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第2話 声を荒らげる老婆

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 あんのクソ神!
 余り物のチートを俺に寄越しやがって!

 「残り物には福がある」という言葉があるが、それは嘘だ。
 あれは、残り物しか貰えない弱者の慰めである。
 よって、アイツは俺を弱者と揶揄しやがった!

 いつか神殺しになってやるぜ、げへへっ。

 と、今は状況確認が先だ。
 現在、俺が立っているのは何も無い草原。 
 服装は相変わらず、美咲から借りた体育着。
 武器も防具無いし、ここからどうすりゃいいんだよ······!

「このっ! このっ!」

 腹が立ってきた俺は、草を引き抜きまくる。

「絶対! 送り込むとこ! 間違えてんだろっ!」

 抜いて抜いて抜きまくった。
 しかし、だんだん手が痛くなってきたのでやめた。

「はぁ······」

 ダメだ。歩く気にもなれん。寝よ。

 ···············

 ·········

「やーっと見つけたぞぉ!」

「──うひゃあ!」

 横になって10秒もしないうちに、いきなり声が聞こえて飛び起きた。
 反射的に跳ね上がった状態で声がした方を見やる。

 そこには顔をシワくちゃにし、怒っているようにも見える老婆がいた。
 見えるというより······多分、怒ってる。

「な、なんですか急に?」

「キェェェ────!」

 奇声を上げた老婆は、起き上がろうとした俺に手のひらを向けた。
 直後、紫色の光線が俺目掛けて飛んできた。

 そのまま俺に直撃し、紫色の光が体を包み込んでいく。
 しかし、痛くも痒くもない。

「やったやった! これで仕返しはできたぞい!」 

 そう言いながら、やけに軽快な足取りで老婆は去っていった。
 なにか撃たれた······けど、初めて出会えた人だ!
 ここで逃しちゃ、死ぬまで人に出会えないかもしれない!

「待って! お婆さん待って!」 

 にべもなく、俺は老婆が去っていった森へとついて行った。


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「待てや、このクソババア!!」

「ヒェーッヒェッヒェ!」

 現在、老婆を追跡中だ。森の中を駆け巡っている。
 まるで老婆とは思えないほど俊敏な走りであり、まったく追いつける気がしない。
 いや、普通ならこの速度であれば追いつけると思う。
 しかし、

「ぶぇっ、くっせぇ!」

「ざまーみろっ!」

 このクソババア、走りながら落ちているもんをぶん投げてくるのだ。
 それは木の枝であったり、泥であったり。
 今投げられたのは得体の知れない糞だと思う。
 俺は顔面に掛かった糞を体育着で拭いながらも足を止めない。

 森を駆け続ける。
 次第に森の終わりが見えてきた。
 先に森の境目に到着した老婆はサッ、と木の上に登った。

 よし、一旦、森を抜けることにしよう。
 木々が生い茂っている場所じゃ、なにか投げられたら避けづらいからな。

「──うおっと!」

 しかし、森を抜けた先は崖であった。
 夕暮れ時に彼女かなんかときたらいいムードになるだろう。

 ザパーン、と波が岩を叩いた音がする。
 ちょっとだけ下を見てみると、剣山のような岩が海から顔を出していた。
 股間がヒュンってなった。

「ヒェーッヒェ、馬鹿め!」

 ま・ず・い······。
 木から降りたババアは、にじりにじりと近づいてきている。

「やめろ、やめるんだババ······お婆さん、いやお姉さん!」
「死にぇえー!」

 両手を突き出しながら突進してきた。
 俺は決死の覚悟で飛び上がる。
 開いた股の潜っていく老婆は、そのまま海へ──

「よっ、と。ったく、危ないですよ?」

「キャッ!」

 襟首を掴み、次に足を持ち上げた。
 つまり、お姫様抱っこだ。 

 可愛らしい悲鳴を上げた老婆に、渾身の微笑みと渾身のイケボで声をかけた。

「お怪我は?」

 腕に収まる老婆は、少し潤んだ瞳で俺を見詰める。
 歳を感じさせないその顔は、まるで恋をした女性だ。
 次第に恥ずかしくなってしまったのか、俺から視線を外し、

「カーッ、ペッ!!」

 たんを吐き捨てる。
 ニヤッとニヒルに笑い、体に力を入れたのがわかった。

「やめて。ねぇ本当にやめて。そんなことしたら俺死んじゃうから」

「ヒェヒェッ!」

 ババアは俺の腕の中で体を回転させ、突き飛ばした。
 背後には崖がある。
 落ちたら無事では済まなそうな岩の剣山つき。

「ノーオオオオオオオッ!」

 やばいやばい!
 運良く俺の真横を剣山が通り過ぎていく。

 海に落ちる直前、反射的に息を止めた。
 海水から受けるダメージを防ごうと目を瞑る。

 崖から海までの距離は10メートルほど。
 体感にしたら一瞬に感じるだろう。

 しかし、おかしい。
 俺がそう思ったのは突き落とされてから、20秒が経過した時だった。
 未だに海へ落ちない。つまり濡れてすらない。

「──ぷはっ!」

 止めていた息を吐いてしまった。
 すると次の瞬間、チャポンと海へ落ちた。
 人の大きさ、重さであるのにも関わらず、海へ着水した音がやけに小さかった気がした。


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 ウェクラノク王国。
 セーシア大陸の南東に位置する国である。
 その王城では儀式が執り行われていた。
 世界を救う救世主──勇者を召喚するのだ。

 今朝、白の巫女が神託をさずけられたのだ。
 それを聞いた王城の者達は大急ぎで儀式を開始した。

 謁見の間に10人がかりで作り上げた魔法陣に3人の魔法使いが詠唱を続けている。

『『──……彼の者達は強く、聡明だ。魔を封じ、聖を広げる。原初の光は人々を優しく包み込み安堵の地へ導かん。異なる世界から勇ましく正義を司る者達を召喚す。今こそ、魔を封じる時だ──現れよ、勇者!』』

 長きに渡って唱えられた詠唱により、床の魔法陣が輝き出した。
 謁見の間は強い輝きにより支配され、その場にいた者達は目を瞑る。

 次第に光が収まり始め、魔法陣の上に立つ者達がいた。
 それは咲人も在学中であった──都立、冬緒高等学校の生徒達が現れた。その数、約600人。

「ここが······」

「異世界のウェクラノク王国か」

 突如として召喚された勇者達は落ち着いていた。
 ざわつきも最小限であり、喧しいというよりは物珍しいモノや人に対して出た感嘆の声であった。


 生徒達は事前に、女神を名乗る者から説明を受けていた。
 そこでこそ取り乱し、泣きじゃくり、怒り叫ぶ者達はいたが、凛とした声で女神が落ち着かせた。 
 余談ではあるが、咲人を除く、2年3組の男子は組体操(二段タワー)の状態で現れた。

「おお、勇者よ。我らをお救いくだされ」

 再奥にある玉座で座っていた人物が立ち上がった。
 それがこのウェクラノク王国国王、エルバール・ウェクラノクその人であった。
 召喚の儀式を謁見の間で執り行ったのは、明確な理由がある。

 それは見知らぬ土地へ呼ばれた勇者達に、自分達を頼ってもらうためだ。
 そうなれば、こちらの要求を飲んでくれる確率が上がる。

「わかりました。魔王を倒せばいいんですよね?」

 そう答えたのは咲人の親友、誠司である。
 正義感の強い彼は、この困っている異世界の人達を見捨てることはできなかった。

「ええ、さようでございます。どうか我らにお導きを!」
『『お導きを!』』

 この日、ただの学生だった彼ら彼女らは《勇者》となった。
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