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百姓手(ヒャクショウデ)
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「先生、私は松村宗棍に勝つことが出来るでしょうか?」
夕刻の稽古時に、チルーは大島クルウに尋ねた。
その問いに大島クルウは少し考えてから問い返した。
「チルー、なぜ松村宗棍と闘う必要がある?お前は武樽に勝利し、奴を許した。すでに目的を達したお前が、何ゆえにさらなる闘いを欲するのじゃ?」
「それは・・・」
実のところ、その理由はチルーにもよくわからない。
ただ松村宗棍のあの煮え切らない態度や、小賢しい立ち振る舞いに腹を立てているのだ。とぼけたにやけ顔も、気取った口調も腹が立つ。しかし、なんであの男のやることにこれほど腹が立つのだろう。
「まあいいじゃろう。お前はもう自分より強い者の存在が許せなくなっておるのかもしれんな。儂の若い頃にそっくりじゃ。ふふふ・・やはり弟子じゃのう」
そういうのではないと思うのだが、ひとまずチルーは黙ってクルウの話を聞くことにした。
「儂はお前に全伝を授けた。すでにお前は儂よりも強いし、儂もこれ以上お前に教える技は無い。その上でじゃ、お前が松村宗棍に勝てるかというと、かなり厳しいと言えるじゃろう」
「虎の手を使ってもですか?」
「おそらく虎の手も通用するまい。あの男はすでに師匠のトーデ佐久川を超えておる。トーデを知り尽くした男じゃ、八加二帰八が使えるのなら当然虎の手も知っておるだろう。つまりあらゆるトーデの術は松村宗棍の手の内にある。おまけに奴は薩摩の示現流免許皆伝の腕前と聞く。それらを練り合わせて鍛え上げたのが奴のカラテなら、我々のトーデでは勝ち目がない。しかし」
「しかし?」
「一縷の望みというやつじゃが、そもそもトーデは武士手(ブシデ)じゃ。王族と武士のための武術じゃからな。示現流も薩摩の武士手じゃ。もしかしたら、奴は百姓手(ヒャクショウデ)は知らんかもしれん」
「百姓手?」
初めて聞く言葉である。琉球に置いては『百姓』とは農民のみを指す言葉ではなく、王族と武士を除く平民全般を指す。つまり大島クルウの言うところの百姓手とは、平民の武術という意味であろうか。
「百姓手というのは表向きは存在せん。武術とはあくまでも武士のものじゃからのう。しかしそこはやはり琉球人の気風じゃ。お前らは百姓だから武術するなと言われて大人しくは従わんわ。百姓は百姓で密かに独自の武術を磨いておる。それは我々のトーデとも松村宗棍のカラテとも異質なものじゃ」
大島クルウ自身が元々武士ではなく、大島(奄美大島)出身の船乗りである。そのため琉球に来てからも、百姓との交流が多かったため、百姓手についてある程度の知識はある。しかし、生粋の武士である松村宗棍は百姓手には疎い可能性があると言うのだ。
琉球の武士は当然だが、素手の武術以外に武器術の心得がある。この武器術の代表的なものはまず棒術・槍術で、中国の棍法・槍法に由来するものだ。次にサイ、そしてティンベー術(籐で出来た盾と小槍を用いる武術)などがあり、これらに加えて日本の剣術や長刀(薙刀)を学ぶ者も多い。いずれももともと武器として制作された道具を使う武術である。
対して百姓の武器術は表立っては武器ではない、農機具や生活道具などに擬態した道具を使うのが特徴である。代表的なものは、ヌンチャク(馬の口輪・ムーゲー)、トンファー(石臼の取っ手)、鎌、ウェーク(船を漕ぐ櫂)、ヌンティ(漁師の銛)、鳥刺し、箒などである。
ちなみに現代の琉球古武術には武士手だの百姓手だのという区別は無い。上記の武器術はおおむね、空手と並行して修行されている。これは明治期以降に百姓の武器術がほとんど滅びかけた事に関係があると思われる。
この滅びかけた武術を大正から昭和にかけて、屋比久孟伝、平信賢といった空手家が収集保存に努力したため、以降は空手家の武器術として継承されることになったのである。
そして1970年代にブルース・リーが映画でヌンチャクを使用したことによって世界的な大ブームとなり、もともとは空手とはまったく別系統の武術で一度は滅びかけていたヌンチャクが、琉球古武術のもっとも有名な武器になったのは皮肉と言えば皮肉である。
「チルー、糸満に行って漁師のマチューという男を訪ねるがよい。儂が手紙を書くで力になってくれるじゃろう」
「その人はいったいどういう人ですか?」
「ふふふ。お前も名前くらいは聞いたことがあろう、あの糸満マギーの倅じゃよ」
糸満マギーは一介の漁師でありながら、その武名(マギーとは大きいという意味)で知られた男である。あの真壁チャーンとは何度もやり合った身分を超えたライバルであったと言われる。また棒の強さでも有名で、那覇の豊見城親方の家来に崎山という棒術の使い手が居たが、晩年の糸満マギーと手合わせをするも、まったく子供扱いされて追い返されたらしい。糸満マギーの棒術は武士手ではなく、幼少の頃より漁船のウェーク(櫂)の操作で身に付けたものだ。
「糸満マギーは故人じゃが、その武術のすべては息子のマチューが受け継いでおる。上手くすれば松村宗棍を攻略する糸口が見つかるかもしれん。とにかく行ってみるとよい。手土産はやはり酒がいいぞ」
糸満マギーの百姓手・・それが実際に役立つものなのだろうかという疑問はあるが、チルーは大島クルウのことは信頼しているので疑問は捨てることにした。
「わかりました先生。明日にでもとっておきの古酒(クースー)を持って、訪ねてみます」
-----------------------------
次回予告
-----------------------------
舞台を糸満の漁師町に移して、まさかの「チルー花嫁修行編」突入?
松村宗棍のカラテに対抗し得る「百姓手」を身に付けるため、酒瓶(さけがめ)を持って糸満の漁師マチューを訪ね教えを乞うチルーは、浜での手合わせでマチューに簡単に負けてしまう。
そしてチルーはマチューと同居生活に入ることになるが?新展開を迎える
次回「糸満マチューの武術」ご期待ください!
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夕刻の稽古時に、チルーは大島クルウに尋ねた。
その問いに大島クルウは少し考えてから問い返した。
「チルー、なぜ松村宗棍と闘う必要がある?お前は武樽に勝利し、奴を許した。すでに目的を達したお前が、何ゆえにさらなる闘いを欲するのじゃ?」
「それは・・・」
実のところ、その理由はチルーにもよくわからない。
ただ松村宗棍のあの煮え切らない態度や、小賢しい立ち振る舞いに腹を立てているのだ。とぼけたにやけ顔も、気取った口調も腹が立つ。しかし、なんであの男のやることにこれほど腹が立つのだろう。
「まあいいじゃろう。お前はもう自分より強い者の存在が許せなくなっておるのかもしれんな。儂の若い頃にそっくりじゃ。ふふふ・・やはり弟子じゃのう」
そういうのではないと思うのだが、ひとまずチルーは黙ってクルウの話を聞くことにした。
「儂はお前に全伝を授けた。すでにお前は儂よりも強いし、儂もこれ以上お前に教える技は無い。その上でじゃ、お前が松村宗棍に勝てるかというと、かなり厳しいと言えるじゃろう」
「虎の手を使ってもですか?」
「おそらく虎の手も通用するまい。あの男はすでに師匠のトーデ佐久川を超えておる。トーデを知り尽くした男じゃ、八加二帰八が使えるのなら当然虎の手も知っておるだろう。つまりあらゆるトーデの術は松村宗棍の手の内にある。おまけに奴は薩摩の示現流免許皆伝の腕前と聞く。それらを練り合わせて鍛え上げたのが奴のカラテなら、我々のトーデでは勝ち目がない。しかし」
「しかし?」
「一縷の望みというやつじゃが、そもそもトーデは武士手(ブシデ)じゃ。王族と武士のための武術じゃからな。示現流も薩摩の武士手じゃ。もしかしたら、奴は百姓手(ヒャクショウデ)は知らんかもしれん」
「百姓手?」
初めて聞く言葉である。琉球に置いては『百姓』とは農民のみを指す言葉ではなく、王族と武士を除く平民全般を指す。つまり大島クルウの言うところの百姓手とは、平民の武術という意味であろうか。
「百姓手というのは表向きは存在せん。武術とはあくまでも武士のものじゃからのう。しかしそこはやはり琉球人の気風じゃ。お前らは百姓だから武術するなと言われて大人しくは従わんわ。百姓は百姓で密かに独自の武術を磨いておる。それは我々のトーデとも松村宗棍のカラテとも異質なものじゃ」
大島クルウ自身が元々武士ではなく、大島(奄美大島)出身の船乗りである。そのため琉球に来てからも、百姓との交流が多かったため、百姓手についてある程度の知識はある。しかし、生粋の武士である松村宗棍は百姓手には疎い可能性があると言うのだ。
琉球の武士は当然だが、素手の武術以外に武器術の心得がある。この武器術の代表的なものはまず棒術・槍術で、中国の棍法・槍法に由来するものだ。次にサイ、そしてティンベー術(籐で出来た盾と小槍を用いる武術)などがあり、これらに加えて日本の剣術や長刀(薙刀)を学ぶ者も多い。いずれももともと武器として制作された道具を使う武術である。
対して百姓の武器術は表立っては武器ではない、農機具や生活道具などに擬態した道具を使うのが特徴である。代表的なものは、ヌンチャク(馬の口輪・ムーゲー)、トンファー(石臼の取っ手)、鎌、ウェーク(船を漕ぐ櫂)、ヌンティ(漁師の銛)、鳥刺し、箒などである。
ちなみに現代の琉球古武術には武士手だの百姓手だのという区別は無い。上記の武器術はおおむね、空手と並行して修行されている。これは明治期以降に百姓の武器術がほとんど滅びかけた事に関係があると思われる。
この滅びかけた武術を大正から昭和にかけて、屋比久孟伝、平信賢といった空手家が収集保存に努力したため、以降は空手家の武器術として継承されることになったのである。
そして1970年代にブルース・リーが映画でヌンチャクを使用したことによって世界的な大ブームとなり、もともとは空手とはまったく別系統の武術で一度は滅びかけていたヌンチャクが、琉球古武術のもっとも有名な武器になったのは皮肉と言えば皮肉である。
「チルー、糸満に行って漁師のマチューという男を訪ねるがよい。儂が手紙を書くで力になってくれるじゃろう」
「その人はいったいどういう人ですか?」
「ふふふ。お前も名前くらいは聞いたことがあろう、あの糸満マギーの倅じゃよ」
糸満マギーは一介の漁師でありながら、その武名(マギーとは大きいという意味)で知られた男である。あの真壁チャーンとは何度もやり合った身分を超えたライバルであったと言われる。また棒の強さでも有名で、那覇の豊見城親方の家来に崎山という棒術の使い手が居たが、晩年の糸満マギーと手合わせをするも、まったく子供扱いされて追い返されたらしい。糸満マギーの棒術は武士手ではなく、幼少の頃より漁船のウェーク(櫂)の操作で身に付けたものだ。
「糸満マギーは故人じゃが、その武術のすべては息子のマチューが受け継いでおる。上手くすれば松村宗棍を攻略する糸口が見つかるかもしれん。とにかく行ってみるとよい。手土産はやはり酒がいいぞ」
糸満マギーの百姓手・・それが実際に役立つものなのだろうかという疑問はあるが、チルーは大島クルウのことは信頼しているので疑問は捨てることにした。
「わかりました先生。明日にでもとっておきの古酒(クースー)を持って、訪ねてみます」
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次回予告
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舞台を糸満の漁師町に移して、まさかの「チルー花嫁修行編」突入?
松村宗棍のカラテに対抗し得る「百姓手」を身に付けるため、酒瓶(さけがめ)を持って糸満の漁師マチューを訪ね教えを乞うチルーは、浜での手合わせでマチューに簡単に負けてしまう。
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