婚約者の恋

うりぼう

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「あの、王子!ちょっと!どこ行くんですか!?」

ダリアに大股で歩かれるとこちらは足がもつれてしまう。
リーチの差を考えろよ、お前足長いんだから!

ダリアは無言のまま歩き続け、人気のない場所に差し掛かったところで漸く足を止めた。
足が止まったのは良いが、今度は壁に背を押し付けられる。

「いった……!」

力加減というものを知らないのかこのぼんくら王子は。
自分の力で思い切り押し付けたらどれだけ痛いのか想像してみろ!

「あの!」
「王子じゃない」
「は?」
「お前、俺を王子なんて呼んだことないだろう」
「……え」
「俺は、名前で呼べと言ったはずだ」
「あー……ああ」

そういえば。
遠い昔の幼い頃。
まだ婚約をしたばかりの頃だ。

『こんやくしたら「ふうふ」になるんだ!とくべつに、なまえでよんでもいいぞ!』

敬称も何もつけなくていい。
ただ『ダリア』と呼び捨てていい。
それが婚約者の証で、お前だけに特別に許すんだ。
そう言われた事がある。
敬語は外せなかったが、そういえばダリアと呼んでいた。
口に出して呼ぶのが申し訳なくて、結局呼んだのはほんの数えるくらいだったが、まさかダリア自身がそれを覚えていたとは。

「ですが、もう婚約者ではありませんし。王子と呼んで差支えないのでは?」
「ダメだ」
「はあ?」

ダメって、何言ってんだこいつ。

「ダメの意味がわかりません」
「ダメといったらダメだ。とにかく、説明しろ、お前は誰だ」
「ですから……」
「お前はエルじゃない!俺の知ってるエルは……!」
「王子が俺の何を知ってるんですか?」
「それは……っ」
「王子は、俺の事を何も知らないでしょう?」

前世の記憶が戻ったからといって、昔の記憶がなくなった訳ではない。
幼い頃からずっと一緒にいて、俺はダリアの事を色々知っているが、ダリアは俺の事など何も知らないはずだ。

「俺の好きな食べ物は?俺の好きな音楽は?俺が寝起きにする事とか、寝る前の日課とか、休みの日に何をしてるかとか、知ってますか?」

知っているはずがない。
ダリアは知ろうとしていなかった。
興味もなかったのだろう。
幼い頃は仲が良かったが、成長するにつれて少しずつ心が離れていくのがわかった。
自分の意見を言わない俺をうっとうしいと感じている事もわかっていた。
けれど俺はそれに何も言えなかった。
仕方がないと思っていた。

(俺でも、前の俺がうっとうしいもんな)

自分でもそう感じるのだから他人から見たら余程だ。
突然前世の記憶を取り戻したのは、そんな自分を変えたいという願いからだろうか。
魔法があるとそんな非現実的なことまで起こりそうな気がしてしまう。

「知らないですよね?ていうか、もう関係ないですよね俺達?」
「関係ない……」
「何で王子がショック受けてるんですか?自分で言った事忘れちゃったんですか?」
「っ、忘れてなどいない。だが……」
「あのですね、何か疑っているようですけど俺は俺です。ずっとエルのままです」
「違う!」
「違いません。証明しましょうか?」
「証明?」
「俺と王子しか知らない秘密を教えましょうか」

何てことはない。
小さな頃は誰もがやる遊びのひとつだ。
二人だけの秘密という何とも楽しくも嬉しい、だが少しくすぐったいもの。

「『城を出て、二人だけで暮らす』」
「!」
「『真っ白な大きい犬を飼う』『毎日手を繋いで一緒に眠る』」

婚約が決まった直後、将来はこんな風になりたいと二人だけで約束した事だ。
お互いにお互いが初恋だったのかもしれない。
そんな可愛らしい口約束が嬉しかったのを覚えている。

「……エル、お前、覚えてたのか?」
「忘れる訳ないでしょう?」

というよりもダリアが忘れていなかったのが驚きだ。

「もっと言いましょうか?城のキッキンに忍び込んでつまみ食いして侍従長に怒られた事とか庭の花を勝手に摘んで王妃様の拳骨くらった事とかあとは」
「待て待て待てわかった!わかったから!」

昔やらかした事をつらつらと告げると慌てて止められる。
どれも可愛らしいイタズラだが蒸し返されると恥ずかしいのだろうか。

「本当に、エルなんだな?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「俺はてっきり……」
「誰かに乗っ取られてるとでも思いました?」
「……ああ」

ありえない話ではないし、まあある意味乗っ取られていると言っても過言ではない。
そのくらい、以前のエルと今の俺は別人と言っても良い。

「ははっ、大丈夫ですよ。俺は本当に俺ですから」
「……そうか」
「さて、誤解が解けたところでもう良いですか?」

早く食堂に行かなければ昼食を食いっぱぐれてしまう。
未だ肩に置かれたままの手をそっと外し、ダリアから離れる。
ダリアはしゅんと眉を下げ、さっきまでの勢いも普段の覇気もなくしている。
もしかして、思ったよりも心配をかけてしまったのだろうか。
俺が変なのに乗っ取られたと思って心配してくれたのか、何だ少しは良いところがあるじゃないか。

「ご心配おかけしてすみません、ありがとうございます」

小さく頭を下げる。

「ですが俺はもう王子の婚約者ではありませんし、これ以上気にしないで下さい」
「気に、するな?」
「はい。もう他人も同然ですから、王子が気になさる必要は……」

ない。
そう告げようとしたのだが……

「……ない」
「んん?」

またダリアに捕まった。
さっきと同じように肩を掴まれる。
え?何してんのこの人。
早く俺を解放してくれよお腹空いてるんだよ食堂に行かせてくれ。

「王子?」
「他人じゃない」
「は?いや、俺達婚約解消したんでしょう?」
「正式な婚約解消はまだだ。俺は婚約解消を解消する」
「はい?」

婚約解消を解消?
は?何言ってんの?
ていうかどうした王子、頭おかしくなったのか?

「俺は、今のお前が気になって気になって仕方がない。何故だか視線が外せないんだ」

おおっと?
何だこの展開は。
青春ドラマみたいになってるぞオイ。

「だから、お前は今まで通り俺の傍にいろ!」
「え、嫌ですけど」
「な……?!拒むのか?!」
「いけませんか?」
「何故だ?!」
「いや、何故って……王子も言ってたじゃないですか」
「俺が何を?」
「『愛のない結婚に意味はない』」
「!」
「俺もそう思います」
「……俺を、愛してないのか?」

いやいやだから何でショック受けてんのこの人。

「愛がないのはお互い様でしょう?」

当たり前の事を告げると目の前の表情が更に曇る。
だから何でだよ。

「……わかった」

わかってくれたか。
よし今すぐ俺を解放しろ、食堂に行かせてくれ。

「つまり、お前が俺を愛するようになれば良いんだな?」
「は?」
「決めた、俺はこれからお前を全力で落とす」
「…………………………はい?」

待て待て、俺の耳はどこかおかしいのか?
何か変なセリフが聞こえたぞ?
俺がこの人を愛する?
俺を落とす?
全力で?
は?
ていうかこの人他に好きな人が出来たんじゃなかったのか?
え?どういう事?

「覚悟しておけ、エル。俺から逃げられると思うなよ」
「いや、あの、王子?」
「王子じゃない、ダリアだ」
「おう」
「ダリア」
「……ダリア」
「何だ?」

名前を呼んだ瞬間に、名前の通りダリアの花が満開になったような笑みが降ってくる。

(いやいやいや、何笑ってんの?何でそんな満面の笑み?意味がわからないんですけど)

急展開に頭がついていかない。
混乱しすぎて考えも纏まらない。
顔いっぱいに疑問を浮かべる俺にダリアも気付いているはずだが、奴は変わらぬ笑みを浮かべたまま。
長い付き合いだが、こんな笑顔は初めて見た。
そんな顔は好きな奴に見せてやれよもったいない。

「絶対、お前を落としてみせる」
「……はあ」

何の気まぐれか、自信満々に告げるダリアに俺は間抜けな声を返す事しか出来なかった。











おまけのダリアとエル

「さて、そうと決まれば早速……」

ダリアが何やら呟いた瞬間。
ぐううううううううう

「あ……」
「……何だ今のは」
「俺の腹の虫です。どこかの誰かさんのせいで昼食まだなので」
「ああ、それはすまなかった。それなら一緒に食べよう」
「は?!いや、いいです!一人で食べます!」
「お前に拒否権はない」
「はああああああ?!」

またもずるずると引きずられ食堂へと連れて行かれる。
向かい合って食事を摂る婚約を解消したはずの二人の姿に、周りが驚いていたのは言うまでもない。






終わり!
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