婚約者の恋

うりぼう

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あ、しまった。
子供扱いしたみたいになってしまった。

「ごめん、つい」

さすがに王子様相手にやることじゃなかったと手を引っ込めようとするが、ダリアの行動の方が早かった。
引っ込めようとした手をがっちりと掴まれる。
相変わらず優しい力なのに何故か振り解けない力強さがある。

「もっとしてくれ」
「やだよ」

そうねだられるが、改めてするとなると妙な気恥しさがある。
ダリアは相変わらずどこにいても何をしていても注目を集めるから、今だってあちらこちらから視線が突き刺さっている。

「で、大丈夫だったのか?例の転校生は」
「その話題を口にさせないでくれ頼む」
「うわーお、こりゃ本格的に重症だな」
「ご愁傷様です王子」
「お前ら、他人事だと思って……」

転校生という単語を耳にした途端にダリアの美しい顔がぐしゃりと歪む。
その様子を見たデレクとヒースが、あちゃーと声をあげながら笑顔のまま肩を竦めている。
だって他人事だもーん、とでも思っていそうだ。
というか確実に思っている。

特定の人物を自動的に寄せ付けないようにする魔法でもあれば良いんだろうけど、他者に干渉する魔法は使えないしなあ。
ダリアと結ばれるのが当然と言わんばかりの態度を貫くアマリリス。
もしかして精神的におかしい人なのかなと思ったけれど、ダリアに接する態度以外はある程度普通だし授業態度も問題ない。
日常生活も学園生活も問題なく送れているようだ。

(まさか俺と同じように前世の記憶持ってたりして)

食堂『あさひ』の店主問題もあるからなあ。
他にも転生してきたり異世界トリップっていうの?それした人がいてもおかしくはないよな。
まああの髪色と瞳の色を見る限り少なくとも日本人ではないな。
染めてたりかつらだったりカラコン入れてたりしたらわからないけど、どうやら天然ものみたいだし。

(未来が見える力があるとか?)

いやいやそれこそそんな能力があったらのんびり学園に通って王子であるダリアにちょっかいを出している場合ではない。
未来を見る力はいつの世もどの国でも重宝されるようで、この国も例外ではない。
国で保護され然るべき教育を受け然るべき場所へと送られるはず。

(って俺が考えてもしょうがないよなあ)

アマリリスに絡まれてるのはダリアだし、ダリアは俺に彼女に関わって欲しくなさそうだし。
……ダリア自身も関わりたくないんだろうけど。

「まあ、早く落ち着くと良いな」
「エル……!」

こんな無難な一言にすら感動したように目を輝かせるんだから、これは本格的に疲れてるな。
本当に早く落ち着いてくれれば良いのに。

なんてそんな思いも虚しく、アマリリスの攻撃は日を追う毎に勢いを増していった。










「ダリアくん、明日は私がデートしてあげる!」
「遠慮する」
「遠慮なんてしなくて良いんだよー?私と出かけたいでしょ?」
「いいや、遠慮する」
「んもう、本当に素直じゃないんだからー」

とある休日の前日。
いつものようにやってきたアマリリスがダリアをデートに誘っていた。
断るのが早すぎる。

ぷくっと頬を膨らませる様はあざといけど可愛い。
しかし当のダリアは全く見向きもしていない。
というかこっちの方しか見ていない。
いやこっち見てないで、せめて断る時くらい向こうに顔向けてくれ。

苦笑いを浮かべてそんな事を考えていると、バチッとアマリリスと目が合った。

うわ、ちょっと気まずい。
ていうかこっち向くとは思わなかった。
じっと見られて、何だろうと軽く首を傾げると。

「アンタ、目障りなのよ」
「!」

すれ違い様、俺にだけ聞こえるような小さな小さな、いつもよりも少し低い声でそう囁かれた。

わーお、あれが本心か。
いつもの声と違いすぎて誰が言ってるのか一瞬わからなくなりそうだった。
なるほどなるほど、うんうんなんとなくわかってたけどやっぱりあれは計算か。
そりゃそうだよな、あんなかわい子ぶりっ子計算じゃなかったら驚きだ。

『ダリアくんのお友達なら私も仲良くしたーい』

なんてハートマーク飛ばしながら言っていたけどあれも嘘か。
うんうんそうだろうなと思ってたよ。

ま、別に良いか。
彼女に嫌われたからと言って俺の人生に何か影響がある訳ではない。
ダリアの傍にいる限り色々とちょっかいは出されるだろうが、所詮十代の女の子の攻撃だ、たかが知れてる。
ベアトリスの時と同様、子猫がじゃれついているとでも思えばどうって事ない。

それにしても今後どうするんだろうなあ。
ずっとあの調子でダリアに付き纏うつもりなのか?
すんごい鋼の心臓だよな。
普通の女の子だったらばっさりと拒否された時点で泣いて諦めそうなものだけど。
ってこの考えもしかしておっさん臭いか?
いや実際中身はおっさんなんだからおっさん臭くてもおかしくない。
でもそりゃそうか、昔の女の子達と違って今の子達は強いからなあ。
って、またまたおっさん臭い事を考えてしまった。

アマリリスがダリアを諦めてくれるのが一番だけど、果たしてそれがいつになる事やら。

(なんにせよ、さっさと終わると良いなあ)

溜め息を吐きつつのんきに構えていた俺は、後日アマリリスに呼び出される事となった。











「アンタ、いつまでダリアくんに付き纏うつもり?」
「へ?」

呼び出された人気のない庭の片隅。
開口一番言われたセリフにぽかんとする。

付き纏う?
誰が?
俺が?
ダリアに?

いやいやいやそれものすごい誤解ですけど。

言い返そうとするがその前にアマリリスが更に口を開く。

「すっごい邪魔、目障り、ダリアくんの傍から消えてよ!」
「って言われてもなあ」

それは俺が判断する事じゃない。
というか誰が誰の傍にいようが誰と仲良くしていようが他人には関係ないだろう。
それを押し付けるのは傲慢だ。
ああでも若い内はそういう考えの人が多いのかな。
この人は好きだから一緒にいても良い、この人は嫌いだから一緒にいちゃダメ。
自分の感情だけで人の周りを支配したいと考えてしまう人は確実に一定数いる。

「アンタが消えれば丸く収まるのよ!」

どう収まるっていうんだ全く。

「大体、とっくに婚約破棄されてるんじゃなかったの!?私の為に婚約破棄して、私だけの王子様になるはずなのに!」

妄想もそこまでいくと大概だなあ。
実際一瞬婚約破棄されたけど、それもアマリリスと出会う前だから『私の為』というのは勘違いにも程がある。

「さっさとダリアくんの前から消えてよ!」

だから俺が判断出来る事じゃないって。
同じ学園に通っていて且つ親の職場も同じなのにどうやって消えろと言うのか。
失踪しろとでも言うのだろうか。
そんな面倒な事を何故俺がわざわざこの子の為にしなければならないのか。

「私がダリアくんと婚約するの!私がダリアくんの運命の相手なの!」

何をどう言い返そうか考えている間にもアマリリスがヒートアップ。
憎しみの籠りまくった目で睨まれながら叫ばれるが、そのどれもがやはり俺個人ではどうしようもない事ばかり。

「そういう運命なんだから!決まってるんだから!本にそう書いてあったんだから!」
「……本?」

ヒートアップしたまま続けざまに叫ばれたセリフに反応する。
本に書いてあったってどういう事だ?

「この世界は私の為に作られた世界、私の為に、私が幸せになる為だけに書かれた本の世界の中なんだから!」

首を傾げている間に、アマリリスは更に訳のわからない事を言い始めた。




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