猫と暮らす

枝豆ずんだ

文字の大きさ
上 下
3 / 4

3 猫の安楽死の話

しおりを挟む

昨年、飼い猫が亡くなった。

令和元年五月のことだ。猫の名前は千。先の話でその時の様子を書いて、これはその十か月後の令和二年三月十二日に書いている。

あの後の話を少しすると、母がすぐに駆けつけてくれて、お寺で千を火葬して貰った。
神奈川県にある、由緒ある山の中にあるお寺で、ご住職の方には本当によくして頂いた。

仏教の決まりというか、死後の流れというか、人間も四十九日やら、三途の川をいつわたるか、どういう道のりであの世に行くのかが定まっているように、猫にもそういうものがあるそうだ。

初七日、月命日、いろんな話を聞いて、住職さんは「これからこうやって、千さんはあの世に行くのですよ」と、それは不思議な話し方だった。

私が、物を書く人間で、妙にそういう死後の世界や、あれこれを、妙に、道理のように飲み込むもので、聞きながらまるで千が本当にこれから、ゆっくりじっくり、色んなことをしながらあの世に行くのだと、私はその為に初七日やら、月命日でしっかり、千のことを祈る、親としての仕事がまだ、はっきりあるのだと、そのような気になる。(私は無宗教なのだけれど)

お寺では、住職さんのご厚意で花束を頂いて、火葬する前の千の寝台にたくさん飾らせて貰った。私は千にいつもつかっていた毛布と、六角形のダンボール製のベッドと、お菓子とおもちゃを一緒に燃やして貰おうと思った。住職さんは快諾してくださった。

千を火葬して、遺骨はりっぱな骨壺に収めて頂いた。
さて、現実的な話をするが、さて、猫の火葬というのはいくらかかるのかと、ここに残しておくと、骨壺と住職さんのお経や、死後の世界の説明などのお話も全て込みで、3万円だ。消費税込みである。

千の骨壺は、夜さんの遺影と一緒に、家に置かれている。
作家としてそこそこ成功しますように、と高麗神社で頂いたお札の隣にあるのだけれど、毎朝毎晩、手を合わせているので、私は千と夜が神格化したらいな、と正直思っている。






猫の、安楽死の話を書こうと思った。

と、いうのも、今月、母の姉の飼い猫「みーちゃん」が亡くなった。ある日突然、家族のLINEに母が「みーちゃんを安楽死する、ということになりました。○○日です。祈っていてください」というメッセージが流された。

当然、私は驚く。姉も驚いたようだった。
妹は事情を知っているようで「そっか、祈ってるね」という内容をすぐに送信していた。

みーちゃんというのは、母の姉、私にとっては伯母だが、とても善良な女性だ。善良で善性であることを当然として、家族の為に尽くしてきた、私の知る限り最も模範的な妻であり、母である人間だった。

その伯母の家では、二十年前に猫を飼い始めていた。私は経緯は知らないが、気付けば伯母の家の家族になっていて、時々話を聞く。

なんでも、伯母のことをとても……その、なんというか、下に?見ている。

とても、噛む。怒る。文句を言う。
伯母が何かすると、みーちゃんは末娘に猫語で告げ口にいくそうだ。

ゴミ捨て場まで一緒に行くのを日課にしていたそうで、ある時伯母がみーちゃんを一緒につれて行かなかったら、戻って来た伯母に「なぜひとりで行ったのか」ととても、噛んだそうだ。

だけれど、伯母はみーちゃんを、それはそれは溺愛していた。
優しいひとであるから、その愛情を猫という、とても人間の情に敏感な生き物が気付いていないわけがなく、おそらく、優しい伯母に甘えていたのだろうと私は思ってる。

そのみーちゃん、安楽死をすると、そう決まった。

私は詳細を聞いたのは、何もかもが終わった一週間後だ。

「前からね、みーちゃんは具合が悪くてね。体の中に水が溜まって、抜いたりしていたんだけど、どうしようもなくなったそうだよ」

母が私に話してくれた内容は、専門的なことはわからないので、やや省略してざっくりとしている。

「手術しますか、っていうことになって、さよこちゃん(伯母の名/仮)は手術はしないって決めて、家にね、酸素室を作ったの」

横たわって、ゲージの中。滅菌された中で、ゆっくりゆっくりと生きながら、時々激しく震えて、泡をふいて、苦しんで、苦しんで、苦しんで、もがく。

「息がね、できないんだって。だから、さよこちゃんが酸素のチューブをずっと、みーちゃんに向けてあげてるの。ずっと」

その期間がどれくらいだったのか。
当然、酸素吸入器も、簡易滅菌室も、レンタルではない。購入したそうだ。伯母の家は三人娘が成人し、長女の結婚式はそれはもう盛大で華やかだった。

伯母は長く住んでいた世田谷のマンションを売り、今は落ち着いた土地で夫婦二人で暮らしている。伯父は数年前に定年退職し、伯母はパートタイムをしていて家計を支えている。

私は自分がそうだったから、その時、自分ならどう考えただろうと、想像した。

滅菌室で、横たわるみーちゃんをじっと見て、チューブを掲げる。

いつまでだろう。
時折、苦しんでもがく。泡を吹く。
体に水が溜まっていて、触れられることももう嫌がるそうだ。母が「マッサージをしたら、気持ちよくなるんじゃないか?」と相談したのを「軽率だった」と悔やんでいた。

その状態をずっと、じっと見ている。いつまで?

働かないと、お金は稼げない。
治療費、薬代、どんどん出ていく。
伯母は多忙な人だった。人がいいので、たくさんやらなければならないことを抱えていた。

私は、自分なら、その時きっと「いつまで続くのだろう」と、きっと考えてしまったと思う。伯母がどうだったのかはわからない、きかない。

そして、伯母は何度も苦しむみーちゃんを見続けて、守り続けて、「安楽死をしよう」と行きついた。







「さよこちゃんに頼まれて、車を出したの。『ゆりちゃん、お願い』って頼まれて。それで、車で急いで向かって。みーちゃんが、私に鳴くのよね。みーちゃん、私のこといつも「なんだこいつ?」って感じで、嫌いなはずなんだけど、その時鳴くのよ。どういう意味だろうね、ってさよこちゃんと言って……滅菌室からみーちゃんを、さよこちゃんが出して、キャリーケースに入れた時、みーちゃん『またこれに入るの?』って、さよこちゃんのこと見たのよ」

ところで、私の母は不思議なひとで、昔から妙なものを見るひとだった。

簡単に言えば霊感のある人で、私がこっそり猫を拾って飼ったときも(私の一人住まいから離れていて、しかも連絡をしていないのに)夢で『……あの子が猫を拾った夢を見た……二匹!』と、充てた。妹が聞いていて(彼女は知っていたので)『隠し事は無理だ』と、私に告げた。

そのためか、猫の気持ちがわかるというか、察しが良い。

「それで、車に乗せて、病院へ向かったんだけど、あと少しってところで、みーちゃん、苦しみ始めたのよ。私は運転してて、さよこちゃんは必死になってて、やっとついて、駐車場にとめずにみーちゃんだけでもって、さよこちゃんからみーちゃんを受け取って、『さよこちゃん、この子、瞳孔開いてるよ……!』って言ったら、さよこちゃん『わかってる!!』って、叫んで。二人で病院に入ったけど、もう出来る事は何もなくて」

獣医さんは、伯母さんを「さよこさんは、立派にやりましたよ」と労った。

死後硬直が始まってしまうから、その前に、体を丸めて、目を閉じさせないといけない。母はみーちゃんを放すように伯母にそっと言う。

「……抱かせて、この子、抱かせてくれなかったから」

伯母は、まだ暖かいみーちゃんを抱いて、嗚咽した。

伯母が抱こうとすると、ひっかいて、嫌がって、唸って、いつも伯母の手首は傷だらけだった。そのみーちゃんを、ぎゅっと、伯母は抱きしめ続けたという。

みーちゃんが亡くなって、伯母はずっと自分を責めている。
その日ずっと、母は付き添ったが、あの時あぁすればよかった、自分は足りなかった、もっと、もっと、もっとしてあげれることがあった。

……あの酸素室から、出さなければよかった、とすら。







猫というのは、どうしても飼い主よりも先に死ぬ。そうあるべきだし、私は飼い猫をどう「死なせるか」を選ぶのが飼い主の責任だと、千の時に感じた。

安楽死について、私の考えは「選べた伯母を肯定する」というものだ。

私も千のとき、夜のとき、考えなかったわけじゃない。

苦しんで、いつまで続くのか。お互いに、お互いに、ただただ苦しい。地獄のような日々だけが続く。

私は、夜の時に獣医さんに言われた言葉があった。

「猫というのはね、どんなに苦しくても、死にたい、とは思わないんですよ。人間は死にたいって、自殺したいって、いう考えがある。でも、猫はね、死にたいなんて、考えないんですよ」

そう言われて、そう、言われたから、千を餓死させたり、安楽死はさせなかった。いや、と、いうのは、こうして振り返ってみると、それは、きっと違って。私は安楽死、自分が「死なせる」という、直接的な道は選べなかった。

幸いにも千は、もがき苦しむことはなく、ある朝息を引き取っていた。私が寝てる間だ。
……私は、自分が寝ている間に「終わった」ことを、本音のところではほっとしている。

伯母が安楽死、という道を選んだことを、私は尊敬した。猫を死なせる。言い換えれば自分の意思で殺す。そういうことを、選ぶのは、当事者が、溺愛していた人間が、それを、そうしようと決めるのがどんなものか、どんな感情か、どんなにむごいか、どんなに、考えても想像しても、実際のものよりはきっと軽いのだ。

結果的に、みーちゃんは滅菌室から出て、苦しんで、もがきながら亡くなった。

伯母は滅菌室から出すべきではなかったのか?

私は伯母が、みーちゃんの命を自分が受け止めて、一番良いと思う道、として安楽死を選んだことを、肯定する。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女30歳、脳梗塞、左半身不自由になりまして

ゆるり
エッセイ・ノンフィクション
あなたは突然半身不自由になったらどうしますか? 2014年、30歳の時、脳梗塞で半身の自由を失った女が一年後ウィンドサーフィンをはじめるまでの実話。 猛烈な吐き気に襲われ突然身体を動かせなくなり倒れた女は、最初に運ばれた病院で血液検査と吐き気止めの投与のみで無理やり帰宅させられた。 帰宅後吐き気に襲われ続け最後は血を吐いた。この時、倒れた時から何時間も経過していた。 別の病院へ運ばれ、脳梗塞と診断され、処置を受けるも、左半身の自由は失っていた。 「すぐに良くなる」と思っていたが、そうはならなかった。 身体的にも精神的にもショックは大きく、何度も「死にたい」と思ったが、一年後の夏に半身不自由ながらウィンドサーフィンをはじめた。

【完結】筋力も体力もない小太り用ダイエット(【係数】逆算法)

まみ夜
エッセイ・ノンフィクション
ダイエットで「痩せる」のに失敗した経験はありますか? それは、どうしてでしょう? こんなにも、科学が発達し、ネットに情報も溢れている、というのにです。 ・「一日の消費カロリー」に騙されるな 性別、身長、体重、年齢が同じで「事務仕事で週に1-2回軽く運動」している百人は、基礎代謝も「一日の消費カロリー」も同じ、と思いますか? でも、計算上、上記の百人は、同じ値です。 これを元に、-250kcalにして「痩せない」のは当然です。 だって、この「一日の消費カロリー」は、アナタの生活を反映していないのですから。 ・対象の違いに騙されるな アナタが求めているダイエット法は、「筋力も体力もない小太り」が対象ではありませんか? 「筋肉も体力もあり脂肪が少ない体形」なモデルやアスリートが勧める方法では、同じようには痩せられないのです。 お勧め筋トレの半分もできなくて、挫折しませんでしたか? ・商売人に騙されるな 基本、ダイエット法の紹介は、商売です。 本、器具、サプリ、食品などを買わせ、情報番組やネットでの広告収入、ジムの会費が目的です。 だから、ダイエットを「成功」されては、売り上げがなくなって困ります。 失敗したら、評判が悪くなる? いえいえ、逆に評価が高くなるカラクリがあるのです。 そもそも、そんなに効果のあるダイエット法なら、そろそろ肥満が根絶されていてもよくないですか? 誰だって、楽で派手で短期間でたくさん体重が減るダイエット法が好きなのです。 でもそれで、痩せました? その幻想を捨てなければ、楽な脇道に逸れて、ダイエットは成功しませんので、それらの矛盾点も指摘していきます。 では、どうするか? ・アナタの生活や運動を反映させた「1日の必要カロリー(基礎代謝×【係数】)」を知るための【係数】を3ケ月かけて測定、算出(逆算)します ・「筋力も体力もない小太り」向けの運動をご提案します ・摂らないと健康を害するもの、自炊ではなくコンビニ弁当で大丈夫、といった食事をご提案します あとは、痩せるカロリーを摂り、運動するだけのダイエット法です。 先に述べたように準備に、3ケ月間かかりますが、逆に言えば、それで「痩せる」のです。 ※ダイエット成功=健康障害を起こさずに「痩せる」と定義 ※痩せる=「筋肉の維持は考えない」と定義 ダイエット失敗の真の原因・誤解、普通に基礎代謝を計算してはどうして痩せられないのか、どう「痩せる」か実践方法などを、BMI28をダイエットでBMI21にした実体験、そのために調査した内容、最新のトピックスなどを交えて、解説します。 表紙イラストは、lllust ACより、せいじん様の「もだえる 女性」を使用させていただいております。

獄中日記

みゆち
エッセイ・ノンフィクション
女子刑務所で服役中に書いたもの

ああ憧れのオッパイさん

ニ光 美徳
エッセイ・ノンフィクション
第一子を産んだ時の授乳の話です。 マジメに書いてるので、エロは一切ありません。 この話は産前産後の話で、出産に携わったことの無い方には直接的で刺激が強いかもしれません。    なので、少しソフトにするために、  おっぱい・・・OP  乳首・・・CKB  という表記に変換します。  読みにくいかもしれませんが、ご了承下さい。 ⌘⌘⌘  私の頼るところは、担当の医師とネットでした。でも病院は大変忙しいし、私には余計な質問できるほどの知識が無かったので、医師に言われる事をYesマンとなってただ聞くのが大半。たまに補足説明をしてもらうために質問する程度。  なので、殆どネットのみです。  ネットがある時代で良かった。  もし私と同じように、このエッセイを読んで、参考になったと思ってくれる人が1人でもいたら嬉しいな、という思いで書きます。

桃源郷日誌

常盤
エッセイ・ノンフィクション
日常や現実逃避とか、いろいろ、とりとめのないことを書こうと思います。

平々凡々 2021

るい
エッセイ・ノンフィクション
毎日、何かを考えてる。   日々の出来事。 人間は、いつも“何か“を考えている。 そんな「考え事」を吐き出しております。

悪夢なら覚めれば良いのに

野良猫
エッセイ・ノンフィクション
これはとある人物のこれまでの人生 覚めることの無い悪夢である。 ※憂鬱な内容も含みますので、読み進める途中で気分を害する可能性がありますので、自己責任でお願い致します。 尚、誹謗中傷は受け付けておりませんので悪しからず。

小説が削除されてしまった件、アルファポリスにて

Sigint
エッセイ・ノンフィクション
投稿した小説が削除されてしまった件について。

処理中です...