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第1章 平和な日常

またね

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 ギルドの採取依頼を終えて、家へ帰った。
 息子と娘は友達のフランとニアと共に遊びに行っているようだ。
 いつも今日は何の遊びをしたとか、どこへ行ったとか嬉嬉として語ってきた。

 私としてはこんな辺境の地で友ができた事に嬉しく思う。

 冒険者用の衣服から、普段着へと着替えてリビングで妻と会話をしていると、玄関のドアが行き良いよく開けられた。
 娘のクララが今にも泣きそうな顔で駆け寄ってくる。


「お母さん! 大変なの! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!!」
「ど、どうしたのクララ?」

 妻のクラルはいきなりのことで狼狽えてしまっている。
 こんな時間に私が帰ってきているとは思わなかったクララは私の顔を見るなり、手を掴み引っぱりながら言う。

「お父さん、お願い!! お兄ちゃんを助けて!!」
「何があったというのだ?」
「森で遊んでたらドーブルの群れに会っちゃって、お兄ちゃんが逃がしてくれて、それでそれで···ひぅ、うわぁぁぁぁあん」

 思い出したのか泣き出してしまった。
 しどろもどろだが要所要所を聞くと、森でドーブルと鉢合わせ、クルルがどうかして危ない状況なのだろうか。

 1匹だけならともかく群れのドーブルとなると私の手では負えない。
 だが、息子が命の危険があるのに親が行かなくてどうする······!

 寝室へ行き、愛用の剣だけを持ち、またクララの元へ戻る。

「クララ、どこの森だ」
「わっ、わかんないっ。フランお姉ちゃんとニアお姉ちゃんが近くの大人呼んできてくれてるっ」
「クラル、クルルが怪我をしてるかもしれない。一緒にきてくれ」
「はい、わかりました」

 クララは泣きながら答え、クラルは準備を始める。

「お、お邪魔します!!」
「お邪魔しますぅ!」

 そう言いながら2人の少女が入ってきた。
 この子達がフランとニアか。見たことは無かったが、聞いていた2人の特徴と一致する。
 近くの大人を呼ぶと言っていたが、誰もいないということは近くに人がいなかったのか。

「クルルのお父さん、こっちです! 案内します!」
「お前達はここで待っているんだ。どっちの方角の森だ」
「付いていきます!」
「ダメだ、危険すぎる。連れて行く事はできない」

 危ない森へ、ましてや魔物がいる場所に子供など連れていけるわけない。
 だが、フランは私に言い放った。

「クルルが1人で危ない場所にいるのに安全な場所になんていれません!!」
「それに、なにか役に立てることがあるかもしれませんしぃ!」
「私も行く!」

 私は逡巡する。たかが子供の戯言だ。
 だが、ここで話し合っていても時間の無駄。クルルの助かる確率が下がるだけだ。

「……お前達は案内したら妻と遠くにいるんだ。それがこちらができる最大の譲歩だ」

 3人は意味を理解したのかしっかりと頷いた。
 フラン、ニア、クララに案内され駆け足で森へ向かう。
 我が家に馬がいないことを後悔した。全員息が切れながらも走り続ける。
 そして、走り続けて10分ほどが経ったときだった。


────────チュドーーーンッ!!


 向かっている森の方角から巨大な音と地響き、遅れて爆風が我々を襲った。

「な、何の音!?」
「お兄ちゃん······」
「お願い、無事でいて……」
「クルルぅ……」

 クラルが叫び、クララとフランとニアは祈るように目をつぶる。
 私自身何の音だかわからない。焦りを覚えつつ森への道を走る。




 森へ着いた。
 だが、そこは私の知っている森とは形が変わっていた。
 大半が焼け野原になっていたのだ。

 あちらこちらで上がっている煙に咳き込みながら、周りを見渡す。

 そこに動く人影があった。顔を煤だらけしたクルルだった。
 あちらもこっちに気付いたようだ。クルルがこちらへ駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫なのかクルル」
「父さん! うん、僕は大丈夫」
「それと……これはお前がやったのか?」
「あ、えーっと、ごめんなさい······」
「魔術でか?」
「はい····」

 信じられん。
 とてもじゃないが信じられるわけがない。
 こんな大規模な魔術を子供が扱えるわけがない。

 だがうちの息子なら······。恐らく上級の火魔術でもなければこんなことにはならないだろう。
 家に返ったら何をどうしたのか聞いてみるか。

「とりあえず、怪我はないんだな?」
「あ、はい。ありません」
「そうか」

 安堵の息が漏れたのが自分でもわかった。ここまでの規模のこととなると誰に何を言われるか分からないので一先ずここを立ち去ろう。


ーーーーーーーーーーー


 フランとクララとニアは俺に怪我がないとわかると飛びついてきた。
 3人の頭が見事に腹部へクリーンヒットする。

「……うぅぅ! 無理しないって約束したじゃん!」
「怖かったぁ······怖かったよぉ! クルルがいなくなっちゃうんじゃないかって思ってぇ!」
「お兄ちゃん! 本当に大丈夫なの? 痛いところとかない?」
「うっ! ごめんごめん、大丈夫だよ」

 頭を撫でつつ答えた。
 とりあえず3人が無事でよかった。
 俺が怪我をするよりも3人が怪我をする方がよっぽど怖い。

 よし、帰ろう。森の件は、誰かになにか言われたら弁明しよう。

 クララは安心したのか俺の背中でぐっすりと寝ている。
 ニアは俺を見ながらニヤニヤし、フランはというとチラチラと俺の顔を何度も見てくる。

「フラン、僕の顔に何か付いてますか?」
「う、うん! 煤だらけよ? あ、あと女の子みたいな顔だなって!!」

 顔を真っ赤にして答えるフラン。
 なんかフランの様子がおかしいな。裾で顔を拭うと本当に真っ黒だった。

 ってか何だよ、急に女の子顔って! ……まぁいいか。


 30分かけて家に着き、フランとニアは自分の家へと帰った。
 終始、俺の顔を見てたが、なんだったんだろう?

 クララをベットに運び、リビングへと降りる。

「クルル、今日の出来事を詳しく教えなさい」
「そうよ。何があったの?」
「は、はい」

 席に座った途端ファザーとマザーにそう言われた。
 なんか怒ってるっぽかったので途中途中ぼかしを入れながら出来事を伝えた。
 息子が楽しみながら魔物を殺してた、とか親なら聞きたくないだろうしなぁ。

「それで、最後の魔術を使い、森の大半が無くなったと?」
「はい、そうですごめんなさい!」

 ファザーにはチュドーンの魔術については火魔術にありったけ魔力を込めたと嘘をついた。
 説明するとなると、これまたいろいろめんどくさいので省かせてもらった。

 てか、だいたい魔術の話の説明は省いてるよね、俺。

「そうか」
「大変だったわね。でももう森へ遊びに行っちゃダメよ? わかったらもう寝なさい。今日は疲れたでしょう?」
「そ、そうだね。おやすみ、父さん、母さん」

 俺は逃げるようにして2階へと向かっていく。
 階段を登る途中、ファザーは納得したのかしてないのか分からないが、俯いていて表情が伺えなかった。




 後日、あの森での原因は「マナ溜り」の暴発ということになったそうだ。

 「マナ溜り」とはその名の通り、魔力が溜まったものであり、空気中に漂うマナが何らかの原因によって一点に集中したもの。

 まあ、ごくたまに爆発することがあるそうだ。
 なので、マナ溜りの暴発という事で一件は落ち着いたので俺としてもラッキーだった。


 あの森での出来事が過ぎてゆき、何気ない日々に戻っていった。
 なにをするでもなく、のんびりと日常は流れていく。
 フランとニアと出会った木の下で4人仲良く寝転び読書したり、楽しく遊んだり。



 そうやってまた年月が流れていった。



 さて、今日もフランとニアと遊ぶ予定だ。
 朝食をさっと終えて、準備へ取り掛かる。

 部屋着から外用の服に着替える。いつもの茶色い長ズボンに白いシャツを着る。
 よし、後は本を持って下に降りるだけ。
 クララはもう着替えて、下で待っているようだ。

 白いワンピースに麦わら帽子姿のクララ。とっても似合っている。

「お待たせクララ、じゃあ行こっか」
「うん! もうフランお姉ちゃんとニアお姉ちゃん、もう待ってるかな?」
「いるかもしれないから、ちょっと急ごっか」
「そだね!」
「「行ってきまーす!」」
「はーい、気をつけてね」

 声を揃え、家の中にいるマザーに声を掛けて出発した。


 クララと手を繋ぎ、いつもの木の下へついた。
 が、まだ2人は来てないようだった。

 特に何時に待ち合わせとかはしてないので何も問題はないけどね。

「フランお姉ちゃんもニアお姉ちゃんもいないねー」
「じゃあ待ってよっか」

 クララと木の下で座りフランとニアを待つ。
 今日は何して遊ぼっかな。

 その辺の花をブチブチと引き抜き、花の冠を作っていると、

「おはよぉ、今日もいい天気だねぇ!」

 熊耳を楽しげにひょこひょこと動かしながらニアがやってきた。

「おはようございます、フランと一緒じゃないんですね」
「ニアお姉ちゃん、おはよう!」
「うん、来る途中に寄ったんだけどぉ、先に行っててだってさぁ」

 そうか、ちょっと遅れて来るのかな。






·································。

 なかなか来ないな。もう2時間は待ってる。
 3人で喋りながら時間を潰してたが、クララとニアは俺に寄りかかり寝てしまった。
 家から本を持ってきてて良かった。

 本を読むことさらに1時間。
 やっとフランが来た。だが、今日のフランはいつもと違ってなんか暗いような……。
 どうしたのだろう?

「フラン、やっときましたね」
「ご、ごめんね……ちょっと用事ができちゃって遅れちゃったの」
「ん、んぅ。あ、フランお姉ちゃん。もーう遅いよー!」
「待ちくたびれちゃったよぉ!」
「クララちゃん、ニアごめんね」

 本当に今日のフランの様子がおかしい気がする。
 なんだか覇気がないような、そんな感じだ。

「何かあったの?」
「え! い、いや何にもないよ?」
「? ならいいんだけど」
「そんなことより今日は何して遊ぶ!?」

 やっぱりおかしい。
 うーん、まぁ言いたくないならいいんだけどさ。
 でも気になるなぁ。まあ、こういう時はパーッと遊んで忘れよう!


 あ、ちなみに今日はだるまさんが転んだを教えました。


ーーーーーーーーーーー


 茜色と藍色が入り交じる黄昏時。

 何気にだるまさんが転んだが盛り上がったのだ。
 止まる度に変なポーズを決めるのが余程ハマったようだ。
 昼からずっとやってたのだがよく飽きなかったものだ。

「そろそろ帰りましょうさ。結構暗くなってきましたし」
「そうだねぇ。お腹も空いてきちゃったしねぇ」
「え、あ、そうだね······」

 歯切れの悪いフランを見て、クララは心配そうに、

「フランお姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん! お姉ちゃんは大丈夫だよ?」

 遊んでる最中はいつものフランに戻っていたが、帰るかと言い出したらまだおかしくなった。

 そして、極めつけはその顔だ。

「なんで泣きそうなお顔してるの?」
「えっ!?」

 そう、何故か泣きそうな顔をしていた。
 気付いていなかったのからフランは自分の顔をペタペタと触り俯く。
 前髪が垂れ、表情が伺えなくなる。

「なにかあったなら相談に乗るよぉ?」

 ニアがそう言うが、フランは俯いたままだった。
 そして、なにかを振り切るようにバッと顔を上げた。

 そこには涙をポロポロと流すフランの顔があった。

「大丈夫だよ! "またね“!」

 そう言って、フランは走り去ってしまった。
 俺とクララとニアは唖然としてしまい声が出せずにいた。

「フラン、なにかあったんでしょうか」
「心配だねぇ」
「うん、明日にでも聞いてみようよ」

 胸の中につっかえるものが残ったまま、今日は解散となった。



 ベットへ横になり、あの言葉を思い返す。
 フランが帰る前に言っていた言葉だ。

 いつもならば「また明日ね!」というのに対し、今日は"またね"と言ったのだ。

 毎日同じように「明日」と言うに対し、今日は言わなかった。
 偶然だ、気のせいだと自分に言い聞かせても、何度も同じところに戻ってきては繰り返される。
 それが、不安にさせた。


 嫌な予感は当たり、フランは次の日も、その次の日も来なかった。


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