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序章 紅烏登場
超高速の戦闘
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紅烏は先ほどと同じように朱塗りの鞘と刀身を持った両手を翼のように広げて構えている。
そしてふたたび声を発した。
「もう一度言うぞ。私が用があるのは町奉行の岡田新右衛門だけだ。他の者は命あるうちに立ち去れ」
黒河豚一家の七名はその声を聞いて後退りを始めた。
しかし五人の侍は誰も退がらない。
源三郎は小声で佐藤平右衛門に話しかける。
「野郎は俺が片付けるから、あんたたちは隙を見て岡田を屋敷まで連れて帰ってくれ。そして今夜は外に出すな」
「おぬしひとりで大丈夫なのか?黒頭巾組は残って戦うぞ」
「いや、伏兵が潜んでいるかもしれん。あんたたちは岡田を警護してくれ」
そう言うと源三郎は抜刀しないまま、こちらの集団から一歩進み出た。
紅烏との間合いはおよそ5間(約9メートル)ほどだ。
「紅烏。てめえは神の使いだそうだな。そして俺たちゃ確かに外道だよ。しかし外道でも仲間を斬られて黙って立ち去るわけにはいかねえ。神とて容赦しねえぜ」
源三郎が大きな声で啖呵を切る。
「・・・愚かなことよ」
紅烏の羽織が揺らめいた。
(来る!)
しかし相手の出方を待つほど源三郎は気が長くはない。
前に走り自ら一気に間合いを詰めつつ、左手で刀を抜いた。
逆手で柄を握り、抜くと同時に空中で順手に持ち換える特殊な抜刀術だ。
源三郎が年少より修行した冨井流には刀の抜き方だけで三十六法ある。
誰にも見えないほどの速さで抜き放たれた刀身が紅烏を襲った。
羽織を斬る感触はあるが、しかし肉を斬ってはいない。
空気を切る音がする。
赤い閃きが源三郎の頭部を襲う。
これは紅烏の朱塗りの鞘だ。
頭を下げて鞘の攻撃を躱すと、その位置に紅烏の刃が迫りくる。
息をもつかせぬ連続攻撃だ。
並の者ならこの連撃で倒れたことだろう。
冨井流では修行初期より「鍛眼法」という訓練を行う。
現代語でいうところの動体視力を鍛える訓練だ。
これには様々な訓練法があるのだが、一例を挙げると目の前を横切るように輪投げの輪のようなものを投げてもらい、その輪を突き通すように刀を抜くのだ。
このようにして鍛え上げた動体視力が、紅烏の連続攻撃を正確に捕えていた。
上体を反らして辛くも紅烏の刃を紙一重で躱す。
しかしこのあと紅烏は不可解な行動に出た。
攻防では圧倒していたにもかかわらず、後ろに飛び退ったのだ。
(どうした?なにか新手の幻術か?)
紅烏は小声で何か呟いている。
「お前は・・まさか」
源三郎には訳がわからないが、なぜか紅烏は攻めあぐねている様子だ。
しかしこの機会を逃すようには源三郎の身体は出来ていない。
冨井流は抜刀術を名乗っているため、居合の一種と思われがちである。
たしかに居合の要素を多く含んではいるのだが、一般に居合が抜いた後の一の太刀とつづいての二の太刀で極めることに注力しているのに対して、冨井流は相手を倒すまで休みない連撃を極意としている。
「一息五撃」と称する連撃法が秘伝とされているのだ。
まさに一息で五撃を叩きこむ勢いで攻める。
さしもの紅烏も防戦一方となっていた。
(まだまだだ・・・休む暇は与えねえ)
その凄まじい速度での連続攻撃は、それを見ている黒頭巾組の一同をも唖然とさせていた。
彼らが知っている道場剣術とは、まるで次元の異なるような攻防が目の前で繰り広げられていたからだ。
「これが剣術なら、今まで俺が剣術だと思っていたものは、ありゃ一体なんだったんだ?」
思わず言葉を漏らす者も居る。
それから十数撃も叩き込んだ頃だろうか。
(斬った!)
源三郎の腕に確かに肉を斬る感触があった。
紅烏は羽織を翻しながら独楽のように回転して地面に転がったが、すぐにその勢いで立ち上がった。
(ちっ!浅かったか)
しかし紅烏の羽織の裾から、かなりの量の血が滴り落ちるのが見えた。
「でかしたぞ三浦殿!紅烏は深手を負っている。今こそ皆で取り押さえようぞ」
佐藤平右衛門がいきり立って言った。
「いや、来るな。奴はまだ何か仕掛けている。足元を見ろ」
平右衛門が足元を見ると、そこには無数の黒い菱のようなものが転がっていた。
「撒き菱か・・・いつの間に」
黒河豚一家、黒頭巾組の一同と、源三郎と赤烏の戦いの場はいつの間にか撒き菱で分断されていたのである。
赤烏は身を翻すと彼方に向かって駆け出した。
「佐藤さん、紅烏は俺が追う。今のうちに岡田を屋敷まで送り届けてくれ」
そう言い残すとと源三郎は紅烏を追って走り出した。
そしてふたたび声を発した。
「もう一度言うぞ。私が用があるのは町奉行の岡田新右衛門だけだ。他の者は命あるうちに立ち去れ」
黒河豚一家の七名はその声を聞いて後退りを始めた。
しかし五人の侍は誰も退がらない。
源三郎は小声で佐藤平右衛門に話しかける。
「野郎は俺が片付けるから、あんたたちは隙を見て岡田を屋敷まで連れて帰ってくれ。そして今夜は外に出すな」
「おぬしひとりで大丈夫なのか?黒頭巾組は残って戦うぞ」
「いや、伏兵が潜んでいるかもしれん。あんたたちは岡田を警護してくれ」
そう言うと源三郎は抜刀しないまま、こちらの集団から一歩進み出た。
紅烏との間合いはおよそ5間(約9メートル)ほどだ。
「紅烏。てめえは神の使いだそうだな。そして俺たちゃ確かに外道だよ。しかし外道でも仲間を斬られて黙って立ち去るわけにはいかねえ。神とて容赦しねえぜ」
源三郎が大きな声で啖呵を切る。
「・・・愚かなことよ」
紅烏の羽織が揺らめいた。
(来る!)
しかし相手の出方を待つほど源三郎は気が長くはない。
前に走り自ら一気に間合いを詰めつつ、左手で刀を抜いた。
逆手で柄を握り、抜くと同時に空中で順手に持ち換える特殊な抜刀術だ。
源三郎が年少より修行した冨井流には刀の抜き方だけで三十六法ある。
誰にも見えないほどの速さで抜き放たれた刀身が紅烏を襲った。
羽織を斬る感触はあるが、しかし肉を斬ってはいない。
空気を切る音がする。
赤い閃きが源三郎の頭部を襲う。
これは紅烏の朱塗りの鞘だ。
頭を下げて鞘の攻撃を躱すと、その位置に紅烏の刃が迫りくる。
息をもつかせぬ連続攻撃だ。
並の者ならこの連撃で倒れたことだろう。
冨井流では修行初期より「鍛眼法」という訓練を行う。
現代語でいうところの動体視力を鍛える訓練だ。
これには様々な訓練法があるのだが、一例を挙げると目の前を横切るように輪投げの輪のようなものを投げてもらい、その輪を突き通すように刀を抜くのだ。
このようにして鍛え上げた動体視力が、紅烏の連続攻撃を正確に捕えていた。
上体を反らして辛くも紅烏の刃を紙一重で躱す。
しかしこのあと紅烏は不可解な行動に出た。
攻防では圧倒していたにもかかわらず、後ろに飛び退ったのだ。
(どうした?なにか新手の幻術か?)
紅烏は小声で何か呟いている。
「お前は・・まさか」
源三郎には訳がわからないが、なぜか紅烏は攻めあぐねている様子だ。
しかしこの機会を逃すようには源三郎の身体は出来ていない。
冨井流は抜刀術を名乗っているため、居合の一種と思われがちである。
たしかに居合の要素を多く含んではいるのだが、一般に居合が抜いた後の一の太刀とつづいての二の太刀で極めることに注力しているのに対して、冨井流は相手を倒すまで休みない連撃を極意としている。
「一息五撃」と称する連撃法が秘伝とされているのだ。
まさに一息で五撃を叩きこむ勢いで攻める。
さしもの紅烏も防戦一方となっていた。
(まだまだだ・・・休む暇は与えねえ)
その凄まじい速度での連続攻撃は、それを見ている黒頭巾組の一同をも唖然とさせていた。
彼らが知っている道場剣術とは、まるで次元の異なるような攻防が目の前で繰り広げられていたからだ。
「これが剣術なら、今まで俺が剣術だと思っていたものは、ありゃ一体なんだったんだ?」
思わず言葉を漏らす者も居る。
それから十数撃も叩き込んだ頃だろうか。
(斬った!)
源三郎の腕に確かに肉を斬る感触があった。
紅烏は羽織を翻しながら独楽のように回転して地面に転がったが、すぐにその勢いで立ち上がった。
(ちっ!浅かったか)
しかし紅烏の羽織の裾から、かなりの量の血が滴り落ちるのが見えた。
「でかしたぞ三浦殿!紅烏は深手を負っている。今こそ皆で取り押さえようぞ」
佐藤平右衛門がいきり立って言った。
「いや、来るな。奴はまだ何か仕掛けている。足元を見ろ」
平右衛門が足元を見ると、そこには無数の黒い菱のようなものが転がっていた。
「撒き菱か・・・いつの間に」
黒河豚一家、黒頭巾組の一同と、源三郎と赤烏の戦いの場はいつの間にか撒き菱で分断されていたのである。
赤烏は身を翻すと彼方に向かって駆け出した。
「佐藤さん、紅烏は俺が追う。今のうちに岡田を屋敷まで送り届けてくれ」
そう言い残すとと源三郎は紅烏を追って走り出した。
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