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しおりを挟む「あれ、いない?」
鍛錬上へと来て中を見渡すと、数人が励んでいたがデレクの姿は見えなかった。
「よーエル、どうしたんだ?デレク探してんのか?」
中を覗く俺に気付いた同級生が声をかけてくる。
同じクラスでデレクと同じくらい鍛錬バカのヒース。
汗に濡れた髪もセクシーな男前だ。
いつもデレクと手合わせをしていて、最近では俺もたまに混ぜてもらっているのだ。
それにしてもこの世界俺以外は美形しかいないのかと問いたくなる程美形としか関わっていない気がする。
「そう、今日はいない?」
「いるぜ。えーっと、ほらあそこ。デレク!」
頭からタオルを被り下を向いていたから気付かなかったが、デレクはそこにいた。
ヒースの声に顔を上げ、こちらに近付いてくる。
良かった、教室だと邪魔者が入るからここで聞いておきたかったんだ。
「おうエル。どうした?」
「あのさ、週末暇?」
「週末?いや、鍛錬があるけど」
「やっぱりか」
「どうしたんだ?」
「いや、何でもない」
「何々、デートのお誘い?俺なら空いてるよ?」
「デートじゃないし。デレクが鍛錬するならヒースも付き合うだろ?」
「ちっ、バレたか」
「バレるも何も」
舌打ちして悔しそうな演技をするヒースに笑う。
絡んでくる連中が小動物ならヒースはトラだな。
そうするとデレクは何だろう、黒ヒョウか?
いやいや別に動物に例えなくなって良いんだって。
「少しの時間なら付き合えるぜ?」
「んーいや、大丈夫。時間かかるかもしれないし」
「こういう時こそ王子様の出番じゃないの?」
「ありえない」
「わお、絶対零度のブリザード」
「おいおい柱凍らすなよ」
「ごめん、つい」
王子の単語に視線が凍り付いてしまった。
おまけにヒースの比喩ではなく、実際に吹いたブリザードが柱を凍らせている。
おっと、貴重な昼休みの時間をこれ以上奪う訳にはいかない。
「じゃあ二人とも、後で教室でな」
「おー」
「後でな」
(さーて、じゃああそこに行こうかな)
二人のいる鍛錬上から離れ、俺はとある場所へと向かう。
凍った柱はその内溶けるだろう、うん。
*
俺がやってきたのは学園の外れにある竜舎。
厩舎が馬を置いておく場所なら竜舎はその名の通り竜を置いておく場所だ。
そう、この世界には竜がいる。
前世の記憶を取り戻してから見た竜は最高だった。
あんなにカッコ良くて可愛くて美しく逞しく強い生き物は初めてというくらいの衝撃。
しかも飛ぶんだからまた最高!
元々好きだったけど更に好きになった気がする。
竜にも色々な種類があり、空を飛ぶものもいれば地を這う竜もいる。
以前は竜に乗って敵地まで赴き戦いに参加していたらしい。
今は戦争などないが、竜の調教や乗る練習などに使う為に学園でも竜を育てているのだ。
いつまた戦争が起こるかもわからないし、力は蓄えておいて損はないという事だろう。
ちなみに馬も普通にいる。
それにしても普通に竜がいるのは驚きだ。
捕まえるのも大変そうなのに調教まで出来るのも驚く。
卵から孵したからこそ出来るんだろうなあ。
竜の世話をする人間も雇われてはいるが、俺は記憶を取り戻す前からこの竜舎の常連だ。
「リュイさん」
「やあ、エル」
リュイ、というのはこの竜舎を任されているビルさんの息子。
親子でここにいる竜達の世話をしている。
他にも何人か世話をする人が雇われているが、そのトップといっても過言ではない。
年齢は確か18歳。
小さい頃から父親について竜の生態を学び、竜と共に育ち、この学園を卒業すると同時にこの職についたと言っていた。
まっすぐな長い栗色の髪をひとつに結んでいる爽やかな青年だ。
面倒見も良いし優しいし穏やかだし責任感もあるし働き者だし、娘がいたらお婿さんにしたいナンバーワンである。
娘なんていないけど。
俺の記憶が戻り結構性格も変わったと思うのだが、リュイさんは大して気にした様子もなく接してくれている。
リュイさんは一頭の竜の傍らでその竜を撫でていた。
「ユーン、エルが来たぞ」
リュイさんがその竜に向かってそう言うと、キューンと可愛く鳴き声を上げこちらへと覚束ない羽使いで飛んできた。
ユーンは生まれたばかりの炎竜で、名前の通りに紅い炎を操る竜だ。
まだ小型犬程の大きさだが大人になれば象を遥かに凌ぐ大きさになるだろう。
真っ赤な瞳を細めて撫でろ撫でろと頭を擦り付けてくるのが堪らなく可愛い。
「ユーン!撫でて欲しいのか?このこのー!」
お望み通りに両手でユーンを撫でくり回す。
まだ小さな身体の皮膚は柔らかくお腹の部分は特にぷにぷにと柔らかい。
これが成長すると段々と硬い皮膚に覆われていく。
撫でると更に嬉しそうに鳴き声を上げるのが可愛い。
ああ可愛い癒される。
このユーンという竜には特別な思い入れがある。
というのもユーンが卵から孵る時に、俺とデレクはその場にいたのだ。
卵のユーンは森の外れに置き去りにされていた所をリュイさんが発見し、学園に許可を貰って持って帰ってきたものだ。
だから親はいない。
その卵が孵りそうだと、元々常連の俺達が特別に呼ばれたのだ。
もう既に卵にはヒビが入っていて、中のユーンが頑張って出ようとしている所だった。
生まれてきた時の感動といったらない。
生命の誕生は神秘的だなんだと言われてなんのこっちゃと思っていたが、感動した。
感動しすぎてうっかり泣きそうになってしまったのは内緒だ。
刷り込みというのだろうか、最初に目が合ったのが俺だった。
次にリュイさん。
だからユーンも他の学生達に比べて物凄く懐いている。
可愛くないはずがない。
「ごめんな、最近来れなくて。寂しかったか?」
キュンキュン、キューン
「そっかそっか寂しかったのかー!ごめんごめん!」
キュー!
ぎゅうっと抱き締めると鳴き声のテンションが上がる。
言葉は通じないがお互いの言いたい事はわかる。
「エルって親バカだよね」
「ユーンのこの可愛さでバカにならない方がバカですよ」
「ははっ、確かに。良かったねユーン、エルママが来てくれて」
リュイさんに返事をするように鳴くユーン。
「何でママなんですか?」
「どう見てもママポジションでしょ。一番最初に目が合ったんだから」
「パパは?」
「俺」
「何でですか?」
「二番目に目が合ったのが俺だから」
「なるほど」
「納得しちゃうの?」
思わず、といった風に噴き出すリュイさん。
ダリアもなあ、このくらいの距離感でこのくらい軽い感じだと付き合いやすいんだけどな。
……まあ、王族に軽い感じを求めるのは間違っているか。
「そうだ、リュイさんに聞きたい事があったんです」
「何?」
「週末って暇ですか?」
「週末?うん、時間は作れるよ」
「本当ですか?あの、お願いがあるんですけど」
「何?ママのお願いなら何でも聞いてあげるよ」
「ママは止めてください……まあそれは置いといて、実は街に行きたくて」
「街?どうして?」
「探したいものがあるんです」
「探したいもの?」
「そう、だから付き合ってくれませんか?」
「いいよ」
「いいんですか!?」
あっさりとオッケーされて驚いてしまった。
「自分から誘っておいて何驚いてるの?」
「いやあ、てっきり忙しいかなと」
「時間は作れるって言ったでしょ」
「やった!」
「ついでにユーンもそろそろ街に連れていこうと思ってたし、ちょうどいいよ」
「おお、ついにユーンも街デビューですか」
「小さいうちじゃないと好きに出歩けないしね」
「確かに」
大きくなってからではおいそれと街の中には入れない。
連れて行けたとしても街の入り口にある駐車場ならぬ駐竜スペースに置いて行かなくてはならない。
リュイさんはこうして竜が小さいうちに散歩と称してしょっちゅう連れ出している。
子供達にはもちろん大人気だし、大人達も小さな竜が可愛くてたくさん声を掛けてもらえる。
「じゃあ時間とかはまた連絡しますね」
「うん、待ってるよ」
着々と話を進めていく俺達に、その間、置いてけぼりにされていたユーンがこれでもかと頭を擦り付けてきていた。
しつこいようだが言わせていただこう。
可愛い。
ともあれ週末の予定が決まり、俺は米に思いを馳せながら残りの時間でユーンを思い切り構い倒した。
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