空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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バスターミナルにて

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翌日は夕方ごろまで静子さんのところで過ごしたあと、静子さんが呼んでくれたタクシーでバスターミナルに向かいました。
チェンマイでは思わぬ出費でしたので、帰りはバスです。
世界広しといえど、自分に向けられた殺し屋への報酬を、自分で支払った間抜けはそうそういないでしょう。

静子さんは多忙のため、バスターミナルへの見送りはオームでした。

「なあ、オーム。君にとっての静子さんは、どんな人なの?」

オームはちょっと首をかしげて考えてからいいました。

「私の先生で、お母さん・・かな」

お母さん・・私もちょっとそんな気がしていました。

「なあひょっとして、静子さんて本当にオームのお母さんじゃないの?」

オームは、うふふ・・・と笑って言います。

「そうね。そうだったらいいんだけどね」

タクシーはチェンマイ・バスターミナルに到着しました。

さて、ここでオームとバンコク行きのバスを待っていた時のことです。
一台のトゥクトゥクが走りこんできて、私の目の前に停車しました。
その運転手がこちらをニヤニヤ笑いながら見ています。

・・・ルアン!!

「ルアン!お前、こんなところまで僕を追ってきたのか?こんな人の多いところで僕を殺る気か?」

ルアンは自分の顔の前で手を振りながら言います。

「違うよ。たまたまお客をここまで送ってきたら、トミーを見かけたのさ。それで昨日のことだけど悪かったよ」

「お前、人を殺そうとしておいて、悪かったで済むと思ってるのかよ!」

まるで昨日のルアンのセリフのオウム返しです。

「いや、ごめんな。実は俺、あれからオーンと付き合うことになったんだ」

「え、なに?そうなの?ああそれはおめでとう。。じゃねえよ!それがどうした?」

「オーンから聞いたんだ。トミーは奥さんが待ってるからと言って、オーンに何もしなかったって。本当に悪かったよ。しかしオーンみたいないい女に見向きもしないなんて、トミーの奥さんてよっぽどいい女なんだろうね」

「あたりまえだ!最高の女だよ。そんなことよりお前、8000バーツ返せよ。結局クルージングしなかったんだから」

「ああごめん。今持ってないんだ。今度チェンマイに来た時にクルージングに行こうぜ。じゃあな!」

ルアンは車を急発進させます。

「ああ!!待ておい!そんなもん行くわけないだろ!8000バーツ返せ!」

ルアンのトゥクトゥクは排気ガスと埃を舞い上げて、バスターミナルを出て行きました。

・・・・

「トミー、さようなら。またチェンマイに来たら一緒にご飯食べましょうね」

オームは子供のくせに、やけに大人びた口調で言いました。

「そうだねオーム。じゃあ静子さんによろしく伝えてね。さよなら」

オームに別れを告げて、バスに乗り込みます。
私は本当はもうチェンマイに来ることはあるまいと思っていました。
スリランカ同様に、タイに来ることもないでしょう。

「日本での日常をとり戻すのよ」静子さんはそう言いました。

私は中川先生の命を受けて海外に出ましたが、もともとそれほど海外志向があったわけではありません。
日本での日常を取り戻せば、私が海外でこんな旅をすることは、もう二度と無いでしょう。

バスターミナルをバンコク行きの長距離バスが発車します。

・・・しかし、今回の出張は出費が完全にギャラを超えている大赤字だったなあ。。
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