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序章 紅烏登場
世直し
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夜半過ぎ。
源三郎は松岡幸助の自宅にようやく到着した。
扉を数回叩く。
「おい!幸助は帰ってるか?」
扉を開けて蝋燭台を手に持った静音が顔を覗かせる。
源三郎の姿を見て少し驚いた様子だ。
「源三郎さん、こんな時間に何なの?そのおかしな恰好は?」
「ああこれか?最近、軽業の仕事を始めたんだよ。それより幸助はどうしている?」
静音は少し憂鬱な表情を浮かべた。
「それがお兄様の様子が変なの。汚い着物を着て帰って来るなり『疲れたから休む』って部屋に入ったんだけど、青白い顔をして病気みたい。心配で部屋に入ろうとしたら怒るのよ」
「そうか、わかった。俺が様子を見るからお静ちゃんは心配するな。邪魔するぜ」
ずかずかと家に上がり込む。
「幸助、俺だ」
「ああ、源三郎。ご苦労だったな、入ってくれ」
奥の間に入ると、幸助は柱にもたれて足を延ばして座っていた。
上半身は着物をはだけている。
畳の上には何やら薬瓶が数種類置かれていた。
「怪我の様子はどうだ?」
「今、傷口を焼酎で洗ったところだ。お前が血止めをしてくれて助かったよ。血止めがもう少し遅ければ危なかった」
「あれだけ出血してそれで済むなんて、おめえはバケモンだよ。その薬はなんだ?」
「これは知人の蘭方医から貰った薬だよ。化膿止めと血を増やす薬だ。とてもよく効く。すまんが包帯を巻いてくれ。静音に傷を見られたくないのでな」
源三郎は幸助の腕に包帯を巻きながら言った。
「この長ったらしい羽織、見た目より軽くて動きやすい。いったい何の生地で出来ているんだ?絹では無いな」
「ふふふ・・・初の紅烏の仕事は上手くいったかえ?その羽織は普通は刀で切れない防刃羽織だったんだがね、お前は簡単に斬っちまうからこのザマだよ」
包帯を巻き終わると源三郎は紅烏の羽織を脱ぎ、両手で拡げて眺めた。
「防刃羽織?こんな妙なもん、どこで手に入れた?」
「本来は秘密なんだが、ここまで知られちゃ黙っていても意味ないな。お前を見込んで話すが、内密だぞ・・静音にもな」
「むろんだ。話せ」
「その羽織を作ったのは平賀源内先生だ」
「平賀源内だと!?」
その名は源三郎も聞き及んでいた。
不思議なからくりや、稲妻を起こす箱を作ったという奇人の学者である。
「あの源内が紅烏の道具をこさえているってのか?おめえは平賀源内と組んで一体何やらかそうとしてるんだ?」
「ふふふ・・もちろん世直しだよ。ここまで知られたからにゃ、お前にも手伝ってもらうぞ、源三郎」
その言葉を聞いた源三郎は羽織を畳に放り出して言った。
「俺は世直しなんて柄じゃねえし、そんな善人でもねえ。俺は黒河豚一家にはした金で腕を売った外道だぜ」
「訳ありだと言ってたな?お前のことだ、誰か人助けのためなんだろう?」
長年の親友である幸助には源三郎の心根が手に取るようにわかる。
「源三郎、俺たちと組め。腐った外道どもを江戸の町から一掃してやろうぜ」
源三郎は松岡幸助の自宅にようやく到着した。
扉を数回叩く。
「おい!幸助は帰ってるか?」
扉を開けて蝋燭台を手に持った静音が顔を覗かせる。
源三郎の姿を見て少し驚いた様子だ。
「源三郎さん、こんな時間に何なの?そのおかしな恰好は?」
「ああこれか?最近、軽業の仕事を始めたんだよ。それより幸助はどうしている?」
静音は少し憂鬱な表情を浮かべた。
「それがお兄様の様子が変なの。汚い着物を着て帰って来るなり『疲れたから休む』って部屋に入ったんだけど、青白い顔をして病気みたい。心配で部屋に入ろうとしたら怒るのよ」
「そうか、わかった。俺が様子を見るからお静ちゃんは心配するな。邪魔するぜ」
ずかずかと家に上がり込む。
「幸助、俺だ」
「ああ、源三郎。ご苦労だったな、入ってくれ」
奥の間に入ると、幸助は柱にもたれて足を延ばして座っていた。
上半身は着物をはだけている。
畳の上には何やら薬瓶が数種類置かれていた。
「怪我の様子はどうだ?」
「今、傷口を焼酎で洗ったところだ。お前が血止めをしてくれて助かったよ。血止めがもう少し遅ければ危なかった」
「あれだけ出血してそれで済むなんて、おめえはバケモンだよ。その薬はなんだ?」
「これは知人の蘭方医から貰った薬だよ。化膿止めと血を増やす薬だ。とてもよく効く。すまんが包帯を巻いてくれ。静音に傷を見られたくないのでな」
源三郎は幸助の腕に包帯を巻きながら言った。
「この長ったらしい羽織、見た目より軽くて動きやすい。いったい何の生地で出来ているんだ?絹では無いな」
「ふふふ・・・初の紅烏の仕事は上手くいったかえ?その羽織は普通は刀で切れない防刃羽織だったんだがね、お前は簡単に斬っちまうからこのザマだよ」
包帯を巻き終わると源三郎は紅烏の羽織を脱ぎ、両手で拡げて眺めた。
「防刃羽織?こんな妙なもん、どこで手に入れた?」
「本来は秘密なんだが、ここまで知られちゃ黙っていても意味ないな。お前を見込んで話すが、内密だぞ・・静音にもな」
「むろんだ。話せ」
「その羽織を作ったのは平賀源内先生だ」
「平賀源内だと!?」
その名は源三郎も聞き及んでいた。
不思議なからくりや、稲妻を起こす箱を作ったという奇人の学者である。
「あの源内が紅烏の道具をこさえているってのか?おめえは平賀源内と組んで一体何やらかそうとしてるんだ?」
「ふふふ・・もちろん世直しだよ。ここまで知られたからにゃ、お前にも手伝ってもらうぞ、源三郎」
その言葉を聞いた源三郎は羽織を畳に放り出して言った。
「俺は世直しなんて柄じゃねえし、そんな善人でもねえ。俺は黒河豚一家にはした金で腕を売った外道だぜ」
「訳ありだと言ってたな?お前のことだ、誰か人助けのためなんだろう?」
長年の親友である幸助には源三郎の心根が手に取るようにわかる。
「源三郎、俺たちと組め。腐った外道どもを江戸の町から一掃してやろうぜ」
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