上 下
5 / 13

5、チョコレートと騎士

しおりを挟む

「それじゃあ、そろそろ帰るとしよう。次はまた五日後に」
「聖騎士というのはこんなに頻繁に城を抜け出していいものだったかな。暫く来なくていいんだけれど」
「ヘクセさん!もう、すいません聖騎士さん。あのこれ、夜食にどうぞ。サンドイッチなんですけど。以前美味しいと言って頂いたとんかつを挟んだものです」
「アキラ君、私には??」

 夜。
 夕食を一緒にした聖騎士が城へ帰る、というので玄関まで見送るアキラ君と氷の魔女のヘクセ。ヘクセは見送りというよりは、聖騎士が出て行ったあとにきちんと結界を張り直す為。夜に魔女の家に来るような者はいないだろうけれど、アキラ君と暮らすようになってから、毎晩きちんと、ヘクセは結界を張る様になった。

 多忙な聖騎士様が自分を心配して様子を見に来てくれているのだと信じて疑わないアキラ君は、こうして帰り際に「これ、お夜食に良かったら!」と土産を包むのを忘れない。
 また美味しそうな物をどうして聖騎士にばかり渡すのか、とヘクセが不満を漏らす。

「ありがとう、君が作ってくれるものはいつも美味しいので嬉しいよ」
「こ、こちらこそ……いつも、良くして頂いて……!」

 にこにこと聖騎士が笑顔でお礼を言うと、アキラ君が照れたように赤くなって俯く。

「いつも君に良くしているのは私だけど???私だけれども??」
「どちらかといえばヘクセさんのお世話をしているのは俺です」

 良くしてるのも俺です、とアキラ君は畳み掛ける。

「それに……聖騎士さんは俺が召喚に巻き込まれた直後から、色々良くして頂いているので、少しでも御恩がお返しできたら……嬉しいです」

 わりと人見知りをする傾向があるはずのアキラ君の態度。

 なるほど、懐いているのかとヘクセは頷いた。
 ズタボロになるまで王宮であれこれ追い込まれたらしいアキラ君。聖騎士殿はそれを救ってくれた恩人だ、と。アキラ君視点で言えば、王宮から「連れ出して」くれたのも聖騎士殿なのだ。

「あぁいう兄だったら、よかったなぁっていう、理想みたいな人なんですよ」

 聖騎士が帰って「騎士殿ばかり狡いのでは」と不平不満をもらすヘクセにアキラ君は呆れたように答えた。

「理想の兄……あれが……?」
「周囲に気配りが出来て、いつも穏やかで、優しくて、頼りになってって、最高じゃないですか」
「最高……あれが……??」
「ちょっと、なんですかヘクセさん。聖騎士さんを悪く言うなら夜食は無しですよ」
「いや、なんかこう……私の知る騎士殿のイメージと……君、大丈夫??悪徳商法とか、詐欺に騙されたりしない??」
「失礼な。俺はその辺はしっかりしているつもりです」

 そうかなぁー、あのうさん臭い騎士殿を全面的に信用している子など、心配で仕方ない。

「聖騎士さんは俺をここに連れて来てくれる時に、俺にずっと話しかけてくれたんです。これから行く所は良い所だから心配しなくていいって」

 アキラ君は思い返すように目を閉じた。

 雪道を、馬に乗るアキラの前を歩きながら、聖騎士は言葉をかけた。

『そこには君に悪意を持つ人はいないし、きっと君を守ってくれるだろう。最初は冷たく感じるかもしれないけれど、それは彼女の所為ではなくて、氷の魔女という特性でもあるんだ。大丈夫、彼女はあれで、懐に入れた者には優しいからね。彼女の元で暮らせる事は、きっと君にとっても幸福だ』

 吹雪く、冷たい風の中に、苦しい呼吸の中に見えた金の髪に、優しい声。それがどれほど嬉しかったか。

 と、そこまではヘクセには告げない。

「君は……ドナドナされたっていうのに……健気にあの騎士殿を信じて……」

 どこまで聖騎士への信頼が低いのか、ほろり、と涙を流すような演技をしながらヘクセはハンカチで目元を拭う。

 ちなみにドナドナというのは「売り飛ばされる」というこの世界の俗語である。

 アキラ君の世界では牛が売られに行く時の歌でドナドナというのがあるらしい。

「良い匂いだねぇ、何をしてるんだい?」
「チョコレートを刻んでます。ヘクセさんが詐欺師みたいに言う聖騎士さんがこっちでは珍しいチョコレートをくださったのでホットチョコレートを作ってるんです」

 アキラ君の世界ではいつでも気軽に食べられたというチョコレート。こちらでは平民が口にすることはまず出来ない、貴族と王族だけの嗜好品だ。

 ヘクセも食べるのは久しぶりだ。買えない事はないが、買って食べる程興味はなかった品である。

「ふーん……って、チョ、チョコを刻ッ……!?刻むッ!?一個で金貨一枚するチョコを!!?」
「え、いや、だって。食べたら一口で終わっちゃいますし、一応五つありますけど……それなら刻んでホットチョコレートにした方がいいじゃないですか。多分これ良いチョコですし」

 その形だって菓子職人が「この形がこのチョコレートに相応しい!」と考え抜いて作った物だろうに、まな板の上でチョコレートが容赦なく刻まれていく。

「こわっ……物資に溢れた異世界人の遠慮ない調理方法……怖っ……」

 ソファの背に隠れつつ台所を覗き込むヘクセはそんな軽口を叩く。

 刻まれたチョコレートは小鍋の中に入れられた。温めた牛乳が入っているようで、そこにトロトロと蜂蜜を加えていく。

「本当はコーンスターチを入れるとトロミがついて良いんですが、トウモロコシの粉って、そう言えばありませんね」
「もっと南の方へ行けばあるかもだけれど、この辺りは無いね。騎士殿に頼めば手に入れてくれるんじゃないかな」
「お忙しい聖騎士さんにそんなことをお願いはできませんよ」

 チョコがすっかり溶けて滑らかになったらカップに移す。湯気のたつ甘い香りのする飲みものだ。

「電子レンジでも作れますので、ヘクセさんが飲みたくなったら自分で作ってみてくださいね」

 作り方は書いておきます、とアキラ君は言った。

 日本語をヘクセが覚えてから、あれこれと彼は書いて残すことにしたらしい。
 街の雑貨屋で買ったノート(王都なので識字率が高く、こうした品が日用品として売られている)に、料理の作り方から、洗濯の仕方まで、事細かに書かれている。

 ヘクセが「読まないかもしれないよ」と言うと「読まないと困りますよ」とアキラ君はさらりと答えた。

 彼は本気で、ヘクセに魔法を捨てさせるつもりらしい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で引きこもり生活を始めたら、最強の冒険者になってしまった件

 (笑)
ファンタジー
現代日本で引きこもり生活を送っていた大学生、翔太。ある日、不慮の事故で命を落とし、異世界に転生する。そこで、美しい女神から「この世界で第二のチャンスを与えます」と告げられ、強制的に「チート能力」を授けられる。翔太は引きこもり生活を続けたいと考え、異世界の小さな村の外れにある古い屋敷に住み着く。翔太は「物質生成」と「魔力操作」の能力を駆使して、屋敷を快適な引きこもり空間に改造し、理想的な生活を送る。しかし、村が魔物の襲撃を受けると、村人たちはパニックに陥り、翔太も不安になるが、彼は自らの能力を使って村を救うことを決意する。翔太の勇敢な行動により、彼は村の英雄として称えられる。その後、翔太は美しい剣士エリナと出会う。エリナは翔太の能力に興味を持ち、一緒に冒険することを提案する。最初は引きこもり生活を続けたい気持ちと、新しい仲間との冒険心の間で揺れる翔太だが、最終的にはエリナと共に旅立つ決意をする。旅の途中で翔太とエリナは謎の遺跡に辿り着く。遺跡には古代の力を持つアイテムが隠されており、それを手に入れることでさらなるチート能力を得られる。しかし、遺跡には数々の罠と強力な守護者が待ち受けており、二人はその試練に立ち向かう。数々の困難を乗り越えた翔太は、異世界での生活に次第に馴染んでいく。彼は引きこもり生活を続けながらも、村を守り、新たな仲間たちと共に冒険を繰り広げる。最終的には、翔太は異世界で「最強の冒険者」として名を馳せ、引きこもりと冒険者の二重生活を見事に両立させることになる。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...