婚約者の恋

うりぼう

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「エル、昼は持ってきたか?」
「はいはい、持ってきましたよー」
「また戻っているぞ」
「敬語に慣れちゃってたんだからしょうがないでしょう?」

そう言いつつまたも敬語で返す。

昼というのは、先日の約束通りだ。
お礼として手作りのご飯が食べたいというので俺のと二人分、弁当を作ってきてある。
最近作るのも楽しくなってきたし慣れてきたから練習にはちょうど良い。
味に関してダリアがどう思っているのかはわからないけど。

「では中庭に行こう」
「え、あそこで食べんの?」
「ダメか?」
「目立ちそうだな、と」
「何が悪いんだ?」
「……何でもない」

ダリアに目立つ云々は関係ないのだと改めて実感する。
目立とうが目立つまいが好きな場所で好きな物を食べる。
それがダリアだ。

諦めて中庭に移動する。
中庭はかなりの広さがあり、芝生が敷き詰められていて驚く程ふかふかだ。
魔法で水はけも良くなっているので濡れる心配はないし、もちろん汚れる心配もない。

少し木陰になっている場所に陣取り、そこで弁当を広げる。

「美味しそうだな」
「そう?なら良かった」

ごくごく普通のご飯だと思うのだが、そう言ってもらえると相手が誰であろうと嬉しい。
手を合わせ、作った弁当を食べ始める。
レパートリーが少ないから丼弁当のようになってしまっているが、乗っけた肉のタレがご飯に絡んで美味しい。

「うん、美味しい」
「ちょっと味濃かったかも」
「そうか?ご飯と食べるとちょうどいいぞ?」
「ダリアの評価は甘いんだよ」
「きちんと言うべき時には言うぞ?」
「言った事なんてないくせに」
「エルが作るのは俺の口に合うものばかりだからな」
「だからそれが甘いんだって」

今まで作った中で『口に合わない』なんて言われた事ない。
何作ってもにこにこしてるし、自分で失敗したなと思っても文句のひとつも言わずに完食している。
甘やかされてる自覚があるだけにいたたまれなさが半端じゃない。

美味しそうに弁当を頬張るダリアの姿はとても一国の王子とは思えない程のんびりしている。
そんなダリアに周りの生徒達は頬を染めたり微笑ましく見守ったりしている。
大会中に健闘したからか、俺に対する厳しい視線ももうほとんどない。
以前からかなり減ってはいたものの、ここにきてゼロに近くなってきている。

ここの生徒達割と極端な気がするから、この先妙な行動起こさないと良いなあ。
ダリアの恋を応援し隊とかそんなものを発足しかねない。
ネーミングがダサい、古いなどのつっこみは受け付けない。

「明日は何を作るんだ?」
「明日は明日のお楽しみ」
「そうか、お楽しみか」

これだけのセリフで思いきり表情を緩めるダリア。
一瞬可愛いと思ってしまったじゃないか。
いや可愛くない。
可愛くないったら。
血迷うな俺。

自分の考えを振り払う為にぶんぶん頭を振る。

「どうしたんだ?」
「何でもない」

突然頭を振り出した俺にダリアが首を傾げるがごまかした。

そんな中。

「あー!ダリアくーん!」

甲高い声が耳に届いた。
可愛らしい女の子の声なのにどうにも耳に障る。
声のした方を見るとそこには可愛らしい女の子が立っていた。

(うわ、ピンク)

真っ先に目に入った色に驚く。
この世界、ど派手な髪の色も瞳の色も珍しくはないがここまで鮮やかなピンク色は珍しい。

それにしても『ダリアくん』?
ダリアにこんな知り合いがいただろうか。
こんなに目立つ子だったら覚えているはずだが……と考えてはたと気付く。

(あ、もしかしてこれが例の編入生か?)

朝から話題になっていて、且つダリアが関わりたくないと言っていた人物。

「こんな所にいたんだ?探してたんだよー?」

語尾にハートマークでもついてるんじゃないのかと思うくらい甘ったるい話し方。
少しだけ身体をくねらせ当人の了承もましてや一緒にいる俺の方になど一瞥もくれずに、編入生はダリアの隣へと腰かけた。
しかもぴったりと身体がくっつくんじゃないかというくらい間近に。

(うわ、すっげ)

一瞬でわかる。
明らかにこの編入生はダリアを狙っている。
恐らく今朝の一時しか会っていないはずなのにもう心を奪ってしまうとは、やるなダリア。
いや、確実にこの学園一番の有望株を当てた彼女が凄いのだろうか。
王子を選ぶとはお目が高い。

「悪いが離れてくれ」

隣に座る彼女にダリアは眉を寄せ、離れてくれと言いながら自ら即座に距離を取る。
それでもじりじり近付くもんだから、段々と俺との距離の方が近くなってしまった。

「隣に座っただけだよー?良いじゃん、私ダリアくんしかこの学園に知り合いがいないんだから」
「知り合いではない」
「朝知り合ったでしょ?」
「学園長に案内を頼まれただけだ。それだけで知り合いとされては困る」
「えー?どうして?名乗り合ったんだからもう知り合いだよ」

ダリアがここまで全力で拒否するのも珍しいが、編入生の物怖じせずぐいぐい来る感じも凄い。
思わず感心してしまって呆然と見つめていると、嫌そうに顔をしかめていたダリアがはっとしてこちらに向き直った。

「エル、違うからな!」
「何が?」
「この女とは何の関係もない」
「そんなの見ればわかるって」

両肩を掴まれそう訴えられるが何をそんなに焦っているのだろうか。
どう見ても彼女が考えもなしにくっついてきてるのは明らかだし、ダリアが迷惑そうなのも明らかだ。
何をどう誤解しろと言うのか。

もしかして朝の一件でお互いに一目惚れをしたのかと思うとでも思っていたのだろうか。
いくら恋愛経験がないからと言っても人生経験だけはあるのだからそんな勘違いはしない。

さらりと返す俺にダリアはほっとしたようだ。
それに反して彼女の方はというと、ダリアに向けるのとは違うじとりとした視線を寄越している。

「ダリアくん、だーれ?この人」
「離せ」

ぎゅっと腕に絡みつきながら俺が誰かと問う編入生。
もちろんその腕は即座に離されている。

「こいつが誰であろうと君には関係ない」
「どうして?ダリアくんのお友達なら私も仲良くしたいなあ」

とても『仲良くしたい』という表情ではないような気がする。
ダリアに向けるものとこちらに向ける視線の差が激しすぎる。

そもそも俺とダリアは『友達』なのだろうか。
一緒にいる頻度を考えるとそう言えるのかもしれないが、元婚約者という立場を考えるとどうにもそうとは言いにくい。
現在不本意ながら口説かれている真っ最中だし。

悩んでいると、遠巻きに見ていた周りが編入生の態度を見るに見かね、直接ではないがそこそこな声の大きさで声を上げ始めた。

「何なのあの子」
「ダリア様になんて態度……!」
「隣に座るの腕を取るのも失礼だわ!」
「おまけにあの口の利き方……!」

あーあーあー全く陰口になっていない陰口が凄い。
今朝編入してきたばかりなのにもう敵を作ってしまっている。
俺の時よりも大人しめな気はするが、たった半日でここまで敵視されるのも凄いな。
それもこれも大半の原因がダリアにあると思うと、やはり感心してしまう。

いやここは感心してる場合じゃないのか?
もしかして止めた方が良いんだろうか。
でもなあ、俺が何言っても聞かないような気がするんだよな。

誰かと問われたからには自己紹介するべきなんだろうけど、ダリアが関係ないだろと言わんばかりに彼女を睨みつけてるし、何も話すなってアイコンタクトされてるんだよなあ。
さてどうしたものか。

「ねえねえ、名前も名乗れない人なの?そんな人がダリアくんと一緒にご飯食べてるなんて変なのー」

はい、ダリアのイライラメーターが上昇しているのがわかります。
俺がバカにされたと感じたのか、はたまた変なのと言われた事にイライラしているのか。
その両方だな、この感じだと。

「俺が誰と何をしようが君には関係ない。不愉快だ」

おお、ダリアがはっきり拒絶するなんてこれまた珍しい。
今日は珍しい事だらけだな。

しかし編入生は怯まない。

「もーう、そんな事言わないで!私達の仲でしょ?」
「俺達の間には何の関係もない」
「ふふ、意地悪なんだから。そんな事言えるのも今の内だと思うけど」
「……どういう意味だ?」

訝し気に尋ねるダリア。
聞かないフリをしておけば良かったものの、不穏な空気を感じて思わずといった感じだ。

「だってー、ダリアくんはすぐに私に夢中になっちゃうんだから!」
「………………は?」

にっこりと無邪気に可愛らしい顔で微笑んだ編入生のそのセリフに、さすがのダリアもぽかんと口を開いて固まった。



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