10 / 13
10、これが勇者殿
しおりを挟むヘクセはそろそろ帰りたかったが、アキラ君が中々楽しそうである。
普段魔女の家の家事を頑張ってくれている男の子。しっかり者で、とても頼りがいのある良い子が、年相応に青春しているのを眺めるのが楽しい。
ので、さっさと帰るべきところを、長居してしまった。
具体的には、勇者殿が入場してくるまで。
「へぇ、あれが。今回の勇者殿」
「弟君と似ているでしょう」
聖騎士に言われて、確かに、と、ヘクセは頷く。
黒い髪は短く、肌は日に焼けていて健康そう。勇者として鍛えているので逞しい。体格は似ても似つかないが、確かに顔立ちはどことなく似ている。
銀色に輝く甲冑の騎士達に囲まれ、堂々としているその姿。勇者というのはまさにこのような、と、手本にしたいくらい。
華々しく、勇者殿と聖女様が紹介された。桃色の髪の美人が聖女様か。しかし聖女様は先ほどの妹の方とは似ていない。聖騎士が小声で、あの家は先妻の子が先ほどの妹さんで、聖女様は後妻の娘だという。
「……順番がおかしくないかい?」
「正妻が亡くなった後に、元々の愛人を子どもごと迎え入れたそうですよ」
醜聞極まりないが、後妻(愛人)の娘が聖女として認められ力を発現したので、男爵と後妻は真実の愛で結ばれていたのだ、家の事情で最初は一緒になれなかったが、などと、そういう美談になっているという。
「……聖女、ねぇ」
見た目は砂糖菓子のように愛らしいお嬢さん。
「自分の妹があんな地味な恰好をしているのを黙ってみているような女が聖女かなぁ」
「ご本人の意思を尊重している、という可能性もありますよ。女性の装いというのは、中々にこだわりがあるものなのでしょう?」
「私が普段地味な服ばかり着ているのは、私は何を着ても最高に美しいからで、普通の美人は努力しないと駄目なんだよ」
美人が努力しないで美人でい続けられる、というのは男の妄想である。
話が逸れた。
「これ、このままいたら、私は祝福を授ける……とか、そういう感じで名指しにされるやつだね?」
「でしょうね。魔女殿がいらっしゃっていることはあちらも把握しているでしょうし」
第二王子を氷漬けにするためにやってきたのだ、とはさすがに思われないだろう。
こうして普段出不精の魔女が、舞踏会にやってきた。勇者を祝福する為だ。引き受けてくださったのだと、そのように好意的に判断される。
「……」
勇者殿が紹介されているのを、アキラ君は黙って眺めていた。黒い眼鏡をかけた少年の表情は硬く、口元は引き結ばれている。
さて、どうしたものかと、ヘクセは考えた。
国王陛下から直々に、ヘクセへお呼びがかかる。
「断っても構いませんよ」
と、聖騎士様。
構いません、わけないだろう、さすがにここまで来たらと、それはヘクセにもわかる。
アキラ君が心配そうに見ているのも、ヘクセには困った。止めて欲しい、という色ではない。どちらかと言えば、祝福を兄に授けてくれるのだろうかと、不安に思っている顔。
そんな顔をされると、どうにも断り辛いもの。
仕方ない、と、溜息一つついて、とことこと勇者殿の前へ行く。
「はじめまして。柏木源一郎と言います。弟がお世話になっているようで……」
勇者殿は礼儀正しい青年だった。まだ若く見えるが、歳は二十、あちらの世界でも成人しているという。アキラ君は兄の話をあまりしたがらないから、ヘクセは勇者殿についてあまり知らないけれど、学生という身分であるのに対して、兄は勤め人だったという。そういう経験者であるからか、若くても幼さがない。
「祝福を、というけれど」
「はい?」
「神々からたっぷり貰っているだろう勇者殿に、今更どんな祝福を贈ればいいのやら。濡れた手で氷を触っても、皮膚がくっつかない祝福か、氷を食べた時に頭がキーンとならない祝福、どっちがいい?」
選ばせてあげよう、慈悲深いので、と真面目な顔でヘクセが言うと勇者殿が笑った。
「ぷっ……ははっ!あはは、はは!」
「……」
「す、すいません、失礼しました。いえ、その、弟がお世話になっている人が、良い人そうで……安心しました」
優しい兄の顔。
おや、まぁ、と、ヘクセは面食らう。
魔女が弟を預かっている、と知っているのに、一度も顔を見せに来ない勇者殿。弟への興味より世界を救う方が重要なのかと、英雄殿はすばらしいね、と、そのように思っていたのだけれども。
良い青年じゃないか。
それはまぁ、そうだろう。あのアキラ君の兄なのだ。あんなに良い子の兄が、悪い人間のわけがなく、アキラ君がこの兄を心配して、こんなところまできているのだから。悪い人間のわけがない。
「……」
ちゃんとした祝福をしてあげようか、とそういう気になる。
勇者としての人たらし、愛される才能から、ではなくて。弟のことをちゃんと心配していた兄に対して。兄のことを、心配していた弟に対して。何かとてもよいものを、授けてやろうかという気になる。
大それたものを贈るのなら、ちゃんとした支度をしておけばよかったと珍しくヘクセは後悔した。
そんなヘクセの耳に、悲鳴。
天井が、崩れる音。シャンデリアが落下して、下敷きになる人。流れる血。悲鳴、悲鳴。絶叫。
「勇者の祝いの場だというに、この私への招待状がないことは、どういうことか」
黒い長い髪。褐色の肌に、黒い瞳。黒衣。闇をそのまま人の形にしたような、いきもの。命があるのかないのか、それは神々にしかわからないが、大きな角を生やしているが人の姿をしてはいる。いきもの。
「魔王」
と、誰かがかすれた声で呟いた。
恐怖が一気に充満した。膨れ上がり、悲鳴は喉から出る事すら恐ろしくてできないと引っ込む。
静まり返る会場を魔王は一瞥して、目を細めた。
「勇者が現れたと聞く。そしてその成長を、のんびりと待ってやる親切心というものが、私にあるとどうして信じられたのか」
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる
六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。
強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。
死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。
再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。
※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。
※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
そんなにホイホイ転生させんじゃねえ!転生者達のチートスキルを奪う旅〜好き勝手する転生者に四苦八苦する私〜
Open
ファンタジー
就活浪人生に片足を突っ込みかけている大学生、本田望結のもとに怪しげなスカウトメールが届く。やけになっていた望結は指定された教会に行ってみると・・・
神様の世界でも異世界転生が流行っていて沢山問題が発生しているから解決するために異世界に行って転生者の体の一部を回収してこい?しかも給料も発生する?
月給30万円、昇給あり。衣食住、必要経費は全負担、残業代は別途支給。etc...etc...
新卒の私にとって魅力的な待遇に即決したけど・・・
とにかくやりたい放題の転生者。
何度も聞いた「俺なんかやっちゃいました?」
「俺は静かに暮らしたいのに・・・」
「まさか・・・手加減でもしているのか・・・?」
「これぐらい出来て普通じゃないのか・・・」
そんな転生者を担ぎ上げる異世界の住民達。
そして転生者に秒で惚れていく異世界の女性達によって形成されるハーレムの数々。
もういい加減にしてくれ!!!
小説家になろうでも掲載しております
続・異世界温泉であったかどんぶりごはん
渡里あずま
ファンタジー
異世界の街・ロッコでどんぶり店を営むエリ、こと真嶋恵理。
そんな彼女が、そして料理人のグルナが次に作りたいと思ったのは。
「あぁ……作るなら、豚の角煮は確かに魚醤じゃなく、豆の醤油で作りたいわよね」
「解ってくれるか……あと、俺の店で考えると、蒸し器とくれば茶碗蒸し! だけど、百歩譲ってたけのこは譲るとしても、しいたけとキクラゲがなぁ…」
しかし、作るにはいよいよ他国の調味料や食材が必要で…今回はどうしようかと思ったところ、事態はまたしても思わぬ展開に。
不定期更新。書き手が能天気な為、ざまぁはほぼなし。基本もぐもぐです。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
【本編完結】異世界に召喚されわがまま言ったらガチャのスキルをもらった
れのひと
ファンタジー
ガチャのために生き、ガチャのために人は死ねると俺は本気でそう思っている…
ある日の放課後、教室でガチャを引こうとすると光に包まれ見知らぬ場所にいた。ガチャの結果をみれず目の前の人に文句を言うとスキルという形でガチャが引けるようにしてくれた。幼女のなりして女神様だったらしい?
そしてやってきた異世界でガチャのために働き、生きていくためにガチャを引く、ハッピーガチャライフ(俺にとっては)が始まるのだった。
初回公開日より1年以内に本編完結予定です。現在他視点の追加を始めています。
【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜
櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。
和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。
命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。
さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。
腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。
料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!!
おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる