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4、同業者?え、困ります
しおりを挟む「またあの魔女の仕業だ!もう我慢ならない!」
「うちの息子も連れていかれたよ!何を言っても、正気に戻らない、もう手遅れになっちまう!」
街を出て暫く、鄙びた寒村にたどり着いた私たちは、村に入れなかった。
村の入り口の前には中年女性や中年男性が集まって、何か話し込んでいる。
そこをそ~っと通り抜けられるわけもなく、ルドヴィカと顔を見合わせて佇んでいると、そのうちの一人が気付いてくれた。
「うん?あぁ……旅の方か?珍しいな……」
「あ、はい。すいません、あの、私たちは……××街から来た者なんですけど……」
「あぁ、あの街の方か」
先日一時間程滞在した街の名を告げる。
嘘は言ってない。そっち方向から来たのは本当です。
村人さんたちは何か勝手に納得してくれた。私とルドヴィカを見て、街から親戚のいる別の街に行こうとしている兄妹とか、そういうのを想像したのだろう。こちらもあえて訂正はしない。
「宿屋があるって聞きましたが……」
「あぁ、一つだけだがね。食堂も兼任してるから、食事がまだならそこで食べると言いよ」
「御親切にありがとうございます」
ほらルドヴィカもお礼を言って、と軽く服を引っ張ると、私の養い子はそれはもう、太陽のように輝く笑顔でにこりとして、村人さんたちに向かいった。
「はじめまして!僕はルドヴィカで、こちらは主人のお嬢様です。感じの良い村で安心しました!さっそく宿に行って、ご提案通り食事をしたいと思います。何かおすすめの料理はありますか?」
眩しい!眩しい!なんてキラッキラした笑顔なんだろう!
タレ目で愛嬌のある、大柄な青年のこの態度!
体の大きさからくるギャップ!人懐っこさ!完璧な社交センス!
私の養い子は完璧ですね!
誇らしく見ていると、ご婦人たちもうっとりとした目でルドヴィカを見ている。男性陣にも「今時しっかり挨拶も出来て、好ましい青年」と好評だ。
ルドヴィカのおかげで私たちは宿屋の料金を少しサービスして貰えて、さらに夕食は街の面白い話を聞けるならタダでいいよ、ということになった。
良い村ですね!
夕暮れ時のため、宿屋兼食堂には人が集まっていた。一日の労働を終えたおじさんたちがちょっとお酒をひっかけに、というらしい。もちろん真っ直ぐに家に帰る人もいるし、家族で食事をしている人もいる。
ルドヴィカは見知らぬ人達とも直ぐに打ち解けて、お酒を注いで回ったり、気に入られて椅子を薦められ、話をしたりと忙しそうだ。
「あら、お嬢ちゃん。お兄ちゃんを取られて寂しいでしょうに、一人でお行儀がいいねぇ」
「え、あ。はい。ありがとうございます」
「あっちの兄ちゃんもそうだけど、今時ちゃんとしてて偉いもんだ。良い所の子なんだろうなぁ」
私に近付いて来たのは茶色い何かの乗ったお皿を持ってきたおばさん。宿屋のおかみさんらしい。
「よかったらこれも食べな。林檎をバターと一緒に焼いたやつでね。シナモンとお砂糖をたっぷりかけてるから、美味しいよ」
「うわぁああ、ありがとうございます!わぁ!」
「そんなに喜んでくれるとこっちまで嬉しくなっちまうねぇ。街じゃこんなのよりもっと美味しいものがあるだろうに」
「街のパンケーキも美味しいですけど、こっちも負けないくらい美味しそうです」
絶対美味しいやつですねこれ、と私は確信をもって頷いた。
欲を言えばアイスをこう、ぽん、と、置いて頂きたいところですが……アイスクリームは高価なんです。村で食べられるわけがない。
……あぁ、あの村で暮らしていた頃はアイスを食べたいなんて思わなかったのに、この数日の旅であちこちの美味しい物を食べるようになり……すっかり贅沢な魔女に……。
「うぅ、美味しいです……堕落するぅ……」
焼きたてのあっつあつの林檎に、浸み込むバター……シナモンのちょっとツンとした香りが、リンゴの甘さに物凄く合う……。
熱で溶けた砂糖がパリパリになっているのもポイントが高い。
「……あんたも、あっちの兄ちゃんも、良い子たちだね。悪い事は言わないから、この村にはあんまり長居するんじゃないよ」
「……へ?」
私をにこにこと眺めていたおかみさんは、ふと表情を曇らせる。
「……あの、私たち、ご迷惑なんでしょうか?」
「そんなことはないさ。でもね……あっちの兄ちゃんは、良い男だからね……魔女に攫われちまうかもしれない」
「ま、魔女!?」
思わずガタン、と私は椅子から立ち上がった。
私の叫び声に食堂が一瞬シーンとする。
「あ、えっと……その、ご、ごめんなさい」
「……いや、いいさ。なぁ」
「あぁ、そうだ。あんたら、悪いやつらじゃないしな……ちゃんと、言っておかねぇと」
「そうだな。こんな話、村の恥だが……あんたらが巻き込まれちゃ、不憫だ」
先ほどまでの楽しかったムードから一変して、食堂内が重苦しい雰囲気になる。
「……魔女って?」
ルドヴィカが私の側に戻って来て隣に座る。おかみさんに問いかけた。
「……森の中に住み着いてるのさ。時々ふらっと思い出したように村に来ては買い物もするんだがね、気に入った男を浚っちまうんだ」
「……そんな、酷い」
労働という観点から見ても、村にとって男性は重要だ。畑仕事は女性だけじゃどうしても手が足りないし、防衛面でも男性が少ない村だとわかれば野盗に狙われやすくなる。
「あ、あの、その魔女って……どんな魔女なんです?」
この村は私たちの住んでいた村から離れているが、同じ国内の魔女であれば名前くらい知っているかもしれない。もし、その魔女が称号のない魔女だったら、一応、まがりにも、大変申し訳ないことに、私は称号持ちの魔女だから、この村の近くにいる魔女が私より若い魔女だったら、私の言う事を聞いてくれるかもしれない。一万分の一くらいの可能性で。
「名前はフィオーネ。金色の髪に青い目の女だよ」
「歳はまだ三十になってなかったよな?」
「あぁ。十六で嫁いできたから、まだ二十二か?」
あれこれと、村の人達が情報を提供してくれる。
その場はすっかりと、そのフィオーネという魔女の話で盛り上がってきた。
どうも、その魔女さんは雨を降らせ続けたり、作物を腐らせたり、村人を屋根から落として怪我をさせたり、被害は甚大だそうだ。
「なんて酷い……それに、そんなにたくさんの魔術を使える魔女なんですか……!」
私はすっかり驚いて、委縮してしまった。
フィオーネという名前の魔女は知らないが、そもそも魔女は本名を殆ど使わない。私のジルというのもここ二百年ばかりつかってる偽名だ。
十六歳のころに人に化けて村に嫁いできたのか。なんと用意周到な魔女なんだろう。
「で、何。先生、その魔女をどうするって?」
就寝時間。
私はルドヴィカと一緒のベッドに入って、養い子の髪の毛をもにもにと揉む。特に意味のない行動だが、やっているとなんだか落ち着く。
「うーん、聞いた感じですと、私より力のある魔女さんっぽいですし……でも、村の男性を浚うのは……よくないと思いますし……」
何より、可愛いルドヴィカに目を付けられたら大変だ。
村の男性より私の養い子の方が絶対に素敵なので、攫われてしまうのはもう確実。
けど、私より強い魔女が……ルドヴィカを欲しいと思って、手を出して来たら、私はどんなに抵抗してもルドヴィカを奪われてしまうだろう。
「……」
「え!?先生!?お、おい、どうした!?泣く所か?!なんだ、腹でも痛い……先生?」
「……あの、ルドヴィカは……私より、ずっと、優れた魔女の所にいた方がいいかなって、思っちゃったんですけど……」
「はぁ?」
「でも、それは嫌なので……でも、私より強い魔女には勝てないので、先に、油断してるところを襲って死んで貰おうかなって」
人の物を盗るのはいけないことだし、ルドヴィカは素敵なので、ひと目でも見てしまったらきっと欲しがられるだろう。
なのでその前に死んで貰うのは、正当防衛だと思います。
「ハハッ、アハッハ!」
私が申し訳なさそうに提案すると、ルドヴィカはなぜか笑った。嬉しそうに、日中村人たちに向けたどの笑顔よりも嬉し気な笑顔に私はどきっとした。
「あー、もう、本当。愛してるぜ、俺の先生は、最高」
もぞもぞと腕を動かして抱きしめてくる養い子。ぎゅうっと、力を入れられると少し苦しいが、少し苦しい程度の絶妙な力加減。その気になれば私なんてすぐに潰されてしまうだろう、猛獣の腕の中。
私はなんだか嬉しくなって、へらりと笑った。
*
「えー!!えー!!えぇえー!どういうことです!?えー!!」
翌日、私は村から森の中へ入り、ルドヴィカと一緒にその魔女の館を訪れて、驚いた。
「刺したら死んじゃうなんて!この人、えー!人間じゃないですか!えー!?」
ぴんぽーん、という呼び鈴はなかったが、ノックをしたら出てきました。金色の髪に青い瞳の美しい女性。未亡人というらしいです。そこそこの資産のありそうなお屋敷に、一人で住んでいらっしゃるご様子。
村から連れてきた男性たちが甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いてくれていたようで……。
「あー、マジだね。こりゃ、人間じゃん」
「なんで人間を魔女だなんて間違えるんです!?」
どさり、とルドヴィカは最後の男性の死体を片付けて、私の方に近付いた。
「先生、怪我は?」
「ありませんよ。この人、魔法も何も使えなかったんですもの。私に何か出来るわけないですよ」
「そりゃいいね。先生が無事なら何の問題もない」
私が魔女として魔女を殺そうとナイフで刺した途端、にこやかにルドヴィカと喋っていた男性たちが、怒号を上げて私につかみかかろうとした。それらは全てルドヴィカが制圧して、魔女に誑かされた可哀想な男の人たちは、もうまともに戻れないだろうからと死んで貰ったのだけれど……。
「え、どうしましょう。ルドヴィカ。この人……え、なんで魔女じゃないんです?」
魔女だと思ったので、昨晩魔女を殺せる毒を一生懸命手持ちの薬で調合したのに無駄になってしまったではないか。中々貴重な薬品も使ったのに、もったいないことをしてしまった。
「うーん。あぁ、まぁ、そうだ。もしかしたら、なんだけどさ」
「?」
「魔女に間違われただけの女かもなぁ」
「魔女に間違われることなんてあります???」
魔女とは確かに元々が人間だった女の成れの果て。けれど、それはそれとして、ただの人間は魔女ではない。
「雨を降らせたり、人を呪ったりっていうのは?」
「勘違いじゃね?それかただの、嫉妬とかさ」
「嫉妬、ですか?」
ルドヴィカは屋敷を適当に漁り、あれこれと説明をしてくれる。
「裕福な、美貌の未亡人。働かなくても暮らしていけて、村の女たちから見れば苦労のない、ただ贅沢していればいいだけの女。影のある女ってのに男は弱いからなぁ。しかも未亡人っていうのは中々」
「中々なんです?」
「いや、まぁ、それはいいとして。つまり、この女は恨まれたんだろう。都合の悪いことはなんでもこの女の所為にして、まぁ、ハハッ、そうか。俺たちも、利用されたってわけだ」
一瞬ルドヴィカの表情が見えなくなる。
「街の出と思われた俺たちが、別の街、あるいは村へ行く。話好きな男の俺と、大人しくて礼儀正しい先生が、別の場所で、この村の近くに魔女がいると話したらどうなる?」
村でただ魔女だと囁かれているのとは話が違ってくる。
大きな街で噂になれば、ちょっとした神官の耳にも入るだろう。
悪意のある魔女は火炙りにすべしと、そのように考える人間の団体がいることは私も知っている。
ぞわり、と私は身震いがした。
「先生?寒い?もうこんな所、出るか」
ひょいっと私の顔を覗き込んでくるルドヴィカはいつも通りの優しい顔だ。私は怖くなった。
「……消しておかないと」
「へ?」
「あの村、消しておきましょう」
人を利用して凶器にするなんて、なんて恐ろしいことをしようとする村なんだろう。
フィオーネさんは笑顔の美しい、優しそうな人だった。
魔女でなくただの人間の女性なら、とても美しい美徳を兼ね備えた素晴らしい人だったのだろう。村の男性がこぞって手伝いたいと住み込む程。
そんな女性を嫉妬から魔女に仕立て上げて殺そうとするなんて、なんて恐ろしい村人たちだろうか。
私は決意し、ルドヴィカが殺した男の人達とフィオーネさんの魂を使って、あの村の人達を呪うことにした。
呪いの対価として魂を使うと、魂は死後も楽にはなれず地獄の炎で焼かれ続けて苦しむのだけれど、自分を貶めようとした村へ復讐できるなら、きっとフィオーネさんも微笑んでくれるだろう。
そういうわけで、私たちは村を呪いました。
疫病という形の呪いにしたので、付近の村や街に助けを求めても、被害を恐れて誰も手を差し伸べてはくれなかったようです。
結果、村は疫病の蔓延を防ぐためとして、封鎖され全員焼かれました。
因果応報ですね!
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