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しおりを挟むさて、あれから数日が経った。
俺達の婚約が解消されたというのは徐々に学園内に広まっているらしい。
それはさておき。
痛い。
視線が痛い。
遠慮なしに突き刺さる視線の雨が痛い。
こんなにも視線が痛いのはいつぶりだろうか。
「エルは今日も可愛いな」
「目の検査をした方がよろしいかと」
「声も小鳥が歌っているようだ」
「耳の検査も必要でしょうか」
「そうだ、今度デートをしよう。どこが良い?どこにでも連れていってやるぞ?」
「頭の検査もした方がよろしいかもしれませんねえ」
あれからダリアは宣言通りに俺を口説くようになった。
以前にも増して口説き文句があからさまだし何より雰囲気が甘い。
甘すぎる。
というよりもどうして公衆の面前で臆面もなく恥ずかし気もなく堂々とそんな事を言えるんだこいつは。
これも外国人の血がなせる技なのだろうか。
食堂でも廊下でも教室でも所かまわず全力で俺の元へとやってくるダリアに、周りも以前とは違う印象を抱くようになったらしい。
まあそのせいで視線が物凄く痛いんですけどね。
「ダリア様があんなに熱心に……!」
「今まではお飾りの婚約者だと思っていたのに」
「どういう事かしら?まるで人が変わったみたいよ」
ええ本当に人が変わったみたいですよ。
俺を落としてみせると宣言した時もここまでゲロ甘な雰囲気は醸し出していなかった。
それこそデレクとヒースにからかわれるくらい、笑い話になりそうな程度で済んでいたのだ。
それが何故……なんて、言うまでもなく俺は原因を痛感している。
あの手紙のせいだ。
あの手紙のせいで……!
あれがダリアの妙なスイッチを入れてしまったのは明らかである。
自らが父に出した手紙を恨むがもう遅い。
だがまあ、悪い事ばかりではない。
今までダリアの婚約者だからとそれだけで無条件に敵意剥きだしにしてきた周りの面々からの風当たりが何故か止んだのだ。
おまけに……
「あ、ああああの、エル様、ダリア様!私、クッキーを作りましたの、よろしければお二人で召し上がって下さいませ!」
何故か以前絡んできた御令嬢が顔を真っ赤にしてこちらにクッキーを差し出してくる事も増えた。
手震えてるけど大丈夫か?
ていうか、今俺の事『エル様』って言った?
そっちも大丈夫かと思わず心配してしまう。
「ベアトリス様?」
「さ、様だなんて……!呼び捨てで構いませんわ!」
「じゃあ、ベアトリス?ありがとう」
「っ、っ!!!」
「ベアトリス!しっかり!」
「まだ名前を呼ばれただけよ!」
「わ、私、もうダメ……!」
きゅう、と膝から崩れ落ちそうになった所を両側からリリーとシシーに抱えられ退場するベアトリス。
前まであんなにダリアに近付くなだとか言っていたのに今では二人でいるのを応援するような仕草さえ見せてくる。
謎だ。
「どうしたんだベアトリスまで」
「エルの魅力に気付いたんだろう」
「は?俺?何でですか?」
「以前魔法学の授業中に助けただろう?あれからかなり見つめられていたが……気付かなかったのか?」
「俺じゃなくて王子を見てたんでしょう?」
「……はあ、鈍感だな。俺の気持ちに気付かなかっただけある」
鈍感も何も、ベアトリスは最初からダリアしか目に入っていなかったじゃないか。
どう見ても恋する乙女な視線を受けていたのはダリアだというのに、ダリアの方が鈍いんじゃないか?
「……何と言うか、つくづく今までの自分を反省するよ」
「どういう意味です?」
「伝えられたはずなのに、伝えなかった自分の愚かさだよ」
「それは……」
以前の『エル』にだろうか。
それとも今の俺にだろうか。
なんて、問う事は出来ないけれど。
とにかくこの甘い雰囲気から逃れたい。
「どこへ行くんだ?」
「トイレです」
無言で立ち上がる俺にかけられた声に即座に返事をする。
さすがにトイレにまでは追ってこない。
まあ、トイレに行くって言って別の所に行くんだけどな。
こういう時は癒しだ、癒しが必要だ。
そう思い、竜舎へと一目散に駆けていった。
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