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蛇は蛇
しおりを挟むその時、行動が最も早かったのはミルゲ・ホランドだった。
彼はまず自分がしなければらならないことをわかっていた。
状況の確認、生存者の把握、住民の避難指示が優先事項だった。
幸いなことに彼は自分が有事にどの程度の裁量が任されており、その行使できる権限のすべてを十分に発揮するにはどうすればいいのかわかっていた。
なのでこれは非常事態であると考えるまでもなく体が動き、この場にいる軍人たちに素早く指示を下した。
そしてミルゲ・ホランドがいた場所は貴族の屋敷。夜会のために大量の食糧が用意され、そして招待客は軍人と貴族だった。つまり、有事に行動するための者たちであった。
ミルゲ・ホランドの号令でジャン・ジャックが動き、その場の混乱は抑えられ、そして貴族たちは先の大戦の経験者たち、あの血の動乱を生き残った者たちだった。どのように指揮系統が動くのか、どう自分たちが行動することが一人でも多くの人間の命を救うことになるのか、つい昨日のように思い出せる者たちばかりだった。
まずこれが1つ。500年前と異なる点だった。
「おい、ギュンター!」
ある程度統率が取れ、誰もが自分たちに許された裁量の範囲で動く中、ミルゲはこの国の宰相に呼びかけた。ここから先のことは、前線を指揮する軍人の自分より、国単位で人を動かし判断を下せるイドラ・ギュンターの指示を優先するべきだとミルゲはわかっていた。
イドラ・ギュンターは夜空を流れる星のような蛇を眺めている。
「どうする、ギュンター」
犬猿の仲だろうが、いがみ合おうが何だろうが。戦場ではお互いの命を預けるに足る能力を持っていると、人格については度外視し、その才覚に対しての信頼があった。
そしてイドラ・ギュンターはこの場で最も、誰よりも、この状況がどういうことなのか理解できている人物であった。
彼はミルゲに一瞥をくれた後、自分の妻、ルーナに顔を向けた。
「まずこれは、あなたは関係のないことだ。よって、あなたは逃げなさい」
逃げる場所の候補として、ギュンターは隣国のアグドニグルの名をあげた。軍事大国であり、この大陸で最も武力を持つ国である。そこの宰相とは交流があったので亡命先としては適切だろうとギュンターは判断した。
しかし、ルーナは首を振る。
「関係がないわけないですよね?」
「なぜそのように思うのか」
「わかりません。だって、私が知る情報の中にあの蛇はいないですよ。でも、これは……私が無関係だとは思えないんです」
「君が何を知っているのか知らないが、あれは君とは関係のないものだ」
ギュンターは繰り返し言い聞かせた。
空高く動いていたはずの蛇が停止する。
ずっと、身動きを取らず、いや、ぐるぐるととぐろをまいた。当然、下敷きになった街はぐちゃぐちゃになり、つぶれる人の悲鳴が風に乗る。
けれど移動されるよりはマシだった。
移動するために潰されるものよりはマシだった。
「ふむそうか。やはりそうか」
何に納得いったのか、ギュンターは頷いた。
「ミルゲ・ホランド」
「なんだ!というか、さっさと何か指示を出せ!
「あれは蛇だ」
「見れば分かるぞ!!?」
「そうだ。ならば寒さに弱い。あれは生物なのだ」
ギュンターは全く慌てていなかった。
ゼーファ王朝が滅び、ステラがある程度の国の機能を回復させる時期を含め、このタイミングであったことが幸いした。
……あるいは、このタイミングは本当に偶然であったのだろうか。
ギュンターがくるり、と蛇に背を向ける。
すると、はらはら、と、空から何か落ちてきた。
白い何か。
雪だ。
しんしんと、はらはらと、雪が降ってきた。
夜空に星が見えながら雪が降る。
それも、だんだんと雲が出てきた。
雪の量が増えてくると、蛇の動きが鈍くなる。 とぐろを巻いた蛇の動きがのっそりと、寒さのなか、縮こまるようにぎゅるぎゅると、身を縮める。
「朝になれば陽が出、雪が溶ける」
ギュンターはそう呟いた。朝そうなればまた蛇が動き出す。
なのでギュンターは続いての指示を出し、集めた指揮官たちに現状の報告をさせながら、頭の中では別のことを考えていた。
皇帝の安否、ではない。それは彼にとって重要なことではなかった。
「まず1つ。あの蛇は我々には殺せないだろう」
海で鯨という巨大な生物はいる。人は鯨を殺すことができるが、それは海という、動くものがあって、人の体が陸とは異なる動きをすることが可能になるからだ。
が、空は無理だ。人は空を飛べない。
つまり地面で這いつくばって動きながら、攻撃できる範囲が限られている。
鯨は殺せても、あの蛇は無理だ。
この国で使える火薬や武器、人、兵器を総動員しても無理なものは無理だった。
「つまり、再度封じる必要があり、そしてその投げ込む命に、私が有効だろう」
*
私は、ルーナはこの状況を見てただひたすらに頭を抱えた。
ちょっと待ってほしい。この世界……というか、夜空の星屑はただのファンタジー小説じゃなかったのか。
聞いてない。
ラスボスにこんなのが出てくる、なんてそもそも聞いてない。
というかこれ何なんだろう?本当に。
意味が分からない。
(蛇ってこんなに大きいものなの?そもそも何なの?どこから来たのよ!)
分からないが現実的に蛇はいる。
なので、視界に入らないように目を閉じたって、まあ気配が感じられてしまう。
東京から静岡の富士山が見えるように。 どこまで遠く行ったところで、この蛇は目立つだろう。ここで見えてるということは遠く離れた。国にも見えてるわけで。
(……終わったな、この国)
第一部完
と、なるわけがない。
なぜこうなってしまったのか?
イドラ・ギュンター公爵はは私とこの蛇が無関係だと言うけれど……それはさすがにないだろう。
どう考えても、あの蛇のことを知っていただろう、王家。
代々続いた王家が隠していた秘密としか思えない。なんたって、王城のあった場所から出現している。これで無関係だと言い張れるのなら、あまりにも頭が悪い。
(うーん、うぅーん~~蛇が出るなんて全く、そんなフラグはなかったと思うんですけど)
ルーナは物語について考えた。
蛇。蛇というのは、つまり、オロチだ。
夜空の星屑の作者は日本人。登場人物をやたらと殺し「皆殺しの××」という不名誉な呼ばれ方をする作者だったが、日本人だ。
ということは、日本人の価値観がこの物語には反映されているわけで、魔法がなくても呪いがある。
そして大体蛇だ。
なんで世界観をヨーロッパなのにオロチなのか。
ヨーロッパで蛇の怪物がいることもあるだろうが。目に見えるオロチは銀のうろこに真っ赤な目。バジリスクとかヨルムンガンドとかじゃない。それらは神話上の神や怪物で、そうなるとこの世界に魔法がないのがおかしくなる。
だがこの世界に魔法は存在しない。それらはおとぎ話だけのものだという法則が揺らいでいない。
のであれば、目の前の蛇。つまり、日本人の感覚でいう所の、大きな蛇、つまり、山の神とか、そういう信仰対象になる生物。
代々こういうものの怒りを鎮めるのには生贄がいる。日本人が書いたのなら、ここで必要になる手段、鎮めために行うべきなのは生贄だろう。
となるとやはり私かな?
私だろうな。
私だよね。
私は納得してしまう。
作中の考察の一つとして、ルーナ皇女が死んで地震や飢饉が収まった。
それはどう考えても、その世界にはルーナ皇女の死が必要だった。
もちろん、私は死にたくはない。死にたい人間などあまりいないだろう。死にたくなくてイドラ・ギュンダー公爵と結婚したのがそもそもだ。
(だけど、まぁ……)
私は蛇から視線を、公爵様へ向ける。
(この方が死んだら嫌だな)
物語の中で、この方がいずれ死ぬのはわかっている。
だけど、それは蛇に圧し潰されてではなかった。そしてこの方は、この国のために生きて、そしておそらくはこの国のためにステラに反逆した志のある方だ。
本来、信念のもとに行動され、生きて死んだ方が、蛇が原因で死ぬのは嫌だと、そう思った。
「余計なことは考えないように」
気付くと、公爵様が私の目を片手で覆い隠した。何も見えなくなる。
「余計なことですか?」
「君とあれは関係ない」
「関係なくないと思います。と言うか、無関係じゃないですよね」
先ほどと同じやり取りをする。
だって、あんまりにも、あんまりじゃないか。
今夜は伯爵家に生まれた赤ん坊をお祝いする日だった。この国も、これから良いことばかりがあるだろうと、誰もが信じて疑わない夜だった。なのに、これはないだろう。
バッドエンドが好きな作者の罠か。殺意か。悪意か。最後の最後に残した凶器なのか。
何にしても、これはないだろう。
物語の規模を大々的に伝えるために無意味に死んでいく人たちの数を多くすればいいとでも考えたのか。
「これ私が生贄になると多分収まると思うんですよね。と言うか公爵様も、それを分かっていらっしゃいませんか?」
私は前世の知識を込みでたどり着けたことに答えたけれども、別の方向から公爵様は分かってるような気がする。
その証拠に公爵様は否定しなかった。
「まず1つ。君の考えは正確な答えにはならない。君の血があの蛇に有効だとして君を失えばそれっきりだ」
「つまり、公爵様はこうなるとわかっていて、私を妻に迎えられたのですか。私に子供を産ませれば、有効な血が増えるとわかって私と結婚してくださったのでしょうか」
「それは違う。断じて違う」
強い口調で否定された。
それはそうだろう。私にもわかっている。
私の血、正確には彼らが根絶やしにしたゼーファ王朝の血を量産するために、私を妻にしたというのなら、公爵様が私と初夜を無事に迎えられていないのはおかしい。
「……公爵様は、私がそう思い違いをしないように、寝室を別にされたのですか?」
公爵様は、その私の問いには答えなかったけれど、珍しく気まずそうなお顔はされた。私の肌に触れなかったことに対しての言い訳は別にありそうだけれど、それを言うのは嫌だと思っていらっしゃるような。
「血が必要であれば、私を使えばそれで良い」
「……は?」
私との初夜の話を避け、公爵様は突然妙なことをおっしゃった。
「たどれば私の祖母がゼーファ家の者である。よって、私の血も有用なはずだ」
公爵様の中ですでに答えは決まっているようだった。私が「は?」と停止しているのを良いことにてきぱきと、再度また指示を出し、そして、蛇が動き出した。
*
寒く、この場にいられないと。
雪が深々と降り積もり、このままでは寒くてもっと動けなくなると蛇の生存本能。
少しでもあたたかな場所……ではなく、蛇は人間の血が温かいと感じた。
動き出す蛇に、ミルゲ・ホランドが前線を指揮するために駆け出した。走り出す前に、二人の会話から「つまり、お前たちのどちらかが死ねばあの蛇は止まるんだな!」と念を押した。ミルゲ・ホランドは二人がお互いを説得する時間は稼ぐつもりだった。
そのためにどれだけの人間が犠牲になるのか、詰ってやりたい気持ちがないわけではなかったが、それを自分が叫んだところで、二人の意思がかわらないとわかっていたことと、その時間が惜しかったからだ。
*
「……公爵様の血が有効か、わかりませんよね?私の血だと確実ですよ」
「だが君の血は十年の保証を与えるが、それっきりになろう」
「私に子供を産ませる気のなかった人に、私が今死ぬことが血が途絶えるからダメだ、なんて言われても説得力がありませんよ。―――というか、もしかして……公爵様は、私のことが好きなのですか」
私はふと、いろんなものの答え合わせがこの言葉一つでできるのではないかと、そんな思い付きをしてしまった。
だってそうだろう。
だって、言ってしまえばこの方。恐ろしい死神公爵様。だって、この人。私が死なないように、代わりに自分が死ぬと仰っているようなものではないか。
至極まっとうな、これが道理だというような顔で、公爵様は自分が死ぬのが最も効率の良い答えだと仰る。
「だっておかしいじゃありませんか? だってそうでしょう。私が死ねば10年は確実に稼げるんですよ。私を引きずってでも蛇の前に連れていくのが……本当じゃありませんか」
「君はなぜそのようなことを言うのか、私にはわかりかねる 君はなぜ自分が犠牲になる道を選ぶのか」
「だって、私は王族ですよ。たぶんあれ、うちの王家の所為ですよ」
「だが、そもそも君はこの国に対して何の恩義もない。この国はなるほど、確かに君の生まれた国ではある。しかし、君は王族としての権利を得ていたわけではなく、預けられた伯爵家で十分な生活をおくれていたわけではあるまい。であるとすれば、君が王族としての責任を果たす必要は全くないであろう」
淡々と公爵様は語る。この言い方で私が納得するとお考えなのか。私は首を振った。
「いいえ。いいえ。私は今そのような話をしてるのではありません。公爵様。 なぜあなたが犠牲になるのかとその一点を確認したいのです。私が死ねば十年は確実に手に入るんですよ。皇帝ステラはきっと生きていらっしゃるでしょうし、ミルゲ・ホランドもお元気そうです。そこにあなた様が加われば、この国はどんな難題も乗り越えていけるでしょう。それだけの価値と、力のある公爵様を、ただの血袋として消費することは、無駄だとおわかりになるでしょう?」
私は淡々と言われた分だけ、言い返した。私、ルーナが皇帝ステラを刺殺さないのなら、ステラは長生きするだろう。英雄、物語の主人公なのだから、蛇くらい倒してもらわなければ困る。
こちらの投げかけに公爵様は一度目を伏せてから、はっきりと答えた。
「多くの国民が死ぬよりも君が生きてる方が重要なのだ」
あまりに、いつもとお変わりない声で言うので、私は目を丸くした。結婚の宣言をされたときと似ている。この方は、いつもあまりにも変わらない。
「……公爵様、あなた今自分が何を言ってるのか分かっていらっしゃるのですか?」
「これは愛だの恋だのと、言えるものではない。私はただ君に生きてほしいと考えているだけだ。君の意思を聞いてるわけではない。君の好きなようと言いながら、私は私の目的のために君に関わっている。私は私がそうであるべきだと考え、君がそうしたいと願っていることを否定している。つまり、私はこの感情の名前を知っている。これは傲慢と呼ばれるものだ。身勝手な、他人の意思と人格を無視した無礼極まりない行いだ」
これは愛ではない、と公爵様は繰り返し断言された。それはもっと尊いものであるべきだ、とそのように付け足して。
「…………おかしなことをおっしゃる公爵様。だって……あなた、それ……だって私に何を望んでいらっしゃるのですか?」
「私の望みはただ一つ、君が穏やかに過ごすことが当たり前であり続けることだ。幸福というものがどういいうものか、私には判断ができない。だが、君を脅かすものは全て排除しよう。脅威がなければ、君の日常が平穏であれば、それは、悪いものではないはずだ」
…………私は頭を抱えた。
この目の前の公爵様は、この国で最も頭がいい方なはずだ。
「公爵様」
「何かね」
「それを愛と言うのですよ」
私が告げると公爵様はは一瞬不思議そうな顔をした。私が公爵様に対して向けている目を、なぜそのような目をするのかと、理解できていないお顔。自分が醜い身勝手な胸の内をさらしたので、私が彼に向ける目はもっと拒絶感があるべきだろうに、というお顔。
そして私が困ったように微笑むと、公爵様は生まれて初めて、自分がこれまで他人に向けた目、相手の理解力が低すぎて呆れる、という目を向けられていることに気付いた。
そしてやや沈黙した後、1度目を伏せる。そして静かに呟かれた。
「そうか、君はこれが私の愛と思うのか」
*
さて、そんないろいろ七面倒くさい夫婦。二人がそのようなやり取りをしてる間。王都は良い感じにぐちゃぐちゃにされていた。何しろ蛇は人の肉を潰すと温かいとわかってしまった。学習能力が高すぎる。寝起きとはとても思えない。
前線でなんとか人の避難と、そして砲撃や矢でなんとか応戦を試みるミルゲ・ホランド。彼の必死の活躍により、
王都の貴族の動きはまとまっていた。彼の行動はまさに英雄だ、この方とともにあの化け物と戦おう、とそのように思える者が多かったことも幸いした。
しかしミルゲの心中は、自分が、自分たちが朝日を見ることはできないとわかっていた。前線を指揮し砲撃の音は鳴りやまず、士気も高い。けれど、何一つ有効的な手があるわけではない。
蛇の歩みは止まらない。
ミルゲは待っていた。
ギュンターとルーナ、どちらが死ぬか決まるのを待っていた。
ミルゲは自分が死ねばいいのであれば喜んで死んだ。ぐちゃぐちゃと、目の前で人間が潰れていく音と、蛇のうろこが赤く染まるのを間近で見続けるより、ずっと良いと思っていた。
しかし自分の命はなんの役にも立たない。ミルゲは自分はここで死ぬより、生きていた方ができることが多くあるとわかっていた。だから、イドラ・ギュンターが死ぬか、それともルーナが死ぬか。どちらかを2人が選ぶための時間稼ぎをすることを選んだ。
二人に死ねというつもりはなかった。命の取捨選択ができるのなら、した方が良い。
その間にも、取捨選択ができなかった人間は潰れ、死んで行く。
さて、そんなミルゲの葛藤は、この場合無駄だった。
ここから先の、ミルゲの慟哭や、死んでいく人々の描写を生々しく続けるよりも、物語の種あかしをした方が早い。
省略しても良いほど、ここで彼らの取った行動が無駄だったかといえばなかなか難しい。
何しろこの蛇に対してのやり取りは、この物語にそれほど重要ではない。重要なのは死神公爵と呼ばれた男が自分も死神ではなく、ただの恋する男だったという自覚を持つことだ。
そして死神に愛された女が、今度はちゃんと自覚を持ってお互いを愛し、慈しむ関係を作ることだ。
なので、この蛇のやり取りに関しては省略して良いが、彼らの潰された命が無駄だった、ということはない。
まず、誰も理解していないことだが、そもそもこの蛇。そもそも、500年前に封じられている。
そして、これは伝説の中で生きる存在ではない。
蛇は蛇だ。
瞬時に脱皮を繰り返すことができていたのであれば、おそらくは今より違った結末があっただろう。だができない。結局は呪いの道具として使われて、500年間穴に埋まっていた。
地面深く、人の恨みを吸って、ただの呪いの道具だった。
久しぶりに浴びた月の光で、怪物らしく大暴れしているが、500年前に生まれた蛇だ。
つまり500歳以上生きている。
生き物というものはそれほど長く生きられない。例外に植物、大樹があるけれど、蛇はヘビだった。
なので種明かしをしてしまうと、この蛇、まもなく死ぬ。
つまり、ここでギュンターがもの分かりよく自分を殺していたとして、ルーナ王女が公爵の制止を振り切って、自分の身を投げ出した場合。蛇の動きは確かに止まった。
ただ、それは言ってしまえば蛇の延命だった。蛇は再び道具に戻り、さらに10年長生きした。
そうしてまた10年後、必要な血と犠牲を頂ければ、また蛇は道具であるのでさらに10年生きた。
つまり、ミルゲがルーナとギュンターがどちらが死ぬか決めるために時間を稼ごうと、多くのドルツィアの国民がすり潰されたことは無駄ではなかった。
つまりそう。
今回はなんだかんだと運が良かったのだ。500年以上、国の苦しみを必要として封じられた蛇は、この国で500年ぶりに目覚めて多くの人たちをすりつぶして殺してしまったが、間もなく死ぬ。
500年間、この国に生まれた英雄たちが倒せなかった蛇が、老衰で死ぬ。
そして蛇はどんどん動きを鈍くした。
丁度その時、ミルゲの目の前に逃げ遅れた子供がいた。
気づいたミルゲが蛇の前に飛び出して、自分の死を覚悟しながら剣を突き出した。
この瞬間蛇の命が尽きた。
ぴたり、と停止した。
死んだのだ。
ミルゲの剣が、さくっと、蛇を刺した。
その瞬間、蛇が死んだ。
歓声が上がる。
英雄の誕生だった。
さて、この蛇。その死はとてもありがたいものだった。
なにしろ長く呪いの道具にされていた蛇だ。
その血はやや他の生き物とは異なった。
最後は石になりそして、その石はただの石ではなかった。
この石が後にこの国に対して他国を圧倒するほどの富を作るのだけれど、やはりそれはこの物語には関係ない。
この国がより豊かになったということは、今後もこの国で暮らすことになる死神公爵だったものと皇女だった女が幸せに暮らせるということだ。
それ以上の情報は必要ない。
とにもかくにもこれで蛇の騒動はめでたしめでたしだ。
ということでお次は、公爵夫妻の物語に戻ろう。
応援ありがとうございます!
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