気持ちだ。
ダリアの気持ちに応える気のない俺からすればダリアの婚約話はおめでたい話であるはずだ。
そう、おめでたいはずなのだ。
しかし俺に祝われたくないというのも重々わかっている。

新たな婚約者候補が決まって良かった。
ベアトリスなら安心だ。
これで俺はダリアからの猛攻をこれ以上受けずに済む。

そう思う反面。

何だよ新しい婚約者候補って。
俺が唯一みたいな事を言っていたくせに。
これからはもう、ダリアは俺を……

なんてガラにもなく切ない気分に陥ってしまうような事を考えてしまう始末。

(わっかんねえなあ、男に口説かれるなんてまっぴらごめんなはずだろ?)

そう、まっぴらなはずなのだ。
まっぴらなはずなのにまたも妙にもやもやするこの気持ちは一体何なんだ。

なんて、伊達に前世の記憶があり精神年齢だけは積み重ねている俺ではない。
この先を考えるのは危険だと、心の片隅で警報が鳴っている。
もやもやは気持ち悪いけれど、これはこのまま、もやもやしたままで置いておくべきだ。
これ以上は考えない方が良い。
だってそれを認めてしまったら、俺は……

キュー……

「あ、ごめんごめん、せっかく来たのに考え事ばっかりで!ユーンは元気だったか?って毎日会ってるけど!」

キューイ!

俺の表情に何かを言いたげではあるが、すぐに元気だと伝えるように大きく翼を広げるユーン。
可愛さがプライスレスすぎる。

「んんー!可愛いなユーン!!!」

キュー!キュー!

大きな体に改めて抱き付き頬擦りをしていると。

「エル、来てたんだ」
「リュイさん」

相変わらずの爽やかさでもってリュイさんがやってきた。

「来ちゃいました」
「ユーンが飛び出していったからそうじゃないかと思ったんだ」

ユーンは相変わらずエルが好きだねえ、とくすくす微笑みながら、俺に抱き締められされるがままになっているユーンの背を撫でる。
それに気持ちよさそうに、そして当然と言わんばかりにくるくる喉を鳴らすユーン、最高です可愛いです、俺も大好きだぞ。

「ところでエル、何かあったの?」
「え?」
「泣きそうな顔してる」
「……え?」

すっと目元を指で触れられる。
繊細なガラス細工に触れるように優しい仕草に一瞬縋りかけ、すぐさまそんな馬鹿な考えを消した。

あっぶねえ何考えてるんだ。
こんなおっさんに甘えられるなんてリュイさんも迷惑に決まってるじゃないか。
いやそもそもおっさんが甘えるって気持ち悪いな。

精神年齢だけはリュイさんよりも遥かに上だから、余計に年下に甘えるとなるといたたまれない。
あくまで現在がぴちぴちの16歳だとしてもだ。

(ていうかそんな顔してるのか、俺)

全く自覚はないのだが、リュイさんがそう言うのならそうなのだろう。
ぺたぺたと自分の顔を触り、誤魔化すようにこねくり回す。

「もしかして王子の婚約者の件?」
「!知ってるんですか?」
「王子の噂は光の速さだからね。といってもあくまで噂話だから細かいことはわからないんだけど」

ダリアと直接関係のないリュイさんの耳にまで入るのだからその噂の規模が窺える。

「俺で良かったら話聞こうか?」

ぽん、と優しく頭を撫でる手。
気持ちを全部吐き出してしまえば楽になるだろうかとも思うのだが、吐き出した先にある無自覚な想いに気付きたくなくて何も言えなかった。





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