婚約者の恋

うりぼう

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無事水竜が眠っている所も見れたし他の竜達も余す事なく堪能すると、すっかり空は暗くなっていた。

「休憩もせずに見て回るとは思わなかったぞ」
「すいません、つい」

公園に入ってから一度も休憩はせずに竜を見ていた。
途中食べたのは公園内にある屋台の品。
手軽に食べられるものばかりで、適当に食べながら見て回っていたのだ。
焼き鳥やクレープがあったのには驚いたが、日本で見た事のあるもののほとんどは例の勇者の料理番の人が広めたものらしい。
今日だけで何度思ったことかわからないが、グッジョブすぎる。

「疲れてないか?」
「大丈夫です。最近体力ついたからなのか、まだまだいけます」

デレク達について鍛錬した成果をこんなところで実感するとは。
ほとんど一日中歩きっぱなしだったが今の所疲れはない。
今は竜達の素晴らしさにテンションが上がっているからだろうが、多分部屋に戻ったらがっくりくると思う。

……って、俺が疲れていないとはいえダリアも同じとは限らないよな。
しまった、夢中になりすぎていて相手の事を全く考えずに振り回していた事に気付いた。

「すみません」
「どうした急に」
「いえ、あちこち振り回しちゃったかなと思いまして」
「何だそんな事か」

ふっと静かに笑うダリアが、未だに繋いだままだった手とは反対の手で頭を撫でてくる。

「気にするな。無邪気に喜んでるエルを見ていて楽しかったからな」
「……俺じゃなくてちゃんと竜達見ました?」
「もちろん」

本当にちゃんと見てたんだろうな。
何だか一日観察されていたのではないかと気付き、居心地の悪さとむず痒さを感じてしまった。

「お腹は空いてないか?あれだけでは足りないだろう」
「空いてきました」

ちょこちょこ食べてはいたがさすがにあれだけでは量が足りない。
すき焼き風鍋を食べた時もまだ少し早い時間だったから余計だろう。

「でもそろそろ帰った方が良いんじゃないですか?」
「夕飯を食べてからでも問題ないだろう。明日も休みだからな。ほら行こう」
「あ……」

有無を言わさず手を引っ張るダリア。
この強引さにも慣れてしまったし手を繋ぐのも当然のように受け入れてしまっている自分に驚きつつもそのまま歩き続けた。







港町に戻るとランタンに明かりが灯され、昼間とは違った雰囲気を醸し出していた。
明かりがランタンだからだろうか、柔らかい温かみのある光が街中を幻想的に照らしている。
昼は商店街といった雰囲気だが、夜になると歓楽街のような雰囲気にも見える。
昼には開いていなかったお店も今は開いている。
相変わらずお店からは良い匂いが漂っているし、もう既に酔っぱらっているのだろう、店の中からは賑やかな声が聞こえてきていた。

「昼も悩んだが、夜は夜で悩んでしまうな」
「ですね」

なんといっても美味しそうなお店がありすぎるのだ。

ああ、居酒屋懐かしいなあ。
住んでいた家の近くに、チェーン店だが美味しい焼き鳥屋さんがあったのを思い出す。
焼き鳥はもちろん絶品だったし、店舗ごとに店主が好きなメニューを加えても良いらしく他の店舗にないメニューがあったのも良かった。
焼いて唐辛子をまぶしたり、大根おろしを乗っけたり、チーズを挟んだりした厚揚げは最初食べた時に衝撃を受けたものだ。
ああ手羽先が食べたい。
たれたっぷりのもも肉とつくねを青じそが乗ったご飯に乗っけて更にたれを追加して食べる焼き鳥丼も食べたい。

焼きといえば鉄板焼きも捨てがたいな。
お好み焼き、もんじゃ焼き、とんぺい焼き、ねぎ焼きにたこ焼き、焼きそば、海鮮を焼くのも良いかもしれない。
ちなみに俺は広島風よりも関西風の方が好き。
自宅で作る時もほとんど関西風だった。

まずい、口の中がソースとマヨネーズモードに入ってしまった。

(でもさすがに鉄板焼きのお店なんてないよなあ?)

いや、鍋専門店や定食屋さんがあるんだからある可能性の方が高いのでは!?
きょろりと辺りを見回し、それっぽいお店を探す。
ダリアはダリアで同じようにきょろきょろしながらお店を探している。

(お好み焼き、お好み焼きはどこだ)

あるかどうかもわからないお店を探す。

いや、ある、絶対ある。

そう思いながらふと見上げたのれんのような看板に、たこの絵と見覚えのある丸い料理が描かれているのを発見した。

(あれは……!)

遠目でもわかる。
あれだと直感した俺は、明後日の方向に目を向けているダリアの手を引っ張った。

「?どうした?良い店を見つけたか?」
「あそこが良いです」
「?どこだ?」
「あれですあれ、たこの絵のところです」
「たこ?ああ、あそこか。しかしあれは何の店だ?」
「絶対美味しい予感がします」

ぐいぐいと引っ張りたこのれんの元へ。
近付くにつれて思った通りの匂いが鼻に届いてきた。

(本当にあった!!!)

自分の鼻と直感に心の中で諸手を挙げる。
外に出ているメニューを確認するとお好み焼きなど鉄板焼きらしいメニューの数々が記されていた。

「おこのみ、やき?焼き物か?良い匂いだな」
「ですよね、ここにしませんか?」
「ああ、そうしよう」

やったやった!
お好み焼きー!
嬉しさを隠しきれずにこくこくと頷いた。









「今日はありがとうございました」

キュー!

食事を終えた俺達は朝同様レティーの背に乗り国へと戻ってきた。
良いというのに部屋まで送られた先で頭を下げてお礼を言う。
ユーンもそれに倣いお礼を言うように大きく翼を広げた。
もう時間も遅いからか、廊下には誰もいない。

レティーの背に乗れた事もすき焼き風鍋も公園も、そして最後の熱々の鉄板焼きもどれもこれも最高だった。
お好み焼き美味しかったなあ。
ソースとマヨネーズが最高でつい帰りに買ってきてしまった。
まさか売っているとは思わなかった。

「ちょっと待っててください、今お金渡しますね」

財布を忘れた俺にソース達を買うお金などあるはずもなく、ダリアに立て替えて貰ってしまった。
部屋に入り食事代と共にそれを渡そうとしたのだが。

「王子?」
「金はいらないと言っただろう」
「そういう訳にはいきません」
「良いんだ、エルが楽しかったのならそれだけで良い」

それは俺を甘やかしすぎなのではないだろうか。

「対価をどうしても払いたいというのなら、また俺に手料理をご馳走してくれ」
「そんなので良いんですか?」

シーラまでの移動に食事、大好きな竜達を見せてもらった事を考えるとそれだけではどう考えても足りない。

「一度とは言ってないぞ?」
「それはまあ、良いんですが……」

そりゃあれだけしてもらって一度ご飯作ったくらいで済むとは思っていない。
そんなに俺のご飯美味しかったのか?
おにぎりはともかく、あとは出汁抜きの残念な味噌汁しか食べさせていないよな?
胃袋を掴めるとはとても思えないものだったと思うのだが……

「本当にそんなので良いんですか?」
「それが良いんだ」
「……そうですか」

はっきりと告げられてしまえば頷くしかない。
そういえば最初に言っていた『望み』とは何だったのだろうか。
もしかして俺の料理が食べたいという事か?
でもそれなら普通に言ってくれれば良いだけだよな?
結局部屋の前に来るまで、というよりも実は未だに繋がれたままの手にふと首を傾げる。
離さなかったという事は俺は望みを叶えられなかったのだろう。
知らない望みを叶えろと言われても困る話なのだが。

「王子、結局王子の望みって何だったんですか?」
「ん?ああ……」

ダリアの視線が繋がれた手に注がれる。

「すまない、実を言うと叶ったのだが離すのを忘れていた」
「は?」

叶ったの?
いつ?どこで?どのタイミングで?

視線で答えを促すと、その瞳がふわりと細められる。

「以前から言っていただろう?『ダリア』と呼んでくれと」
「……!」

嘘だろ?まさかそれが望み?

「え?でも俺、呼びましたっけ?」

望みは叶ったと言っていたが、俺は名前を呼んだ覚えがない。

「夢中で気付いていなかったようだがな。水竜の所に行く前に呼んでいたぞ」
「え!?」

全然気付かなかった。

というよりもそれに気付かない程夢中になってた俺って……
頭を抱えたくなってしまう。

「ずっと、以前のように呼んで欲しいと思ってたんだ」
「それが、それだけが望みだったんですか?」
「望みのひとつと言っておこう」

ただ俺に名前を呼ばれる事が望みのひとつだなんて。
おまけにもうひとつはきっと料理を食べる事だろう?
欲がなさすぎるんじゃないか、一応王子のくせに。

「一度だけだったが、やはり名を呼ばれると嬉しいものだな」

名前なんて、ダリアは色んな人から呼ばれているじゃないか。
王子様と呼ばれる比率も高いが、ダリアに近付きたい人はこぞってその名を呼びたがる。
呼び捨てには出来ないから敬称付きだけど。

「他の誰でもないエルに呼んで欲しかったんだ。『ダリア』と」
「……っ」

ゆらりとダリアが揺れ、近付く気配に思わず後ずさる。
背中に当たるのは部屋の扉。
目の前には手を繋ぐよりも近いダリアの姿。
あと少しでも近付いたら身体が触れてしまいそうだ。

きゅ……

ただならぬ雰囲気にユーンも声を出す事が出来ず俺の頭に張り付いている。

「お、王子?」
「もう名前で呼んではくれないのか?」
「え、いえ、それはその……」
「『ダリア』という呼び方は、エルだけに許したものだ」

家族を除き、俺にだけ。
そう告げられた遠い昔を思い出す。
記憶を取り戻した直後にも同じような事を言われた気がする。

「エル」
「……っ」

片方の手は繋がれたまま。
もう片方のダリアの手が頬に伸びる。
真剣な瞳で懇願され、どうにかして逃げたいと思うのに視線が逸らせない。

「心配するな、何も取って食おうとしている訳じゃない」

緊張しているのが伝わったのだろう、優しい笑みでそう言われるがこの状況で安心出来るはずがない。

「ただ、昔のように名前で呼んで欲しいだけだ。何もすぐに気持ちに応えて欲しいとは言っていない」
「名前、だけですか?」
「出来れば敬語も外して欲しい」
「それは、恐れ多いのですが……」
「今更だろう?」
「う……」

確かに今更だ。
もっと失礼な事をダリアに対してしでかしているのだから本当に今更だ。
敬語を外し名前で呼ぶと騒ぎにはなるだろうが、すぐに収まるだろう。
けれどこの学園に入学してからずっと敬語を使っていたので外すとなるとそれはそれで慣れるまでに時間がかかりそうだ。

って、何名前で呼ぶ前提で考えてるんだ。
敬語を外す前提で考えているんだ。
ダリアの思惑通りの思考にハッとする。

何も従う必要なんてないじゃないか。
今のまま『王子』と呼び続け敬語を使い一定の距離を保つ。
それで良いじゃないか。
そう思うのに。

「エル」

まっすぐ見つめる強い瞳の奥が揺れているような気がする。
泣きそう、とまでは言わないが、どこか不安な気持ちを抱えているようにも見える。

こんな事で絆されて堪るか。
今まで通りの距離感を保った方が絶対に良い。
絶対に良いはずなのに……

「……っ」

気が付けば小さく頷いてしまっていた。
直後、間近で見たダリアの満面の笑みがあまりにも眩しくて、いたたまれない気持ちが限界に達する。

「おやすみ、また明日」

すぐに部屋に逃げ込んだ俺にダリアは更に笑みを深めながらそう言っていたのだがその時にはそれに気付かず。
いたたまれない雰囲気のまま、俺は休みの三日間をダリアと過ごすハメになるのであった。
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