5 / 35
入門試験
しおりを挟む
「なに?トーデを習いたいと」
芭蕉園の小屋を訪れたチルーの申し出に、大島クルウは少し驚いたように尋ねた。
「はい、泊の悪党兄弟との一件で、私は自分の無力を悟ったのです」
「いや、しかしのう・・チルーちゃんはすでに与那原では男でも敵う者がない強さじゃろう。女がそれ以上強くなってどうするんじゃね」
大島クルウはチルーの父親より、チルーの剛力ゆえの縁遠さの悩みを何度も聞かされていたのであった。
「それにトーデは危険な剛術じゃ。ゆえに琉球では女にトーデを習わせた例は無いのだ」
「本唐(中国)では女のトーデの達人の話がいくつもあると聞いています」
「むう・・・」
食い下がるチルーに、大島クルウは非常に困惑していた。
そしてしばらく考え込んだ末に、大島クルウはひとつの提案をした。
「よしわかった。ではまず試験を受けてもらおう。トーデを身に付けるには、特別な素養が必要じゃ。いいかね」
チルーの顔がぱっと明るくなった。
「はい、ぜひ受けさせていただきます。何をすれば良いのですか」
「まず両手をこちらに差し出してごらん」
言われた通りにチルーが両手を差し出すと、大島クルウはその両手首を上から握った。
「儂が握ったこの手を、チルーちゃんが振りほどくことが出来たら合格じゃ。やってごらん」
(それだけのこと?)
チルーにとって、それはあまりに簡単な試験に思えた。
いかにトーデの達人とはいえ、大島クルウは痩せこけた老人である。
しかもチルーの両手首を握る手には、ほとんど握力が感じられないのだ。
「では、いきますよ」
チルーは声を掛けてから、自分の両腕に力を込めて振りほどこうとした。
(・・・あれ?)
しかし、どうしたわけかチルーの両腕は、まるで巨岩に埋め込まれたかのようにビクとも動かなかった。
驚いたチルーは大島クルウの顔を見たが、平然としていて特に力を入れている様子もない。
そこでチルーは腕をねじ上げようとしたり、引き抜こうとしたり様々な方法を試みた。
しかしやはり、その腕はビクとも動かすことが出来なかったのである。
「どうしたね?やはり女にトーデは無理なようじゃのう」
実はこの時、大島クルウはただ軽く手首を握っているように見せかけて『八加二帰八握力法(パイカジャキヨパイ)』というトーデの秘術を密かに用いていたのである。この握力法で握られれば、いかに力のある者でも振りほどくことは出来ない。要するに大島クルウは、チルーの望みを諦めさせようとしていたのだ。
(うーん、どうしよう・・そうだ、よし)
どうやっても腕を動かすことが出来ないことを悟ったチルーは、自らの腕に力を込めて固定したまま一度深く腰を落とし、そして立ち上がった。
「ん・・なんじゃ・・」
大島クルウはチルーの力を少々侮っていたことを知った。自分の両足が床に着いていないのだ。
つまりチルーは両手首を掴ませたまま、大島クルウを身体ごと持ちあげたのである。
与那嶺チルーには、かなり晩年になっても五斗俵(約75kg)を片手で目の高さまで吊り上げて、もう片方の手に持った箒でその下を掃除していた、という逸話が今日も沖縄に残っている。ならば若き日のチルーにとっては、痩せた老人を両手で持ちあげることなど容易かったであろう。
「えいっ」という声とともに、チルーは大島クルウを床に叩きつけようとした。
怪力で床に叩きつけられては、無事では済まない。
大島クルウは、空中でくるりと身を翻して足から床に着地した。
「おじさん、両手が離れましたよ」
チルーが花がこぼれるような笑顔で言った。
「うむむ・・・しまった・・・」
身の危険を感じて、思わず手を離してしまったのである。
「おじさん、わたし合格しましたよね」
思惑と異なる結果であるが、約束したのは事実である。
「うむ。合格じゃ」
「やったー!」
チルーは両手を挙げて喜ぶ。
そのチルーに、大島クルウは厳しい口調で言った。
「トーデを教えるのにあたっては条件がいくつかある。よく聞きなさい」
-----------------------------
次回予告
-----------------------------
入門試験を見事にパスしたチルー。
大島クルウは彼のトーデのすべてを三年の修業で伝える事を約束する。
大島クルウの拳法は中国福建省に伝わる白鶴拳、すなわち鶴(チルー)の拳法だ。
この不思議な符号に運命的なものを感じた師弟の修業が今はじまる!
次回「鶴(チルー)の拳」ご期待ください!
★面白かったらお気に入り登録で応援お願いいたします。
芭蕉園の小屋を訪れたチルーの申し出に、大島クルウは少し驚いたように尋ねた。
「はい、泊の悪党兄弟との一件で、私は自分の無力を悟ったのです」
「いや、しかしのう・・チルーちゃんはすでに与那原では男でも敵う者がない強さじゃろう。女がそれ以上強くなってどうするんじゃね」
大島クルウはチルーの父親より、チルーの剛力ゆえの縁遠さの悩みを何度も聞かされていたのであった。
「それにトーデは危険な剛術じゃ。ゆえに琉球では女にトーデを習わせた例は無いのだ」
「本唐(中国)では女のトーデの達人の話がいくつもあると聞いています」
「むう・・・」
食い下がるチルーに、大島クルウは非常に困惑していた。
そしてしばらく考え込んだ末に、大島クルウはひとつの提案をした。
「よしわかった。ではまず試験を受けてもらおう。トーデを身に付けるには、特別な素養が必要じゃ。いいかね」
チルーの顔がぱっと明るくなった。
「はい、ぜひ受けさせていただきます。何をすれば良いのですか」
「まず両手をこちらに差し出してごらん」
言われた通りにチルーが両手を差し出すと、大島クルウはその両手首を上から握った。
「儂が握ったこの手を、チルーちゃんが振りほどくことが出来たら合格じゃ。やってごらん」
(それだけのこと?)
チルーにとって、それはあまりに簡単な試験に思えた。
いかにトーデの達人とはいえ、大島クルウは痩せこけた老人である。
しかもチルーの両手首を握る手には、ほとんど握力が感じられないのだ。
「では、いきますよ」
チルーは声を掛けてから、自分の両腕に力を込めて振りほどこうとした。
(・・・あれ?)
しかし、どうしたわけかチルーの両腕は、まるで巨岩に埋め込まれたかのようにビクとも動かなかった。
驚いたチルーは大島クルウの顔を見たが、平然としていて特に力を入れている様子もない。
そこでチルーは腕をねじ上げようとしたり、引き抜こうとしたり様々な方法を試みた。
しかしやはり、その腕はビクとも動かすことが出来なかったのである。
「どうしたね?やはり女にトーデは無理なようじゃのう」
実はこの時、大島クルウはただ軽く手首を握っているように見せかけて『八加二帰八握力法(パイカジャキヨパイ)』というトーデの秘術を密かに用いていたのである。この握力法で握られれば、いかに力のある者でも振りほどくことは出来ない。要するに大島クルウは、チルーの望みを諦めさせようとしていたのだ。
(うーん、どうしよう・・そうだ、よし)
どうやっても腕を動かすことが出来ないことを悟ったチルーは、自らの腕に力を込めて固定したまま一度深く腰を落とし、そして立ち上がった。
「ん・・なんじゃ・・」
大島クルウはチルーの力を少々侮っていたことを知った。自分の両足が床に着いていないのだ。
つまりチルーは両手首を掴ませたまま、大島クルウを身体ごと持ちあげたのである。
与那嶺チルーには、かなり晩年になっても五斗俵(約75kg)を片手で目の高さまで吊り上げて、もう片方の手に持った箒でその下を掃除していた、という逸話が今日も沖縄に残っている。ならば若き日のチルーにとっては、痩せた老人を両手で持ちあげることなど容易かったであろう。
「えいっ」という声とともに、チルーは大島クルウを床に叩きつけようとした。
怪力で床に叩きつけられては、無事では済まない。
大島クルウは、空中でくるりと身を翻して足から床に着地した。
「おじさん、両手が離れましたよ」
チルーが花がこぼれるような笑顔で言った。
「うむむ・・・しまった・・・」
身の危険を感じて、思わず手を離してしまったのである。
「おじさん、わたし合格しましたよね」
思惑と異なる結果であるが、約束したのは事実である。
「うむ。合格じゃ」
「やったー!」
チルーは両手を挙げて喜ぶ。
そのチルーに、大島クルウは厳しい口調で言った。
「トーデを教えるのにあたっては条件がいくつかある。よく聞きなさい」
-----------------------------
次回予告
-----------------------------
入門試験を見事にパスしたチルー。
大島クルウは彼のトーデのすべてを三年の修業で伝える事を約束する。
大島クルウの拳法は中国福建省に伝わる白鶴拳、すなわち鶴(チルー)の拳法だ。
この不思議な符号に運命的なものを感じた師弟の修業が今はじまる!
次回「鶴(チルー)の拳」ご期待ください!
★面白かったらお気に入り登録で応援お願いいたします。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
酔仙楼詩話
吉野川泥舟
歴史・時代
中国は明の時代。
都・長安には風流人士たちの集う酒楼があった。
名を酔仙楼という。
かの大詩人、李白ゆかりのこの酒楼で繰り広げられるドタバタ詩文コメディ。
さて、今宵の肴はいったい誰になるのか?
登場人物紹介
すもも 盛唐の詩人李白そのひと。字は太白、号は青蓮居士。天才的な詩才と自由奔放な振る舞いから謫仙人とも呼ばれる。詩仙の尊称を持つ。
しびっち 盛唐の詩人杜甫そのひと。字は子美。真面目で細かく、融通の効かない性格。食い意地が人一倍張っている。詩聖の尊称を持つ。
ブツ子 盛唐の詩人王維そのひと。字は摩詰。やや天然気味のフワッとした性格。詩のみならず絵画にも長け、南画の祖とも呼ばれる。詩仏の尊称を持つ。
※カクヨムさま、小説になろうさまにても公開中です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
仕合せ屋捕物控
綿涙粉緒
歴史・時代
「蕎麦しかできやせんが、よございますか?」
お江戸永代橋の袂。
草木も眠り、屋の棟も三寸下がろうかという刻限に夜な夜な店を出す屋台の蕎麦屋が一つ。
「仕合せ屋」なんぞという、どうにも優しい名の付いたその蕎麦屋には一人の親父と看板娘が働いていた。
ある寒い夜の事。
そばの香りに誘われて、ふらりと訪れた侍が一人。
お江戸の冷たい夜気とともに厄介ごとを持ち込んできた。
冷たい風の吹き荒れるその厄介ごとに蕎麦屋の親子とその侍で立ち向かう。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる