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第3章 学園の日常

意識の裏側

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 なにも存在しない、暗い場所。
 上を見渡しても、下を見渡しても黒ばかり。
 本当に見渡しているのかどうかすらわからない。
 感覚もなく、意識は前へ進もうとする。

 からっぽ。

 自分が何者か思い出せない。
 誰が誰で誰なのか。
 なにもわからない。 

 きおく。

 思い出せない。
 なにかが引っ掛かり、やり残したという事は思い出せた。

 なかま。

 景色が移り変わった。
 急激に、夜から朝へ早送りしたように。
 暗い闇が、明るく白い世界へ変貌した。

 上なのか、下なのか。右なのか、左なのか。
 平衡感覚など皆無に等しい白い場所。
 先ほどと違うのは、奥に後ろ向きで誰かが座っている。

「久しぶりね」

 だ···れ······?

「覚えてないの? 貴方が私を受け入れたんじゃない」

 う……けい……れ…た。

「そう、ちなみに貴方はクルルよ。思い出せる?」

 く……る…る?
 な……に?

「ゆっくり、慌てずに思い出してみて」

 聞き覚えのある名前。
 思い出すのは痛みと、恨み。
 そして、引っ掛っていた何かが明瞭になり、形を帯びていく。

「どう? だんだん思い出してきた?」

 ひ…さし……ぶり……だ。

 目の前の椅子に座るのは、色欲の霧ラストミスト
 初めてあった時と、同じ格好をしている。

「ええ、そうね。貴方の今の状況は分かる?」

 お…もい…だ……して……きた。

 謁見の間からの記憶がない。
 おそらく······いや、確実に俺はあの場で死んだのだろう。
 なにも成し遂げられなかった人生。
 心残りが多すぎる。

 それにしても、最後に見送られるのがこいつか。

 そ……れは……?

「やっと見えるようになったのね」

 色欲の霧の周りを何かが飛んでいる。
 目が無いのに、目を凝らすというのもおかしい話だが、集中して見てみる。

 自身の足まで届くであろう黄色い髪。
 体躯は人間そのものだが、大きさは20cmほど。
 加えて、背中には半透明の羽が生えている。

 それを初めて見るが、自然とその名前が出てきた。

 妖······精·········? 

「そ、大正解。この子ね、貴方の事を可哀想に思って体に入ってきたんだって」

 妖精は俺の意識の周りを飛び始めた。
 心配そうな、憐れむような顔でこちらを見てくる。

 あり…がと……う。
 で…も……もう…終わ…り…なん…だ。

 もう、すべてが遅いんだ。
 俺は死んでしまって、もうなにも出来ない。

「まったく……。いつからそんな諦めが早くなっちゃったのよ」

 も……う…俺は……死んだ…から。

「この子が貴方を助けたいんですって」

 助け…て…くれ……る?

 妖精は目の前に来て、首を何度も何度も縦に振る。

 で…も…どう……や…って?

「妖精はね、普段は人間界に住んでいないのよ。
 普通の妖精は自然が大好きで、でもそれを壊してしまう命ある生き物が大嫌いなの」

 色欲の霧は、愛おしそうに妖精を見つめた。

「でも、妖精は自然が豊かな人間界に暮らしたい。
 人間界に顕現したい場合、妖精はルールとして命を1つ生き返らせなきゃいけないわけ。
 まあ、その子の場合は、罰なんかじゃ無いんだろうけどね」

 生き物が嫌いなのに、この妖精は俺を生き返らせてくれるのか……?
 生き返れるなら······みんなの所に戻りたい。

「一緒に生きるの!」

 今まで黙っていた妖精が口を開いた。
 喋れないものと思っていたが、しっかりと喋れるようだ。

「貴方は生き返るのは嫌?」

 色欲の霧が問いかける。

 嫌…じゃ……ない。

「今、貴方の仲間は危ない状態。下手をすれば、いつ殺されてもおかしくない。貴方はどうする?」

 俺を…生き返らせてくれ。

 色欲の霧と妖精は、微笑みながら頷く。
 瞬間、意識が急降下する謎の浮遊感に陥る。

「それじゃあ一緒に、みんなを助けるの!」

 ああ、頼むよ。一緒に行こう。



 誰もいなくなったその場所で、1人女は呟いた。

「行ってらっしゃい。いつか······私も助けてね、クルル」



-----------------------------



 謁見の間に歓喜を表すように、紫電が迸《ほとばし》る。

 それは、先程まで血溜まりに横たわっていたクルルからだった。
 パミラがクルルの胸に手を当てた時、確かに心臓は動いてなく、死を迎えていた。

 だが今は、開いていた巨大な風穴は塞がり、血溜りの上に立っている。

 纏う紫電は自由に、縦横無尽に体を動き回る。
 全員が、クルルの立ち上がる姿を見て驚愕していた。
  
「ただいま、みんな」

 未だに捕らえられている仲間にそう言った。

「クルルざん。グルルざんがい゛ぎてるっ!」

 堪えていたものが爆発するマレ。
 それにつられて、ラスマ達も嗚咽ながら口々に叫けぶ。

「クルル、お前って奴は······心配かけやがって、このバカ······!!」
「良かったぁ、本当に良かった!!」

 ハイドとオーウェンは、クルルの頭にしがみつくに気が付いた。

「あれは······妖精か?」
「伝承でしか聞いたことねーが、間違いねぇな。んで、ありゃ魔術か? 見たことねぇ属性だぞ」

 (これは······雷か? まあ、考えるのはあとにしよう)

 目を瞑り、鼻から大きく息を吸い、吐き出す。
 ゆっくり目を開き、元凶の国王を見やった。

 国王は驚愕に加え、忌々しそうに顔を歪めながらクルルを睨みつける。

「貴様ぁ……! 殺したはずだぞ!」
「ああ、いい体験させてもらったよ」

 おちょくるように、嘲りを含んだ笑みを浮かべる。

「──っ! もういい! お前ら、ガキ共の首を刎ねて死ね!」 

 挑発され、激怒する国王は部下に命令した。
 ──が、その部下達は体から黒煙を吹きながら倒れている。

「なっ!? いつの間に!」

 国王は焦りにより、周りが見えていなかった。
 クルルの体から溢れ出ている紫電に当たり、すでに死んでいたことにも気が付かなかった。

「お前が欲しがったこの剣で相手してやるよ。──色欲の霧ラストミスト!」

 クルルは国王との距離を詰め、バスターソードを振り下ろす。
 しかし、割って入った人物の巨大な盾により剣は防がれる。

「すみませんが、邪魔しないでいただけますか?」
「······私は、腐っても騎士だ。どんな主でも守らねばならない······すまない」

 受け止めたのはハイドであった。
 最後の謝罪が、自身の騎士の在り方が正しいものなのか分からなくなっているように感じた。

 民を守らねばならない騎士。
 その守るべき民を殺す国王。
 その国王に仕える騎士。
 矛盾によりハイドは葛藤し始めたのだ。

「ハイドさん。クルル君を止めないでください」
「パミラ様、なにを言っているのですか? ご自身の父上でしょう」
「違います。その人は私の父ではありません。
 民を傷つけ、嬲り、殺すような人はカールマリア王国国王ではありませんっ!」

 その発言により、謁見の間にいる者達に衝撃が走った。
 近くにいる側近の者やハイドにオーウェン。
 その団員達までも目を白黒させている。

 (……パミラって国王の娘だったのか。立ち振る舞いや、服装から良いとこのお嬢様だとは思っていたが、まさか王族だったとは)

「入ってきてください」

 パミラは入口の方向へ声をかけた。
 複数の足音が聞こえ、その者達が入ってくる。

「は? ······王が、2人? それに第一王子や第二王子までも······」 
「おい、ジェルバムまで2人おるぞ!」

 薄汚い布を纏った、もう一人の国王ともう一人のジェルバム。2人に肩を貸すララカナ。
 加えて、パミラの兄妹が謁見の間に現れたのだった。

「もう一度言います。その国王や学園長は本物ではありません」

 パミラはそう言い切った。
 ララカナと共にやってきた2人は所々から血を流しているが、しっかりとした目付きで瓜二つの人物を睨めつける。

「なにを言っているんだ、パミラよ。お前の父は私だろう?」
「貴方こそなにを言っているんですか? 私の父はこの方です。そもそも大切な民を殺す者が父なわけがないでしょう!」

 いつも温厚なパミラが憤慨する。
 父を侮辱し、国を陥れた人物に怒号を浴びせた。

「ふん、証拠でもあるのか?」

 したり顔を浮かべた、先の国王が聞き返す。

「私の父と兄達は、地下の牢屋に閉じ込められていました。
 そして、その牢屋を守っていたのは兵士の格好をした"魔人族"でした」
「それでは証拠にならんな。まず、魔人族相手にお前がどうやって勝ち、その者達を救い出したんだ?」
「······ええ、私は無力です。ただの王族で、まともに戦うことすらできない学園生です。だから、この話を機密にギルドへ依頼しました」
「············」
「そこで1人の方が快く承ってくださったんです。貴方にも紹介します。入ってきてください!」

 謁見の間に入ってくる1人の男。
 その男は魔人族と思わしき人物の角を掴み、体ごと引きずりながら登場した。

「いよぉー偽王様! お届け者でーすよ、なんつって······って、白狼!?」

 現れたのは、スタンリカの街で随分と世話になったディクスであった。
 短い金髪に人の良さそうな顔つきではあるが、ベテラン冒険者だ。

「お久しぶりですね、ディクスさん」
「お、おう! 元気か······って、今は懐かしがってる場合じゃなさそうだな」

 楽しそうに話をしていたのは2人だけ。
 周りの者達は状況が飲み込めないのか、沈黙が流れている。

「ちっ······せっかく、もう少しだったというのに、俺の邪魔をしよって、メスガキがっ……!」

 目を血走らせ、だんだんと口調が乱れてきた偽国王。
 すると、サラサラと偽国王の体から白い煙が出てゆく。

 やがて、姿を表したのは赤黒い髪に塒を巻いた角の男だった。

「······やはり、アイツも魔人族であったか」

 ララカナの肩を借りる国王は呟いた。

「お前ら、全員変装を解いていいぞ。ここにいる奴らを皆殺しにしろ!!」

 偽物のジェルバム、両脇に並ぶ騎士団や魔術師団員達の場所からも5本の白煙が上る。
 そして、白煙が上がった所々から団員達の悲痛の叫びが上がり始めた。

 国王は顔を顰めた。
 自分が魔人族に嵌められ、陥れられなければこんな事にはならなかった。

 ──今から言おうとしている言葉によって、自分の、いや自分達の大切な部下達が傷付き、死者すら出す事になるだろうと。

 心の中で何度も何度も全員へ謝罪の言葉を繰り返す。
 だが、言わねばならない理由があるのだ、と。

「カールマリア王国騎士団および宮廷魔術師団員達に継ぐ!! 
 ここで我々が全滅すれば、お前達の家族、友人、恋人すべての人々に危機が迫るだろう!
 だから、私も共に戦う! ここですべて終わらせるのだ──」

 悲しみを抑え、自分の不甲斐なさに涙ながらに叫ぶ。

「総員、反撃の狼煙をあげよ────!!」


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