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しおりを挟む「エル、出掛けるぞ」
「え?」
朝一番。
俺の部屋へと突撃してきたダリアが開口一番そう言い放った。
*
大会が終わると全生徒が三日間の休みを貰える。
ダリアが出かけると言い出したのはその休みの初日の朝だった。
そして俺は今……
「うっわー!」
竜の背に乗り、空の上にいた。
吹く風が気持ち良いし流れる景色が目に楽しい。
隣にいるユーンも竜の背に乗って飛んでいるのが楽しいのかはしゃいでいる。
ちなみにこの竜、ユーンと同じ種類の紅竜である。
何故竜に乗って空の旅に出ているのかというと、それは冒頭に遡る。
出掛けるぞと言って部屋に押しかけてきた後、俺の身支度が済むと同時に学園の入り口まで連れて来られた。
そこに待機していたのがこの竜だ。
名をレティーと言い、城で飼っている王子専用の竜。
飛んでいる最中は結界を張っているので落ちる心配がないし、竜の背につけられた鞍はかなりの座り心地の良さ。
レティーに乗ってどこに向かっているのかというと……
「エル、これを羽織っておけ」
「え?ローブ、ですか?」
「この時期シーラは冷えるからな」
そう、お隣の国シーラだ。
隣といっても遠い海を越えた先にあり、船だと一日がかりだが竜だとあっという間に着けるのだ。
かなりのスピードだが結界のおかげで風圧にも気圧の変化にも耐えられる。
シーラはクリサンテムムと違い、四季のある国だ。
今の時期は冬に近い秋でもう既に山の上には雪が積もっている。
年中春のクリサンテムムの格好では確かに寒いだろう。
ダリアから渡されたローブを受け取る。
中がふわふわの生地で気持ち良い。
ていうかこれかなり上等なものじゃないのか……高そう。
「王子、これ……」
「気にするな。風邪を引きたくないだろう?」
「……じゃあ、遠慮なく」
ダリアがわざわざ用意してくれたのか、はたまた元々あったものなのかわからないが素直に着ておく。
風邪は引きたくないし、汚さなければ良いだけだ。
「ところでどうしていきなりシーラに?」
「前に連れて行くと約束しただろう」
「約束……」
したっけ?
シーラの話をしたのは食堂でおにぎり作った時。
その時確かに連れて行ってやるとは言われたけど、米が焦げる匂いに気を取られて返事はしていないはずなのだが……まあ良いか。
ここまで来て今更引き返せはしない。
いつの間にか出国する許可も入国する許可も貰ってたというのだから行動が早い。
パスポートのようなものはないが、通行手形変わりのドッグタグのようなプレートを渡された。
革紐がついており、常に首からぶら下げておけるようになっている。
そこに個人情報が記録されており、魔法具を使って読み取れるようになっている。
それにシーラと言えば日本料理!
楽しみだなあ。
寒くなりかけてるんなら鍋とかおでんとかも良いよな。
冬の空気が冷たい中で食べるあつあつのおでん。
最高だよな。
「そんなに嬉しいのか?」
「嬉しいです」
「ふっ、そうか。それは良かった」
嬉しいと答えた俺よりも嬉しそうな顔で笑うダリア。
美形の笑顔プライスレスだなあ。
眩しくて目が潰れそう。
「でもアル達誘わなくて良かったんですか?」
「何故誘う必要がある?」
「え、だって、これって大会のご褒美じゃないんですか?」
タイミング的にもてっきり大会で頑張ったご褒美なのかと思っていた。
「それなら俺が貰うべきだろう」
「……確かに」
優勝したダリアが貰うのが普通だな。
となると何でだ?
「まあ、ある意味褒美ではあるが……気付いてるか?」
「何がですか?」
「これはデートだぞ?」
「で……?」
デート!?
は!?デートだったのかこれ!?
純粋に驚く俺にダリアが溜め息を吐く。
「大会が始まる前に俺がお前になんと言ったか覚えてないのか?」
「大会の前、というと……」
思い当たるのは婚約を解消した後の事。
「……あ」
「思い出したか」
「えっと……はい」
そうだ、そうだった。
そう言えば言われてました。
『今まで以上にお前を口説くつもりだから、覚悟しておけ』
確かに言われてました、はい。
大会の練習に集中しすぎて、それにダリアの態度もあまりに普通だったからすっかり忘れてました。
普通というにはちょっと言動がおかしい時もあったが、まあそれは置いておこう。
「大会中は忙しかったからな、これからが本番だ」
「ほ、本番、ですか」
「ああ」
にっこりと微笑まれる。
おおう、逃げたいけど逃げられない。
後ずさりしようにも動ける場所がない。
「そこまで警戒しなくても、さすがに空の上で手は出さない」
「でしょうね、出されたら困ります」
空の上でなくても出されたら困る。
そもそも口説くって何をするつもりだ?
口説かれた事もなければ口説いた事もないので、ダリアが何をしようとしているのかがさっぱりわからない。
わかったところで俺がどうこう出来る問題でもないとは思うけど。
というよりも16歳ってまだ子供だよな。
子供で良いんだよな。
子供が口説くだのなんだの言ってんじゃねえよ本当にもうどうなってるんだこの世界は。
いや、元の世界でも16歳ってこんな感じだったんだろうかもしかして。
周りの目立つ人達は色恋にきゃーきゃー言ってたもんなあ。
俺が興味なさすぎただけか。
いやいや別に興味なかったのは良いんだよ。
恋愛が人生の全てじゃないんだから。
「エル、百面相も良いがそろそろ着くぞ」
「百面相なんてしてませんけど」
答えつつ下を見下ろすと海の向こうに陸が見えてきたところだった。
海沿いに港があり、街が広がっている。
山の頂上はすでに真っ白で、街にもうっすらと雪が積もっている。
(雪だ!)
久しぶりの雪にテンションが上がる。
前世では豪雪地帯で生まれ育った。
地元にいる時はまた雪か、今年はどれくらい積もるのか、また朝早くから夜遅くまでの雪かき地獄に叩き落されるのかとうんざりしていたが、就職して都会に出ると不思議と雪が恋しくなっていった。
雪のニュースを見ると地元は大丈夫だろうかと心配しつつ、住んでいる街に珍しく雪が降れば嬉しかった覚えがある。
(かまくら作りたいなあ。中で食べる鍋と餅が美味いんだよなこれがまた)
小学生の頃は学校の周りに小さなかまくらを作った。
中学生になるととある施設に向かい、そこで雪のアートを作った。
高校生になるとかまくらも雪のアートにも馴染みがなくなってしまったが、今となっては良い思い出だ。
車道は除雪されるが歩道の雪はそのまま。
たまに近所のおじさんが除雪してくれているが、それを越える量の雪があっという間に積もる。
歩道ではみんなが同じ場所を歩くからそこだけ雪が踏み固められ、細い一本道が出来ていたのが懐かしい。
シーラも同じように雪が積もるのだろうか。
「エル、行くぞ」
「はい」
港にある竜舎に降り立ち、竜の背から降りる。
結界が外された瞬間に漂う、つんと鼻を抜ける冷たさと冬の匂い。
(見たいな)
真冬のシーラに来てみたい。
降り積もる雪を見たい。
今更ホームシックにでもかかったのだろうか。
魔法で雪を作り出したり氷を見ても何とも思わなかったのに、匂いを嗅いだ途端に懐かしさが更に込み上げてきた。
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