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閑話:この世界の秘密について

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 さて、この物語はどのように進むのだろうか。

 そもそも、さて、ではここでいくつか疑問点の洗い出し、あるいは問題提起。

 先代の皇帝、今は虐殺王などと誹られているポロニア。悪逆非道の数々を当然と行い君臨してきた悪の皇帝。さらにその父親、祖父、曾祖父、代々君臨した皇帝らはいずれも人道的な皇帝だとは言えなかった。

 例えば長く続く国であれば、何代かそうした「暗い時代」が続くこともあるだろう。けれど決まって長くは続かずに、その子、その孫、あるいは親類が「良い皇帝」となり国を安定させるものである。

 だというのに旧王朝、ゼーファ王朝の統治にはそれがなかった。皆無と言っていい。それでも王朝の統治は続いた。

 さて、それは何故だろうか。

 考えれば簡単だ。続かなければならない意味があるからだ。
 どれほど国民にとっては都合の悪い、自分たちを虐げるだけの王朝であったとしても、この国の王にはゼーファ王家のものでならなければならない理由があった。

 理由は単純だ。
 
 怪物がいる。

 それは蛇だ。

 巨大な蛇。大蛇 例えばそれがドラゴンや魔物の類であったのであればところどころ出没する英雄だのなんだのが討って伝説の一ページになるだけだったかもしれない。そうした存在なら、それなりに倒す方法もあっただろう。

 本来怪物というのは、人間に倒されるために存在していると、子供向けのおとぎ話でも相場が決まっている。脅威が龍や魔物であれば、それは神話の世界のもの。神話の存在に対して、魔法や伝説の武器、あるいは神々の助けなんてものも得られたかもしれない。

 けれど、この国にいるのはただの蛇だった。大きな蛇。ただの生き物。山よりも大きなだけで、火を噴くわけでも、竜巻を起こすだけでもない。蛇。なのでたかが蛇が存在しているだけでは、神話の世界になることはできなかった。

 剣で切っても槍で刺しても、そもそも剣が肉の中まで届かない。弾かれてウロコで弾かれてしまう。当然弓矢も無意味だ。火薬で多少傷があったとしても脱皮しておしまい。脱皮されればさらに大きくなるばかり。

 そういう生き物をどう殺せばいいのだろう。
 動くたびに地形が変わり、人の街が潰され、下敷きになった人間は骨と肉がぐちゃぐちゃになって大地に沈む。

 逃げ延びた場所で国を再建しても、蛇の通り道になれば何もかもやり直しだ。
 当然討伐隊は時代時代で何度も組まれた。英雄という存在が時々発生して、蛇に傷をつけるくらいできたとしても、その血が毒だった。気化すれば森を枯らし不毛の大地にするほど。

 何度も繰り返すが、この世界には魔法がない。存在しない。物理的法則に従って、まずありえない。この世界は地球という星と同じく重力があり、万物の法則は揺るがない。

 しかし、どこぞの星と同じように、魔法がなくとも、神の姿が見えずとも、奇跡がなくとも、人が集まり言語を交わし、文化というものが組み立てられると信仰は存在するようになる。

 祈り神が答えずとも、人々は神の姿や教えを想像し、よき人間であるために振る舞いについて考える。

 祈りがあれば、当然次に呪いも生まれた。 

 魔法の類がない世界でも人の恨みつらみが濃くなれば、それは“呪い”になるという考えがまかり通り、そして奇妙なことに、神の存在が証明できずとも、呪いは存在するようになる。

 蛇に三度国を潰されたドルツィア帝国には王がいた。黄金の瞳を持つ王だった。

 この王は、この蛇を人の憎悪で縛り封じることができるのではないか…………ではなくて、その蛇を呪具に仕立ててしまえばいいのではないかと、そんな発想。

 たとえば壺の中に百匹の蟲を入れて食い合わせるだとか、無力な獣を苛め抜いて苦しみ嬲り殺して頭を使うだとか、十日間罵声を浴びせ続けた水を人に飲ませるだとか、人が人に悪意を放つ時に、人は他の生物や道具を使用する。

 と、いうわけでその当時の王は「よし」と心を決めた。

 当時の国民の半分を次々に巨大な炉で溶かして武器を作った。

 大蛇を封じた。 

 歴史書に記すとすればたった数行だ。

 けれど実際はもう少し長く書いてもよかったはずだ。

 大蛇は落とされた。どこへ?穴の中へ。
 地面の穴深くへ自分で進んで落ちていった。穴があることなど考えもしなかったのだろうが。とにかく落ちた。

 なんでそんな穴があったのかと、それはさらに遡ることになる。この国のいや、この世界の闇の部分なのだけれど、今回の物語には関係ない。 
 なので今回はこの大蛇がその大穴に落とされて、生き残った国の半分の人間のさらに半分がその大穴に突き落とされて蛇への供物となった。

 百年かけてその大穴が埋められて、その間に人間が増えて、国が建てられた。

 けれど人の恨みというのは風化する。覚えている人がいなければ、彼ら彼女らの記憶というのは薄れていく。 

 なので代々王たちは考えた。 
 この大穴の上に作られた国がある程度の苦しみを持っていれば良いのではないか。
 
 理不尽と不条理、不幸と悲劇に、可能な限りの負の連鎖。
 一番いいのは農民だった。 
 彼らはよく増える。土地に縛られるし、学がなければそこから離れない。一か所にある程度の人数を集めて差をつければ他人を蹴落とし自分と他人の違いについて正当性を見出したがる。

 彼らの血と汗と涙は大地に滴る。
 彼らの耕す大地に、踏み歩く大地に世への理不尽に耐える感情がよく染み込む。
 
 もちろんただの人間たちの恨みだけで大きな怪物が閉じ込められるわけではない。
 そこにはもう1つ仕掛けがあった。 

 ゼーファ王朝。皇帝、代々の王族たちの家系図をよくよく見てみればふと。妙なことに気付く。 

 大体10年単位で王族の中の誰かがどこかの貴族家に養子に出される。 

 例えば側室の子であるという理由で。 
 例えば体が不自由だと理由で。 
 例えば王族の争いに敗れたという理由で。 

 もっともらしい理由がちゃんとあるので、特にその当時は誰も不思議には思わない。けれど百年、二百年単位で見返してみれば、一定周期で王族が消えている。
 王家の血を持つ者が所の貴族に下げ渡されて、そしてそのまま行方知れずになる。記録に残らない。 

 あえて、王家の自分が貴族の家系図に残りたくないのだろうと。そのように思われるような振る舞いをして当時は確かに存在したはずの王族が消えていく。 

 大体10年単位だ。 



 さて、それでは歴史の勉強をこのあたりにして、それでは、今回の不幸に関して見つめなおしてみよう。
 今回は不幸なことが重なった。事故であるとも言える。

 最大の不幸はその秘密を知る者が、時代の変化によりぐっと少なくなったということだ。

 さらに、たまたま英傑、英雄、ヒーローと、人々に崇められる存在が地方に生まれてしまったことにある。 

 これまでこの国は幸いにして、農民たち平民たち、自分たちが不自由であるということを理解しながら、立ち上がる気力があったとしても現状を変えられるだけの才能のあるものがいなかった。 

 貴族たちもある意味、ただ自分たちの義務を果たしていただけといえば、そうだが、別に蛇の存在を認知はしていなかった。あまりにゼーファ王朝がうまくやりすぎて、不満の声を上げる者たちが弱すぎて、誰も何も知らなくても貴族というのは、まあ他人から摂取するものだろうと染み込んでしまった。
 国の方針がそうなのだから、彼らが間違っていたとかと言えばそうでもない。
 これはなかなか難しい判断だ。
 貴族たちが彼らの父、祖父、曾祖父から教えられてきた貴族としての振る舞いをしたことにより、ドルツィア帝国の地面深くには蛇がまどろみ続けてこれた。 

 つまり結局のところ、この国はこれから滅亡する。

 滅亡しないために、国民を救うためにと英雄ステラは剣を取って立ち上がり、不幸にもイドラ・ギュンターがただの英雄にはできない準備を何もかも整えてしまえた。

 その結果、これからこの国が滅びる。

 多少猶予はあったが、精々一年かそこら。その間に、皇帝ポロニアが毎年行っていたように、城の地下深くから蛇の口元に罪もない無垢な少年少女を送り込んでいれば多少は時間が稼げたかもしれない。
 だが今回、それは行われなかった。 

 なので当然この華やかな夜会の場。
 今後これから、偉大なる皇帝ステラの公平で正しい統治の元、これまでの貴族たちの振る舞いが正され、平和で平穏で良い国が始まると、多くの者が思って浮かれて、これからの幸福に酔いしれていた。

 そこへ、大地震。

 立っていられないほどの大きな揺れ。

 屋外に出たものが最初に目にしたのは巨大な影。 

 あちこちから聞こえてくる。悲鳴。 

 ばっかりと。 
 国が割れた。

 城が大地の中に飲み込まれた。 

 そうして夜空を覆うほどの巨大な蛇。 

 月のあかりを受けて輝く白銀の鱗。 闇夜の中でもはっきりと分かる赤い瞳。 

 蛇だ。巨大な蛇。 

 現れたこの怪物の前に、まず生き残っている国民の9割は混乱した。それはそうだろう。魔法のないこの国で、そんなものがおとぎ話のなかでしか存在しないことが「常識」の人々の目の前に、あまりにも自分たちの常識に当てはまらない存在が出現した。巨大な生物といえば精々が森の中で熊がいるくらい。

 壁は崩れ。人々の心の支えであるはずの城は見る影もない。
 残った国民の1割のうちの半分は自分たちが反撃の術をがないことを理解した。 

 そうしてさらにその半分の半分は逃げ出す冷静さがあった。 
 けれどどこに逃げればいいのか?という算段が付けられない。頭が良かったので、自分たちが逃げられないことを早々に理解して、その半分の半分の半分はその場で自害した。 

 まあ正しい選択だっただろう。 

 さて、こんな物語の登場人物であるイドラ・ギュンター公爵とルーナ皇女、そして英雄ステラと並ぶ武力を持つミルゲ・ホランド卿。 

 この3人がこの場に同時に合わせたことは幸運だっただろう。 

 何しろこの時この瞬間、ルーナはただ1人この大蛇がこの世界の秘密の一つであると理解した。

 彼女はこの世界、いやこの世界に似た物語の世界を知っている。 

 もちろん、彼女が前世で読んだ物語の中に、この蛇は存在しなかった。その小説、物語はあくまで人間たちの人間関係の複雑さと感情のすれ違いを味わうためのもので、ドラゴンやピクシーといった幻想的な存在が必要なかった。

 けれど、彼女はそれなりにこの物語を愛していた。ので、彼女が表面的に読んだだけの物語の矛盾点をいくつか感じていた。 

 そもそもなぜ? 
 王族のようなもの達が貴族たちが反乱され、滅ぼされるほどの悪行を続けてきたのか? 

 単純に頭が悪い、善悪の判断がつかなかったと言えば、それまでだが、それにしてもここまで悪政を続けられるものだろうか。意味がわからない。これはおかしい。国として存続できないだろうというツッコミ。 

 そしてもう1つ。 

 何もかも無事に終わったはずの第1部。まあ、皇帝ステラは死んだが。
 国はこの後、まあ平和にいるだろうと思われた。 なのに、第2部になって地震が続き、人々の情緒がおかしくなっていく描写がくどいほどに書かれていく。

 何かおかしかった。

 けれどその地震や人々との不穏な様子は第二部の主人公にルーナ皇女が殺され、主人公が自分の母の死体と人生をもうこれ以上誰にも利用されないようにと、彼女が生まれた王城の地下深くに湧き出る泉に沈められてから、一切消える。
 
 考察としては、このルーナ皇女が地震の原因だったのではないかという考え。

 何か彼女の憤怒が国を揺るがしていたのではないか。彼女は悪女というキャラであったので、彼女が死ぬことで国が救われたという。そういう暗示ではなかったのだろうかと、それは考えられることだった。

 けれど。 

 たかが女。
 悪女という設定をつけられたとはいえ、ただの何もできなかった女が。 一体なぜ国を揺るがすことができるというのか。

 物語のタイトルも不穏だった。 

 夜空の星屑。 
 星くずだ。 

 スターダスト。 
 流れ星。 

 主人公はステラ。星。 

 ステラが死ぬ暗示だろうかと思われたが、ステラの死の描写は地に落ちたと、何度も「大地」という単語が繰り返し使われていた。くどいほど。

 星は落ちるものだ。

 けれど、小説のタイトルは夜空の星屑。 

 そうして今、大地を揺るがす存在が夜空を覆い、大きく動く。 

 その真っ赤な目が燃えるように動く。 

 まるで夜空に延々と流れ星が動いているような。 

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