1 / 18
堂々とした戦略結婚です!
しおりを挟むこんな人と結婚……無理では?
帝国ドルツィアは首都ローザツォンの大聖堂。金銀宝石巨大シャンデリアに巨匠たちの宗教絵画。壁の模様一つにも意味があり気合が入った造りの聖なる場所で、ルーナ・ヴェーラ伯爵令嬢は顔を引きつらせた。
目の前には黒と銀の配色の軍服をきっちりと着こなした偉丈夫。顔色は土色でかなり悪いがこれが素なのだと顔合わせの場で短く言われた。目の下にはくっきりとした隈。黒い目は濁っていて、目の前にいるルーナがウェディングドレスを着ていなければ、これが今日の主役、輝かしい花婿その人だとは誰も思わなかっただろう。
「いやぁ、めでたい。なんでもまぁ、喜ばしいことだ! 我が忠臣であるイドラ・ギュンター公爵が帝国一の美姫を妻に迎えるとは!!」
本来なら聖職者が立つ場所には皇帝ステラ。輝く銀の髪に紫の瞳の神々しい容姿を持つ美男子はつい三年前に即位した元平民だ。500年前の覇王の魂を持った生まれ変わりで……現王朝は簒奪者だと北の地で挙兵して、帝国全体を巻き込んだ大戦を起こした人物。
その大戦でルーナの大切な人たちは死んだ。
……好きか嫌いかと言われたら、ルーナは新皇帝陛下のことは「死んでくださいまし」と真顔で言って雑巾を絞ったカップを差し出したいくらい嫌いだが、そんなことは今はどうでもいい。
問題は。
「……あ、あの……閣下?」
「……ッチ」
結婚の誓いの言葉をルーナは淀みなく紡いだ。向かい合って相手の瞳を見ながら、相手の瞳に写る自分自身に対して誓いを立てる。自分を裏切ることは誰にもできない、というドルツィアの昔からの伝統だ。
しかしルーナのお相手、イドラ・ギュンター公爵は黙ったままで、どうしたものかとルーナが声をかければ、忌々しいと顔を顰めた上の……舌打ち。
「……」
ひどいのでは?
ルーナは表面的には幸せいっぱいの花嫁の顔のまま、さすがにこれには傷ついた。
嫌なことはわかる。理解してる。
それにしたって、この男は……あまりにも配慮というものがないのではないか。
「あら……」
「まぁ」
「やっぱり……ねぇ?」
ヒソヒソと、静かな大聖堂だからこそ、心無いささやきが聞こえてきてしまう。
ただでさえ、歓迎されていない花嫁。
不機嫌さを隠しもしない花婿が花嫁をどう思っているのか、誰の目にも明らかだ。
(あなたの態度が、わたくしの今後を決めるのですけれど)
あぁ、これで。貴族の令嬢ご婦人たちはルーナを「侮っていい存在」と判断するのだ。
今を時めく新星。煌めく麗しい帝国の星ステラ陛下。その片腕、参謀、新皇の即位一番の功労者であるギュンター公爵の花嫁。肩書だけなら、まだ未婚の皇帝に皇后がいないこともあり、この国で最も身分の高い夫人になるであろうルーナ。
ただし、その生まれが少々複雑だ。
忌み子。災い。悪しき子と、そのように生まれたルーナを皇帝が側近の花嫁にさせた意図を誰もが考えた。
イドラ・ギュンターは別名「死神」公爵。
彼が彼の懐にある黒い手帳に名前を書けば、その人物はこの世から消えると言われている。
デスノートじゃん。と、ルーナは前世で思ったものだ。
実際は懐にある黒いノートはただのメモ帳のようなもので、他人の悪事や不正が書かれており肌身離さず持っている、というだけなのだが。
その死神に忌み子が嫁いだ。
誰もがその意図を考えた。
そしてこのギュンターの態度。
容赦を知らない、皇帝のためであればどんな残酷なことも眉一つ動かさずに行うという恐ろしい男。先の大戦では井戸に死体を投げ込んで街に伝染病を流行らせたとか。相手の戦意をそぐために捕虜たちの目玉をくりぬいて手に持たせ、自軍へ歩いて戻らせたとか。
そういう恐ろしい男のもとへ、忌み子のルーナが嫁いでく。
「つまりこれで、前王朝は完全に皇帝陛下に屈したということだ!」
「皇帝陛下万歳!」
「新王朝万歳!!!!」
ステラを心酔する若手の貴族が感極まったように叫び、喝采が沸き上がる。
ルーナは羞恥心で真っ赤になった。
(わたくしを笑い者にするために……!)
ルーナはそっと目を閉じた。
兄や父のように殺されなかっただけ良かったと思おうとしたけれど、生き恥とはこのことかと思う。
耳を塞ぎたかった。だがルーナにも自尊心はあり、ここで震えて泣きながらバージンロードを逆走するほど道化にはなれない。
「騒々しい」
恥辱に耐えるルーナの耳に、ひやりと冬の雪山の泉の水のように冷たい声がかかった。
ぴたり、と歓声が止む。
あれほど興奮していた貴族たちが、ギュンターの静かな声一つで真っ青になり身を縮めてなんとか自分の存在をこの世から少なくしようと試みている。
静寂が再び大聖堂を満たすのにそれほど時間はかからず、イドラ・ギュンターはそれっきり周囲には興味をなくしたように再びルーナに向かい合い、青紫の唇を動かした。
「これより君は我が妻である」
普通ここは、愛することを誓います、とかじゃないのか?
業務内容を告げるようなさっぱりとした言い方に、ルーナは思わず目をぱちり、とさせてしまった。
*
【銀河の星屑】という作品をご存じだろうか。
昭和の名作。まだスレイ〇ーズが発表される前、ライトノベルではなくて「ファンタジー小説」というくくりで、雑誌で毎月掲載された作品が本になるような、そんな時代の作品である。
物語はお決まりの男主人公の成り上がり。
国が始めた戦争によって、巻き込まれて村を焼かれた少年が姉の死体に泣き縋りながら「国民に犠牲を強いる王家など滅びてしまえ」と誓うところから始まる。
身もふたもない話だが、この村が焼かれた理由は作者の「一作品に一つ村を焼く」という信条で焼かれただけで、別にこの村でなくてもよかった。この村でなければ少年は復讐鬼になることはなかったが、そうなって貰わなければ物語は始まらない。
まぁ、それはいいとして。
その復讐に燃える勤勉な少年は傭兵から変わり者の貴族の弟子→養子となり、現王朝に不満を持つ勢力をまとめて、北の辺境伯、皇帝の甥と手を組んで挙兵した。バッタバッタと立ち塞がる敵!はびこる陰謀の数々を捻じ伏せて玉座に付き、立派な皇帝となる……!!まぁ、最後は死ぬわけだが。物語は毒殺された皇帝が腹心に遺言を残すことで幕を下ろす。
その毒を盛った犯人は~~~~~?
なんと皇帝の皇后となった女性。
それは~~~~~~~~~?
イッツミー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
前皇帝ポロニアの双子の妹、ルーナ、つまり私である。
____________________________________
こちら完結済みで最終話まで予約投稿しております。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中

【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

すり替えられた公爵令嬢
鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。
しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。
妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。
本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。
完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。
視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。
お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。
ロイズ王国
エレイン・フルール男爵令嬢 15歳
ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳
アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳
マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳
マルゲリーターの母 アマンダ
パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト
アルフレッドの側近
カシュー・イーシヤ 18歳
ダニエル・ウイロー 16歳
マシュー・イーシヤ 15歳
帝国
エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(皇帝の姪)
キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹)
隣国ルタオー王国
バーバラ王女

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる