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第二章 桜吹雪の男

一目惚れ

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山岡幸助の妹、静音は新しく仕立てた兄の着物を取りに行った呉服屋の帰り道であった。

暗くならないうちに帰らねばならないので、やや足早に歩き街角を曲がったところでひとりの男にぶつかった。
その男は手に持っていた風呂敷包みを地面に落した。

「あ、すみません、大丈夫ですか?」

静音がそう言うと、男はドスの効いた声で凄んだ。

「大丈夫じゃねえよ。おい姉さん、大変なことしてくれたな。見てみろ」

男は明らかにやくざである。
風呂敷包みを地面の上で拡げると、その中には桐の箱に入った陶器の破片があった。

「ごめんなさい。弁償しますわ」

静音は重ねて詫びた。

「ふん、弁償するだと?いいだろう、こいつぁ千利休ゆかりの茶器だぜ。二百両は下らねえ、耳を揃えて払ってもらおうか」

「に・・二百両。。」

やくざは片袖をめくり上げた。
上腕部に安っぽい彫り物が覗く。

「そうよ二百両びた一文負からねえぜ。払えねえってんなら身体で払ってもらおう。おめえの器量と若さならいい値が付きそうだしな」

「・・・・」

静音は恐ろしさのあまり声も出なかった。
その怯えた顔を見てやくざがいやらしい笑みを浮かべたその時。
通りがかった別の男が、その風呂敷包みを足で蹴飛ばし、通りに陶器の破片が散らばった。

「てめえ、何しやがる」

風呂敷包みを蹴飛ばした男がやくざの顔を睨みつけた。

「そっちこそ何を阿漕な真似してやがる、どこが利休の茶器だこの頓智気めが。こんな安茶碗に三文の値打ちもあるもんか」

「てめえ、俺を鼬一家の者と知って因縁つけてやがるのかよ?足腰立たなくしてやるぞ」

やくざはまたも袖を巻くって彫り物を見せる。
しかしそれを見た男はせせら笑った。

「何が鼬一家だ、ちんけな彫り物見せて粋がってるんじゃねえぜ。おうおう、どうせ見せるならこのくらいのもん見せてみな」

男は片袖に腕を突っ込むと、片肌を脱いだ。
そこには目にも鮮やかな桜吹雪が彫られていた。
やくざはその彫り物を見て怯んだ。

「て、てめえは遠山の・・」

「ほう、俺を知っているのか?知ってるなら足元明るいうちに大人しく帰ぇりやがれ」

「くそっ」

やくざはそれだけ言うと、風呂敷包みを置いたまま足早に立ち去った。

「お嬢さん、怪我はねえかい?」

男は静音の方を向いた。
やくざな彫り物に似合わず、目元の涼しい整った顔立ちをしている。

「あなたが遠山金四郎様・・?」

その金四郎はかなり驚いた顔をした。

「え、なんでお嬢さんまで俺のことを知ってるんだ?俺はそんなに有名になっているのか?」

静音がくすりと笑った。

「いえ、知人からあなたの話を聞いていました。的矢で働いている三浦源三郎さんです」

「ああ、源三郎さんの・・・」

そういうと金四郎は急に思案顔になり、少し間を置いてから話をつづけた。

「ええと、お嬢さんは源三郎さんと・・つまり恋仲なのかね?」

金四郎の言葉に意表を突かれた静音は慌てて否定した。

「いえっ!違います。ぜんぜん違います。源三郎さんは兄の友人、ただそれだけです」

それを聞いた金四郎は、まるで花が開いたように明るい笑顔を見せた。

「そうか。そろそろ暗くなるから帰り道は危ない。家まで送って行こう」

「え、そんな・・でも、ありがとうございます。危ないところを助けてもらったうえに」

「いいってことよ。お嬢さん名前は?」

「静音です」

「静音・・・お静ちゃんて呼んでもいいかい?」

「は、はい、どうぞ」

金四郎は静音と並んで歩いた。

「さっきのやくざは鼬一家の三下だ。奴らは女を岡場所に送り込むのにあんな手まで使ってやがる。ひでえもんだ」

「そうだったのですか。でもそんな非道は、きっと紅烏が赦しておきませんわ」

「紅烏・・その噂は俺も聞いているぜ。だがそいつも信用はできねえ。何者かわからねえからな」

「そうでしょうか?」

「俺がいずれ奴らを懲らしめてやるぜ。お静ちゃんが安心して町を歩けるようにな」

そう言うと金四郎はまた爽やかな笑顔を見せた。

(なに?聞いていたのと印象が違うじゃない)

・・・一目惚れするかもな・・
源三郎の言葉を思い出して、静音は密かに顔を赤らめた。
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