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しおりを挟む(ダリア視点)
大会後に編入生が来るという情報は、大会前から俺の耳に入っていた。
どんな人物が来るかというのも事前に知らされていた。
何故俺に、というのは愚問だろう。
この国の王子として、同じ学園の生徒として面倒を見てくれと言われ、エルと共にいたい気持ちを抑え編入生とやらに顔を出しに行った。
そこで待っていたのは……
「初めまして!アマリリスよ。よろしくね!」
「ダリアだ」
随分と元気な娘だというのが最初の印象。
桃色に長い髪をふたつに分けて高い位置で結んでおり、同じく桃色の瞳は大きく潤んでいる。
「ダリアって素敵な名前ね。私と同じ花の名前!」
「……ああ、そうだな」
名前を褒められて悪い気はしないが、そのついでとばかりに呼び捨てられたのが気に入らない。
「ダリアは何年生なの?」
「……ダリア?」
何の気なしに呼ばれた名に、思わず声が低くなってしまった。
俺は初対面の相手に名前を呼び捨てにされるのは好きじゃない。
エルにも言ったが、俺を『ダリア』と呼んでも良いのはエルだけ。
こんな初対面の女にそう呼ばれる筋合いはない。
「悪いが、そう呼ぶのは止めてくれ」
「えー?どうして?だって同級生でしょう?良いじゃん名前くらい!」
「悪いが、良くない。止めてくれ。それと馴れ馴れしい口調も止めてくれないか」
俺は単にこの編入生を寮から学長室へと案内するだけの人間だ。
今後親しくなるつもりはない。
だというのにこの女は話を聞いているのかいないのか。
止めてくれと言ったにも関わらず我関せずといった様子で今度は俺の腕に絡みついてきた。
初対面の人間にこんなにべったりとくっつくとは一体何を考えているんだろうか。
はしたないと言われても仕方のない行動に溜め息が漏れる。
「じゃあダリアくん!ねえねえ、私まだこの学園に慣れてないから色々教えて欲しいなあ」
「……離せ」
「きゃっ、乱暴だなあもう。ダメだよ女の子には優しくしないと!」
ぐっと胸を押し付けれるのも上目遣いで媚を売られるのも好きではない。
甘えるように押し付けられた身体を思い切り振り払うが女は大して気にしていないようだ。
ぷくりと頬を膨らませ「めっ」と言われたが可愛いつもりなのだろうか。
一般的には整っている部類に入る顔立ちだが全くそそられない。
「ここが学長室だ」
「え?ダリアくんは一緒に入ってくれないの?」
「何故俺が?」
本気でそう思って聞いてしまった。
馴れ馴れしいにも程がある。
そもそもこの女、俺がこの国の王子だと知らないのだろうか。
まあ王子とはいえ継承権も何も今の所ないのだが。
そうでなくとも初対面の相手に対して馴れ馴れしすぎる。
資料を見た限りこの国の住人のはずだが……
ああ、そういえば養子に貰われたと書いてあったな。
それまでは王国の片隅でひっそりと母親と暮らしていたらしい。
それならば俺の名前はともかく顔を知らなくても仕方がない。
ダリアという名前は俺だけではないからな。
「では失礼」
踵を返す俺の袖を摘ままれ動きを止められる。
先程と同じような潤んだ瞳での上目遣い。
甘えるような口調。
口元に添えられた指。
自分がどうすれば魅力的に見えるのかを全て計算し尽くしている仕草に眉を顰める。
「一緒にいて欲しいな」
「断る」
「あ……!」
その状態で再度懇願されるが即答するに決まっている。
まだほんの少ししか共にいないが、とても不快だ。
こんなに不快な気分にさせられたのは初めてだ。
癒しが欲しい。
早くエルの傍に行きたい。
エルの顔が見たい。
思わずアマリリスとやらが絡みついていた腕を反対の手で払い、足早にエルの元へと向かった。
*
「編入生?」
大会後の休みが終わり、いつもの学園の雰囲気へと戻った今日。
短い休み明けをどう過ごしたのかの話題で持ち切りな中、そんな声が聞こえてきた。
「そうそう、来るらしいんだよ」
「へえ、珍しいな」
学園への入学は15歳から。
もちろん入学試験を経て入学をするのだが、国内外から両家の坊ちゃんお嬢ちゃん達が通うとあってその試験はかなりの高レベル。
身分が高い生徒が多いのもあり途中からの編入となるとそれを越える学力や能力、家柄が必要になる。
編入してくるという事はそれだけの力があるという事だろう。
純粋に凄いと思う。
「今頃王子が迎えに行ってるらしいけど、エル何にも聞いてないのか?」
「そういえば言ってたような」
朝食の時、いつものようにやってきて正面の席に座ったダリアが面倒そうな溜め息と共にそんな事を言っていた。
「……てことは朝一緒にいた訳だ」
「へえ、朝からねえ」
「何だよ、別に今更珍しくもないだろ?」
ダリアが俺を構うのは今更だ。
「そうだけど」
「?何?」
「別に?ただ、何かあったのかなーと思って」
編入生の話題から一転、デレクとヒースがニヤニヤと笑いながらそう尋ねてくる。
「何かって、何が?」
「決まってんじゃん、王子とだよ」
「休み中ずっと一緒にいたんでしょ?デートしたって噂もあるけど」
「なんでそんな噂が出回ってんだ……」
事実といえば事実だが、休みの間の出来事が何故こうも早くみんなの耳に入るのか。
婚約解消の件でも光の速さで噂が広まった事を考えると当然といば当然なのだが、何とも釈然としない。
そんな俺達の会話に周りが聞き耳を立てているのも気になる。
噂が真実なのか知りたいけれど直接聞く勇気もないただの傍観者達の前でぺらぺらと話すつもりはないのだが。
「エル、おはよう」
「!」
背後からこっそりと近付き俺の肩に手を置き、さりげなく髪にキスをしながら挨拶をするダリアに周りからは黄色い声が上がった。
デレクとヒースはダリアの行動に驚いている。
それもそうだろう、こんな風にあからさまにベタベタする事など今までなかったのだから。
「何してるんですか王子」
「……エル」
俺の質問にダリアが咎めるような声を出す。
はいはいそうでした王子呼び禁止でおまけに敬語もなしにするんでした。
「……何してんのダリア」
「おはようの挨拶だ」
言い直した俺にダリアは満面の笑みでさも当然のように答える。
対して周囲はというと、俺のセリフに目をひん剥いて驚いている。
目の前にいるデレクとヒースすら驚いているのだから他の人達のそれは計り知れない。
ともあれ、この話は休みの間の噂と共に、またも光の速さで学園全体に知れ渡るのであった。
「へえ、なるほどなるほど」
「ついにエルがなあ」
「何だよついにって……ていうか何もないから」
デレクとヒースはさすがの立ち直りと理解力の早さでもって俺とダリアを交互に見つめ何やら頷いている。
本当に何もないんだけど。
何そのリアクション。
「まあエル達の話は置いといて」
「置いとくのかよ。いや良いんだけど」
さらりと話を流すデレクに苦笑い。
「王子、編入生が来るって本当ですか?」
「ああ、もう聞いたのか」
「朝からその話題で持ち切りですよ」
「大会終わってすぐだもんなあ」
大会前だったらその騒ぎで埋もれてしまっていた情報だろうが、図ったようなタイミングでの編入。
大会という楽しみが終わった後の編入生の話題にみんな期待を募らせている。
「もう会ってきたんだよな?どんな人だった?」
「どんな……」
純粋な興味からどんな人なのかと問うと、ダリアは一瞬考えすぐに頭を抱えた。
「え、どうした?」
「そんなに凄い人だったんすか?」
「それとも逆にやばい奴でした?」
この学園に入れるのだからそうそうやばい人物だとも思えないが……
「……正直余り関わりたくない人物だった」
「近い」
ふ、と遠い目をしつつ擦り寄ってくるダリアの肩を思い切り押し戻した。
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