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第二章 桜吹雪の男

防刃衣装

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「紅烏が現れおったかと思えば、遠山の馬鹿息子とはとんだ猿芝居だったわい。しかし猿ならぬ紅烏がいつ現れてもおかしくはないぞ。奉行所は奴をお尋ね者として手配するつもりだが、お前も何か手立てを考えておろうな?」

ここは奉行所の一室である。
こんなところで町奉行ともあろうものが、やくざ者である鼬の清次郎と密談を交わしているのだ。
やはり田村は前任の岡田と比べると大胆というべきか、軽率というべきか。
一方の清次郎も小物なりに、紅烏への対策を考えているようだ。

「田村様、紅烏は空を飛ぶことができるそうです。多くの者がそれを目撃しています。そして斬られてもすぐに蘇る不死身だとも言われている。奴は人間ではねえ、化け物でごぜえます」

「この奉行もそう聞き及んでおるがの、その化け物をどうやって倒すつもりだ?」

「へえ、化け物には化け物をぶつけます。あっしの実の兄弟がやっておりやす見世物小屋がございまして、そこには紅烏に劣らない化け物がおりやす」

田村は興味深そうに清次郎の顔を見た。

「ほお、面白い。どんな化け物だ?」

火龍かりゅうと名乗っております。火を喰らい、炎を噴く化け物でございやす。紅烏がいかに不死身とはいえ炎で焼き尽くされれば蘇れますまい。お奉行様にカラスの丸焼きをお目に欠けやしょう」

田村はいかにも愉快そうに笑った。

「それはなかなか面白そうな余興じゃの。やってみろ、カラスの丸焼きを楽しみにしておるぞ・・それはそうと」

ここで田村はもうひとつの楽しみを思い出した。
鼬の清次郎一味を手駒に加えてからというもの、彼らが博打のかたに連れてくる娘たちを田村が端から手籠めにしていた。
岡田と駒三のときの水揚げように派手に一席設けるのではなく、ただただ慰み者にしてから岡場所に送り込むのだ。

「そろそろ貧乏くさい町人の娘は飽きた。侍の娘がよいのう・・・なんとかならんか」

「はあ・・侍の娘ですか。。」

(面倒なことを言う)清次郎は思ったが、嫌とは言えない。

「わかりやした。手配いたしますので少々お待ちください」

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「おい、ありゃ何だ?」

江戸の町を行きかう人々のそこかしこでこの声が上がった。
空を仰ぎ見る者たち、指を差す者たち。

「鳥か?」

「いや、あれは紅烏だ」

大江戸の空を紅烏が飛んでいる。
それは善良な町民たちには安心を与え、悪事を働くものたちには恐怖の象徴であった。
そしてそれこそが、紅烏の生みの親である平賀源内の意図するところであった。
紅烏が空から見ているというだけで、江戸の治安は劇的に良くなっていた。

空飛ぶ紅烏の正体は松岡幸助である。
幸助の飛行技術は以前よりずいぶんと上達していた。

「幸助の奴、上手く飛ぶもんだな。江戸中を紅烏が見張っているみたいだ。悪人は震え上がっていることだろうぜ」

平賀源内邸の中庭から空中の紅烏を仰ぎ見た源三郎が言った。

「はい、紅烏凧も源内先生が改良しましたので飛行距離がかなり伸びました。幸助さんの腕も上がっていますわ」

鈴を転がすように美しい声で、源内の助手であるお絹が応える。
そしてお絹は手に持った新しい紅烏の衣装を拡げて、それを中庭に立ててある人型の巻き藁に着せた。

「こちらが源内先生からお預かりしている源三郎様専用の紅烏の衣装です。源三郎様に試してもらうように言われています」

「ふむ。しかしこれも随分と薄いな。前の早変わり用と変わらねえように見えるぞ。本当にこれで防刃なのか?」

「それを試してほしいのです。前の防刃羽織を源三郎様に斬られたのが、源内先生はよほど悔しかったみたいですよ」

源三郎は巻き藁の前に立って間合いを計ると、目にも留まらぬ速度で刀を抜いて斬りつけ素早く鞘に戻した。
お絹が巻き藁に着せた紅烏の衣装を確認する。

「まあほんとうに斬れていませんわ」うれしそうに言う。

源三郎も衣装を手で触りながら丹念に調べた。

「驚いた。傷ひとつ付いてねえし、巻き藁も斬れてねえ。源内先生さすがだな」

「ええ天才ですから。先生、他にもいろいろお考えのようですよ」

「先生はいつ戻られる?」

「先生は今、秩父におられますが二、三日中には戻られると思いますわ」

「秩父か。そんなところで何をなされているのかね?」

「材料の調達らしいですよ。この紅烏の衣装にもその材料が使わているらしいですわ」

秩父あたりで手に入る材料とは何なのか?しかし源三郎は考えても無駄に思えた。
天才の考えることは凡人には見当もつかないのだ。

「まあとにかくこれはお預かりしよう。近いうちに必要になりそうなんでな。それはそうと・・」

ここで源三郎は少し言葉をためらったが、一呼吸してから口を開いた。

「よかったら今度一緒に芝居でも見に行かねえか?」

「まあ・・・」

源三郎の突然の誘いに驚いたお絹の白い顔が、少し紅く染まったように見えた。

「いや、その・・おめえもようやく大手を振って江戸の町を歩けるようになったことだしな。いつまでもこの屋敷に引きこもってちゃいけねえぜ。たまには楽しまなきゃな」

お絹は恥ずかしそうにうつむきながら、小声でも美しい声で応えた。

「お誘いいただきありがとうございます。ぜひご一緒させてください」

源三郎は心の中で小躍りした。
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