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しおりを挟む「アイ!?何を……んっ」
「黙れ。もう我慢はしない」
何故キスされている?
わからずに頭が混乱する。
そうこうするうちにキスは深くなり、顎を掴むのとは反対の手が腰に周り、冷たい壁から引き離すように抱き寄せられた。
「っ、アイ!嫌だ!離せ!」
「嫌だ」
「な!?」
「気付いてたんだろう?オレの視線に、態度に」
唇は離れたが、今にも鼻先が触れそうな距離で、アイヴィーは再びそう問う。
「オレの気持ちにも、当然気付いていたんだろう?だったら、いつこうされてもおかしくないと思わなかったか?」
「だからって、どうしてオレに」
「どうして?はっ、またとぼける気か?」
とぼけているつもりは毛頭ない。
アイヴィーの気持ちには気付いていた。
彼の視線や態度、全てを見てきたんだ。
だからこそ。
「……キウは?」
「?キウ?何であいつが出てくる」
「何でって……」
荒々しさから一転、訝しげに眉を寄せるアイヴィー。
演技をしているようには見えない。
もしかして、自分はとんでもない思い違いをしていたのではないだろうか。
「……シリル、お前まさか」
オレの態度に、アイヴィーもはたと気付いたらしい。
「……」
「……」
「……キウが、好きなんじゃないのか?」
少しの静寂。
その後に告げたセリフに、さっきよりも更に深い深い溜め息が、室内に響いた。
「……お前、よりにもよって……」
がっくりと項垂れるアイヴィー。
「だ、だって!しょっちゅうキウに声かけてたし、気に入ってるみたいだったし、それに」
「それに?」
「……誘いを断られて、悲しそうだった」
そうだ、いつもアイヴィーは悲しそうだった。
「キウに断られる度に溜め息吐いて、その代わりみたいにオレを誘ってたじゃないか」
「馬鹿。誤解だ」
「誤解?」
「……どこから説明すれば良いんだろうな……まあ、最初からか」
それからアイヴィーが語り始めたのは、オレにとっては驚くべき事実だった。
*
※アイヴィー視点
最初から目当てはシリルだった。
小さな頃からずっと一緒にいて。
いつも隣にいて。
気が付けば、どんなに妖艶な女よりも、男よりも、シリルただ一人にしか目がいかなくなっていた。
惚れ薬を頼んだのは反応を見る為だった。
いつも通りの反応で、何の動揺も見られなかったのが悔しくて堪らなかった。
「例え薬のせいだろうが、お前が手に入るのなら何だって良かった」
シリルを手に入れる為には手段なんて選んでいられない。
「誰かに断られてる所を見れば、お前の事だ。絶対に付き合ってくれるだろうと思ってな」
キウが絶対に付き合わないと知っていて毎回シリルの前でしつこく誘っていた。
それをキウも気付いていたのだろう。
迷惑そうな顔をしていたのは、自分というクッションを挟まずに素直にシリルを誘えば良いものを、という呆れを含んでいた。
何度も何度もそれを言われたがうるさいと一蹴していた。
「大体、あんなガキはオレの好みじゃない」
「ガキって……だが、大事にしていたじゃないか」
「それは、子供に対する愛情だ」
「子供?」
「いきなり右も左もわからん世界に飛ばされてきたんだぞ?オレはあいつの親代わりだと思って、ずっとそのつもりで面倒を見てきたんだ」
「お、親代わり!?」
「悪いか?」
「いや……」
意外だったのだろう。
シリルがぽかんとした表情を浮かべている。
そんな顔も可愛い。
「というよりも、キウはむしろお前を好きだったと思うぞ」
「それはありえない」
「ありえなくない。何の為にオレが毎度毎度牽制してきたと思ってるんだ?」
稽古をつけてくれだのなんだの、毎度キウがシリルに何かを頼む度に近付けまいと画策していたのだ。
「じゃあ、さっきのは一体何なんだ?」
「さっき?」
「キウに抱き付かれていただろう?大好き、と言われて」
「……ああ」
ついさっきの事を思い出す。
「あれは、オレが許可を出したからだ」
「何の?」
「お前に稽古をつけさせる、という正式な許可だ」
「え?」
シリルは良いと言ったが、オレは許可を出さなかった。
シリルの暇がないように仕事を調節し、用事を頼み、とことんキウとの時間を削っていたのだ。
「そうだったのか、確かに最近忙しいなと思っていたが……」
「ふん、誰が二人きりになどさせるものか」
「……っ」
独占欲を丸出しにして告げるとその頬が僅かに染まる。
「だが、それならどうして急に許可を出したんだ?」
「それは……」
思わず口籠る。
「言ってくれ」
「……脅されたんだよ」
「は?」
「だから、脅されたんだ。キウに」
シリルの稽古を受けさせて貰えないのなら、オレのあらぬ噂をシリルに教える。
根も葉もない噂だが、きっとシリルなら信じてくれる。
そんな戯言に惑わされ、つい許可を出してしまったのだ。
「……オレがキウの方を信じると思ったのか?」
「わからないが、だがお前はキウを気に入っているだろう?」
「それは、まあ」
「全部は信じなくても、少しは信じると思ったんだ。だが例えほんの少しでも、ありもしない噂をお前に信じて欲しくなかった」
「……っ」
そっと頬に手を伸ばすと抵抗はない。
「ずっとこうして触れたかった」
頬に触れ、抱き締めて、キスをして。
ずっとずっとシリルとこうして触れ合いたかった。
触れ合える許可を欲していた。
さっきはつい頭に血がのぼって襲ってしまったが、許して欲しい。
「っ、本当に、オレを……?」
「ああ、好きだ」
「……ッ」
改めて想いを告げると、シリルが息を呑んだ。
少しずつ瞳が潤んでくる。
「シリルはどうだ?オレを、どう思ってる?」
「オレは……」
聞き返すとシリルがゆっくりと口を開く。
少なくとも嫌われてはいないはずだ。
それは長年の付き合いからわかっている。
だが、こういう事をする相手として見られているのかどうか。
それはわからない。
答えを待つ時間が何倍にも感じられる。
実際はほんの数秒なのに何分も経っているみたいだ。
心臓の鼓動もうるさいくらいに跳ねている。
シリルの唇から目が離せない。
そして……
「オレも、好きだ」
「!」
静かにそう告げられた。
*
※シリル視点
信じられない。
これは現実なのだろうか。
アイヴィーから告げられた想いは耳に届いてはいるが実感がない。
自分で告げた自分の想いも、本当に言ったのかどうかすらわからなくなってきた。
それくらい頭が混乱している。
「好き、好きなんだ」
混乱してはいるが、口からは素直な気持ちが溢れてくる。
頬に当てられた手の温もりが少しずつオレを現実に引き戻してくれる。
優しい瞳に見つめられ、あんなに痛かった胸が違う激しさに襲われてしまって苦しい。
「ずっと、アイヴィーが好き、んッ」
もう一度告げようとしたところで再び唇を塞がれた。
さっきのように少し強引だが、さっきとは違って酷く優しい。
「あ、アイ……っ」
「悪い、我慢出来なかった」
「……ッ」
すりすりと頬を撫でられ、甘い声と優しい瞳で見つめられ、鼓動が速まっていく。
ばくばくと飛び出しそうな勢いで弾ける心臓より先に気持ちが溢れて止まらない。
「アイ、好きだ。小さい頃からずっと、アイだけが好きなんだ」
気持ちが止まらないのはアイヴィーも同じだったらしい。
「オレも好きだ。他の誰もいらない。お前だけがずっと欲しかった」
「嬉しい……っ」
「バカ、オレの方が嬉しい」
「オレの方だ!」
「いいや、オレの方だ」
「どうしてそう言い切れるんだ」
「オレの方が好きな気持ちが大きいからだ」
その一言に思わずむっとする。
そんなはずはない。
オレだってアイヴィーを好きな気持ちは誰にも負けないし、オレを好きなアイヴィーの気持ちにだって負けない自信がある。
「オレの気持ちの大きさがお前にわかるのか?」
「オレにはお前の事なら何だってわかるんだよ」
それはそれで嬉しいが、オレの気持ちを勝手に想定してもらっては困る。
オレはアイヴィーが思ってるよりずっとずっとずっとずーっと好きなのに。
しかしここでそれを言っても言いくるめられてしまうのは目に見えているので黙っておこう。
その代わり……
「へえ、じゃあオレが今何をして欲しいかわかるのか?」
「当然」
自信満々にニヤリと笑い、オレの腰を抱いて顔中にキスをしてくるアイヴィー。
「合ってるだろ?」
「……腹が立つ」
「何でだよ」
合っている事が悔しくて腹立たしい。
むすっとした表情を隠そうともしないオレにアイヴィーは楽しそうに笑っている。
こんな風に笑い合うのは久しぶりな気がする。
惚れ薬を手に入れろと命令された時から、無意識に二人で他愛もない話をするのを避けていたから。
「シリル」
「アイ」
見つめたら見つめ返され、名前を呼ばれたら呼び返し、躊躇いもなく触れられるのが嬉しくて堪らない。
(幸せだ)
まるで夢を見ているようだ。
いや、夢だったら困るんだけど。
改めて抱き寄せられる身体。
慣れ親しんだ香りに包まれ、ほんの少し早い鼓動に耳を傾けながらそっと瞳を閉じた。
end.
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