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大島クルウの唐手
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「なんだ、誰が来たかと思えば小屋のじじいか。お楽しみの邪魔すんな。怪我をしないうちに小屋に戻んな」
痩せこけた老人である大島クルウの姿を見て、武樽は言い放った。
大島クルウは険しい顔で武樽を見据える。
「どこの若造か知らんが大それたことをしてくれたな。悪戯では済まんぞ。懲らしめてやる」
「はあっ?」
武樽はチルーの身体から立ち上がると、瘠せ老人に向かって言った。
「はあ、何?懲らしめるだとじじい。お前がか?やれるもんならやってみろ」
言うや否や、疾風のように素早い脚を、クルウの腹に向けて蹴り込んだ。
クルウは身を捻るように蹴りをかわすと同時に、武樽の蹴り足に手刀を打ち込む。
脚全体を貫く激しい痛みに顔を歪めた武樽だが、前転するように地面を転がり距離を稼いだのは流石であった。
しかし手刀を打ち込まれた武樽の脚はひどく痺れている。
「じじいっ!てめえ、トーデを使うのか?」
「ああ、多少心得とるぞ。少なくとも貴様よりはな」
その言葉を聞いた武樽は、不意を突くように打たれて痺れている右足とは逆の脚で地面を蹴り空中を飛んだ。
二間弱(約3m)ほどの間合いを一気に詰めて右と左の連続蹴りで大島クルウの顔面を襲う。
これが武樽の隠し手・飛鳥の術、いわゆる二段蹴りである。これまでこの技で倒せなかった相手は居ない。
左の飛び蹴りが確かにクルウの顔面を捕らえたはずであったが、武樽の足に手応えは無い。
そして次の瞬間、着地する足を大島クルウの足払いが襲ったため、武樽は無様にも地面に叩きつけられた。
背中を強く打ったため息が止まりそうである。
「若造、蹴りが大層得意なようじゃが、まだまだ未熟だ。昔、真壁チャーンという蹴りの名人と立ち合ったことがあるが、奴とは比べ物にもならんわ」
(真壁チャーンと立ち合っただと!?)
真壁チャーンといえば、かつて琉球中にその名を知られた蹴りの達人である。
武樽の蹴りは、その真壁チャーンに憧れて修練したものなのだ。
「・・・じじい・・・てめえ何者だ」
「儂の名は、大島クルウ」
「大島クルウ!」
武樽はその名に聞き覚えがあった。
かつて大島にクルウという名のトーデの名人が居り、薩摩に渡り多くの武芸者と立ち合うも、クルウに敵う者が誰もなかったという。この琉球においてもあまたの名人・達人に勝利したと聞くが、なぜこのようなところに大島クルウが居るのか?
「若造、これだけのことをしでかしておいて、この大島クルウから逃れられると思うまいな。二度と悪さできんように、その一物を引き抜いてやろう」
こいつはヤバい。本気だ・・・さすがの武樽も恐怖した。しかしその時。
「や、やめろ、兄貴から離れろ。さもなければこの娘の命はねえぞ」
見ると武太が、カミーの細い首を左手で掴み、右手には大きな石を持って身構えていた。
「む、しまった。不覚じゃ」
人質を取られては大島クルウも身動きできない。
「武太、でかしたぞ。てめえら動くなよ。今日のところは引き下がってやる。おい武太、行くぞ」
そう言うと武樽は木に掛けてあった自分たちの着物を掴んだ。
そして武太とともにカミーを盾にするようにしてしばらく歩くと、突然カミーを突き飛ばし森の中に走って消えた。
チルーはなんとか身を起こし、ふらつく足でカミーに走り寄る。
「お嬢さん方、怪我は無いか」
大島クルウがふたりに声を掛けた。
「おじさん、ありがとう。私もカミーも無事です」
「そうか。では儂は向こうを向いておるでな、とりあえず着物を着てくれんか」
今さらながら自分たちが裸であることに気付いて、チルーは顔を真っ赤に染めた。
着物を着終えたチルーとカミーは、改めて大島クルウに礼を言った。
「いや、儂も森の中に、あきらかにお嬢さん方とは違う足音があることに気付くのが遅かった。耄碌したもんじゃよ。慌てて駆けつけたんじゃが、かろうじて手遅れにならずに済んでよかった」
一息ついたチルーは、さきほどの大島クルウの妙技に興味を抱いていた。
「おじさん、さっきの技はトーデですか」
「ああそうじゃ。若い頃に少々嗜んだ」
少々嗜んだ程度の腕前でないことは、チルーにもわかる。
「さっきの悪党どもも、おじさんの名前を聞いて驚いていましたね」
「まあ若気の至りでな、儂も若い頃は奴らと大して違わん悪党じゃった。悪名が知られておるのじゃろう」
「お父様はそのことを知っていたのでしょうか」
「ああ、だから儂を芭蕉園の番人に雇ってくれたんじゃ」
はじめて聞いた。父は大島クルウの腕を見込んで雇っていたのである。
「そんなことよりチルーちゃん。カミーちゃんの顔色が悪い。怖い目にあったからな、儂も送ってゆくから早く家に連れて帰りなさい」
このようにして危ういところを大島クルウに助けられた姉妹であったが、まだ幼くもあり、気弱でもあったカミーはこの日より、凌辱されそうになったショックでふさぎ込んでしまった。結局のところ悪党は取り逃がしてしまったので、いつ何時ふたたび襲われるかもしれぬと思うと、夜も眠れないのだ。
チルーは逆に、恐怖や恥辱よりも怒りが勝っていた。
(あいつら許さない。あの兄弟に復讐しなければカミーは立ち直れない)
チルーは考えた。
(でも、あの武樽という男の使うトーデは危険だ。あれに対抗するには、こちらもトーデを習うしかない)
事件より三日の後、チルーは芭蕉園の掘っ立て小屋に、大島クルウを訪ねて行った。
-----------------------------
次回予告
-----------------------------
芭蕉園の恥辱で圧倒的な男の暴力に対する己の無力を悟ったチルー。
武樽に対抗できる力を得るために、大島クルウへの弟子入りを志願する。
しかし琉球では恐るべき剛術であるトーデを、女に習わせた前例は無いのだ。
そこで大島クルウはチルーに入門試験を与える。
その意外な内容は?
大島クルウによる伝説の秘奥技が登場する
次回「入門試験」ご期待ください!
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痩せこけた老人である大島クルウの姿を見て、武樽は言い放った。
大島クルウは険しい顔で武樽を見据える。
「どこの若造か知らんが大それたことをしてくれたな。悪戯では済まんぞ。懲らしめてやる」
「はあっ?」
武樽はチルーの身体から立ち上がると、瘠せ老人に向かって言った。
「はあ、何?懲らしめるだとじじい。お前がか?やれるもんならやってみろ」
言うや否や、疾風のように素早い脚を、クルウの腹に向けて蹴り込んだ。
クルウは身を捻るように蹴りをかわすと同時に、武樽の蹴り足に手刀を打ち込む。
脚全体を貫く激しい痛みに顔を歪めた武樽だが、前転するように地面を転がり距離を稼いだのは流石であった。
しかし手刀を打ち込まれた武樽の脚はひどく痺れている。
「じじいっ!てめえ、トーデを使うのか?」
「ああ、多少心得とるぞ。少なくとも貴様よりはな」
その言葉を聞いた武樽は、不意を突くように打たれて痺れている右足とは逆の脚で地面を蹴り空中を飛んだ。
二間弱(約3m)ほどの間合いを一気に詰めて右と左の連続蹴りで大島クルウの顔面を襲う。
これが武樽の隠し手・飛鳥の術、いわゆる二段蹴りである。これまでこの技で倒せなかった相手は居ない。
左の飛び蹴りが確かにクルウの顔面を捕らえたはずであったが、武樽の足に手応えは無い。
そして次の瞬間、着地する足を大島クルウの足払いが襲ったため、武樽は無様にも地面に叩きつけられた。
背中を強く打ったため息が止まりそうである。
「若造、蹴りが大層得意なようじゃが、まだまだ未熟だ。昔、真壁チャーンという蹴りの名人と立ち合ったことがあるが、奴とは比べ物にもならんわ」
(真壁チャーンと立ち合っただと!?)
真壁チャーンといえば、かつて琉球中にその名を知られた蹴りの達人である。
武樽の蹴りは、その真壁チャーンに憧れて修練したものなのだ。
「・・・じじい・・・てめえ何者だ」
「儂の名は、大島クルウ」
「大島クルウ!」
武樽はその名に聞き覚えがあった。
かつて大島にクルウという名のトーデの名人が居り、薩摩に渡り多くの武芸者と立ち合うも、クルウに敵う者が誰もなかったという。この琉球においてもあまたの名人・達人に勝利したと聞くが、なぜこのようなところに大島クルウが居るのか?
「若造、これだけのことをしでかしておいて、この大島クルウから逃れられると思うまいな。二度と悪さできんように、その一物を引き抜いてやろう」
こいつはヤバい。本気だ・・・さすがの武樽も恐怖した。しかしその時。
「や、やめろ、兄貴から離れろ。さもなければこの娘の命はねえぞ」
見ると武太が、カミーの細い首を左手で掴み、右手には大きな石を持って身構えていた。
「む、しまった。不覚じゃ」
人質を取られては大島クルウも身動きできない。
「武太、でかしたぞ。てめえら動くなよ。今日のところは引き下がってやる。おい武太、行くぞ」
そう言うと武樽は木に掛けてあった自分たちの着物を掴んだ。
そして武太とともにカミーを盾にするようにしてしばらく歩くと、突然カミーを突き飛ばし森の中に走って消えた。
チルーはなんとか身を起こし、ふらつく足でカミーに走り寄る。
「お嬢さん方、怪我は無いか」
大島クルウがふたりに声を掛けた。
「おじさん、ありがとう。私もカミーも無事です」
「そうか。では儂は向こうを向いておるでな、とりあえず着物を着てくれんか」
今さらながら自分たちが裸であることに気付いて、チルーは顔を真っ赤に染めた。
着物を着終えたチルーとカミーは、改めて大島クルウに礼を言った。
「いや、儂も森の中に、あきらかにお嬢さん方とは違う足音があることに気付くのが遅かった。耄碌したもんじゃよ。慌てて駆けつけたんじゃが、かろうじて手遅れにならずに済んでよかった」
一息ついたチルーは、さきほどの大島クルウの妙技に興味を抱いていた。
「おじさん、さっきの技はトーデですか」
「ああそうじゃ。若い頃に少々嗜んだ」
少々嗜んだ程度の腕前でないことは、チルーにもわかる。
「さっきの悪党どもも、おじさんの名前を聞いて驚いていましたね」
「まあ若気の至りでな、儂も若い頃は奴らと大して違わん悪党じゃった。悪名が知られておるのじゃろう」
「お父様はそのことを知っていたのでしょうか」
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はじめて聞いた。父は大島クルウの腕を見込んで雇っていたのである。
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このようにして危ういところを大島クルウに助けられた姉妹であったが、まだ幼くもあり、気弱でもあったカミーはこの日より、凌辱されそうになったショックでふさぎ込んでしまった。結局のところ悪党は取り逃がしてしまったので、いつ何時ふたたび襲われるかもしれぬと思うと、夜も眠れないのだ。
チルーは逆に、恐怖や恥辱よりも怒りが勝っていた。
(あいつら許さない。あの兄弟に復讐しなければカミーは立ち直れない)
チルーは考えた。
(でも、あの武樽という男の使うトーデは危険だ。あれに対抗するには、こちらもトーデを習うしかない)
事件より三日の後、チルーは芭蕉園の掘っ立て小屋に、大島クルウを訪ねて行った。
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次回予告
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芭蕉園の恥辱で圧倒的な男の暴力に対する己の無力を悟ったチルー。
武樽に対抗できる力を得るために、大島クルウへの弟子入りを志願する。
しかし琉球では恐るべき剛術であるトーデを、女に習わせた前例は無いのだ。
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