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4、電子レンジの話
しおりを挟む「電子レンジが欲しいです」
「なんだいそれ」
春の頃。
珍しく深刻な顔でアキラ君が「お願いがあるんですけれど」と話しかけて来たものだから、ヘクセは一体どんな無理難題を言われるのだろうかとワクワクした。
一緒に暮らして七か月。勇者召喚の成功が知れ渡り、世間は「これでもう大丈夫だ」と聊か浮かれていた頃合い。勇者殿の御威光で人里に近付く魔物も減り、物資の流れも回復してきたと、そういうご時世。
「物を温める箱なんですけど」
「オーブンじゃ駄目なのかい?」
あれだって、元々ヘクセの家にはなかったものだ。暖炉があるので、何か焼きたければそこで良いと、そのように。けれどアキラ君が「オーブンがあるとケーキが焼けます」と言うので、街の大工に頼んで作って貰った。
「そのでんしれんじ、というものでしか作れない……何か特別なものが……?」
「いえ、正直俺はオーブンさえあれば十分なんですが」
「じゃあいいじゃないか」
「俺の目標はこの家で美味しい料理を作る事ではなく、ヘクセさんの自立ですので」
「私は十分自立した女だと思うけど」
これでウン百年生きているので立派に自立して生きている自負がある。胸を張ると、アキラ君は顔を顰めた。
全く可愛らしい子だ。
アキラ君。
異世界から連れて来られた可哀想な子。勇者殿のオマケの子。別にこの世界にいなくても構わない。ので、この子は元の世界に帰りたいと望んでいる。だけれどこの子を元の世界に戻すには、ヘクセの魔力を全て使わなければ戻れない。
そうなるとヘクセは魔力を失って、それでどうなるのかはわからないが、死ななければただの人間に戻ってしまう。その時に、魔法が無くても生きていけるようにするのがアキラ君の「目標」だと、そのように決めたらしかった。
全く、可愛らしいこと。
魔法無しの生活を送って、ヘクセが困らなければ、魔力を捨ててくれと。あまりにも身勝手で傲慢な望みだ。だけれどヘクセはアキラ君の望みが可愛かった。死んでくれと言っているようなものだけれど、言われても不快感がなかった。これを言ったのがアキラ君以外であれば、ヘクセはその人間を氷漬けにして即座に砕いてやったが。
この子はそもそも、この世界の全ての人に対して「死んで」と願う権利があるとヘクセは考えている。
「便利なんですよ、電子レンジ。ヘクセさんが自炊するのに絶対に必要です」
「絶対に」
「はい、絶対にです。ものを温められるだけじゃなくて、調理に最適なんです。たとえばヘクセさん、目玉焼きを作ろうとして、フライパンを温めて油を引いて、割って、水を入れて蓋をして、ということが必要なんですけど」
「私は自分で目玉焼きを作ろうとは思わないよ」
「思ってください」
仕方ない。思うことにしよう、とヘクセが頷いた。それで想像してみて、首を振る。
「……フライパンを洗わないといけないんだねぇ」
「えぇ、そうです。あと使用後は油の飛んだ火の回りや壁もちゃんと拭いてください」
「……魔法陣く描いた方が楽じゃないかな」
「魔法は抜きです」
無理だ、と、ヘクセは諦めた。そんな面倒くさいことをするのなら、そもそも目玉焼きなんて食べない。生じゃ駄目なのか。いや、いっそ食事などしない。魔女なので食べなくても十年くらい生きていける。あぁ、そうか、魔女じゃなくなるので一日三食食べないと人間は動けなくなるのか。
「私は絶望的に、人として生きることに向いていない……」
「目玉焼き一つでそこまで諦めないでください。そんな貴方にぴったりな商品、それが電子レンジです」
カチャっと、アキラ君は眼鏡を持ちあげた。
「電子レンジ、それは火などの「熱」ではなく、振動による摩擦熱で食材を温めることが出来る箱です。いいですか」
既に設計図を用意してくれていたらしいアキラ君。テーブルの上に紙を広げた。
ヘクセが最近習得しようとしている日本語に、あちらの数式だ。この魔法世界では「火が起こる仕組み」というのは魔力や精霊の力が関係しているけれど、アキラ君の世界では「化学式」というので「証明」されているらしい。ちなみにその「化学式」こちらの世界では通用するものとしないものがある。この辺りが異世界、なのだろう。
「振動の摩擦熱ねぇ。君の世界の科学者という連中は面白いことを考えるねぇ」
物を温める、というのは火を使うものだという認識。ヘクセは氷の魔女であるので、領分としては反対だが、一応生物なのである程度の熱がないと死ぬ。なんで暖炉や毛布は必要だが、こういう考え方はなかった。
「なるほど、なるほど。箱の中の物に、なるほど、水分をねぇ」
アキラ君の書いた数式の意味は半分もわからないが、説明してくれるので、どんな魔法が必要かヘクセは頭の中であれこれ考えつく。
「これだと、卵を割って器にいれれば目玉焼きができる、と」
「そうです。それだけではなくて、野菜やお肉を調理することもできます」
「そんな……入れておくだけで!?」
「ある程度切ったり調味料は入れてください」
まるまる入れたら料理が出来る便利な魔法道具じゃないのか。
「なるほどねぇ。あらかじめ魔法陣を描いておいたら、魔法石で発動するわけだから……魔法が使えなくなっても問題ない、と。でも魔法石を買うお金が必要だねぇ」
「そこは光熱費……必要経費ということで」
「そういえば君の世界は水にもお金がかかるんだっけ」
蛇口をひねれば綺麗な水やお湯が出るのは素晴らしいと思うが、無料ではないらしい。便利はお金で買える、ということか。
「電子レンジねぇ。まぁ、いいか」
「作ってくださるんですか?」
「面白そうだからねぇ。良いよ」
頷くと、アキラ君が嬉しそうに笑った。ヘクセが使用するためだけじゃなく、日常的にアキラも
「あったらいいのに」と思っていたらしかった。
三日ほどであっさり作れて、ヘクセ宅には導入された。
けれどヘクセが「こんなの作ったんだけど」と、王宮に持って行ったら、魔術師たちが「こんな高位魔法の詰め合わせ……を我々が再現するのは不可能です!!」と大泣きしたので、この世界での普及は難しそうである。
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