上 下
107 / 115

チェンマイの夜 1

しおりを挟む
翌日はお昼過ぎごろに静子さんの工房に向かいました。

この工房は静子さんの自宅も兼ねているようでした。
そして、オームは住み込みで静子さんと一緒に暮らしているようです。

「トミーちゃん、おはよう。ちょうどさっき商品が工場から届いたところよ。早速検品する?」

「はい、では早速」

「オーケー、じゃあ今日は私が立ち会うわ」

ということで、静子さんと共に倉庫に行きます。
また2時間ほどかけて中田さんに貰った検品項目に従いチェックしますが、昨日同様に商品は完璧でした。

「静子さん、これでいいです。じゃあ僕は華僑バッグに詰めますので」

「そう、よかったわ。じゃあ後で受領書にサインしてね。パッキングが終わったらお茶にしましょう。その間にソンテウ(小型のバスみたいなもの)を呼んであげるから、それでカーゴ屋に荷物を運ぶといいわ」

荷物を華僑バッグに詰め終わって、静子さんの事務所に行きます。
オームが冷たいお茶と、タイスイーツを用意してくれていました。

静子さんがお茶を飲みながら話しかけます。

「トミーちゃん、昨日は野犬みたいだって言ったけど、それが本性というわけでもなさそうね。あなたはかなり真面目な子ね。どうして中田なんかとつるんでるのかしら?」

このころおそらく40代半ばくらいだった静子さんは、私のことはトミーちゃんと年下の男の子扱いするのですが、なぜか同い年の中田さんのことは呼び捨てにします。

「はあ、タイでいろいろお世話になっちゃって、そのまま仕事を手伝っているんです」

「ああそう。たしかに中田は意外と面倒見のいいところもあるんだよね。まあそれは多分、トミーちゃんが男だからだけどさ」

「そうなんですか?」

静子さんはちょっと苦々しい顔をして言います。

「中田は女の敵よ。あいつは女には人格を認めてないの。平気で暴力もふるうし、許しがたい男だわ」

・・・たしかに女性に手が早い人だけど、そこまで酷い人間ではないと思うけどなあ。。

「トミーちゃん、中田はあなたが思ってる以上のワルよ。女に対しては特にね」

「そういえば、中田さんは女性でも静子さんは苦手だって言ってましたよ」

静子さんは、ふん・・・と鼻で笑って言います。

「昔、中田がウチの子に手を出そうとしたとき、かなり痛い目に会わせてあげたからね。それ以来ここに来るのを敬遠しているのよ」

・・・かなり痛い目って、どんな目に会わせたんだろ?

「でも中田がトミーちゃんのことを気にかけているのは事実かもね。電話では余計なことは話さない中田が、トミーちゃんのことはやけに詳しく話していたもの」

「そうなんですか?」

「中田が自分の従業員のプロフィールを私に伝えたのなんか初めてよ。まあいいわ、それはともかく」

静子さんは受領書とペンを差し出しながら言いました。

「仕事が終わったら、しばらくはチェンマイで遊んでいくんでしょ?明日の晩はウチに来なさい。ご飯でも食べながらあなたの話を聞きたいわ」

・・・・

静子さんの手配してくれたソンテウで、荷物をカーゴ屋まで運び、インボイスを書いて発送の手続きを済ませます。
これで、今回の任務は完了。
さて、じゃあハメを外して遊ぶか!

とはいうものの・・具体的に何をしようか?
私は基本的に下戸なので、酒場の類にひとりで行くのはちょっと無理です。
ゴーゴーバーが何軒かあるのを見ましたが、イマイチ気が乗らない。

ひとまずホテルに戻ると、ホテル前で昨日も声をかけてきた若いトゥクトゥクのドライバーがまた声をかけてきました。

「お兄さん、今夜はどこで遊ぶんだい?いいところに案内するよ」

私は少し誘いに乗ってみようかなと考えました。

「いいところって、例えばどんなところがあるの?」

「女が欲しいかい?それならたくさんの女の子のなかから選べるぜ。気に入った子がいたら、このホテルに連れて帰ればいい」

タイは性産業が盛んで、それ目当てのツーリストが少なくないことは知っていましたが、ただその行為のみをお金で買うというのはもうひとつ気が乗りません。

「却下だ。もっと何かないの?ここでないと出来ない特別な遊びとか」

「お兄さん、遊び人だなあ。じゃあ多少お金がかかってもいいなら、クルージングやらないか?」

・・・クルージング?こんな山の中の街で?

「大きな湖があるんだ。そこに船を浮かべてね、ゴーゴーバーの女の子を5人ほど乗せて、屋台も乗せてプライベートなストリップを楽しみながらクルーズするのさ」

なるほど、これはようするに屋形船のお大尽遊びです。

「お金がかかるってどれくらい?」

「安くしておくよ。3時間のクルージングで10000バーツぽっきりだ」

・・・5万円ほどか(当時)。たしかに日本では考えられない値段だけど、それにしてもちょっと高いな。

「高い。8000バーツにしろよ」

「8000だって!?おいおい無茶言うなよ、お兄さん。んーん・・・わかった。女の子2人でいいなら8000にする」

「よし、乗った!」

こんなお馬鹿な遊びに8000バーツも使おうと思ってしまうあたり、やはり私は正気ではありませんでした。
もっとも好奇心旺盛なのは、正気でも同じでしたが。

「僕は明日の夜は用事があるから、夕刻には戻りたいな」

「じゃあ、正午に出発しよう。そうすれば夕刻には戻れるよ。明日はクルージングに行くとして、今夜はどうする?」

「今夜ねえ・・どうしようかな?」

「カラオケに行かないか?日本の歌もあるよ。女の子も居るし」

私はこの時間から少し遊ぶ程度なら、カラオケも悪くないかと思いました。

「いくら?」

「500バーツ」

「トゥクトゥク込みで?」

「サービスするよ、それじゃ行こうか。言い忘れたが俺はルアン」

「トミーだ。よろしく頼むよ」

私がルアンのトゥクトゥクに乗り込むと、車はターペー通りを旧市街方面に向かいます。
目的のカラオケ店は旧市街を少し入ったところにあるらしいです。
ターペー門をくぐって少し行ったあたりで、ルアンは突然停車して言いました。

「あ、トミー悪い。知り合いが歩いてるんだ。少し待って。オーン!待てよ」

道をひとりで歩いていた、髪を金色に染めた女の子が振り返ります。
オーンと呼ばれた女の子は、なかなかかわいらしい顔立ちですが、やや不良がかった風の娘です。
彼女はつまらなさそうな顔をして言いました。

「なんだ、ルアンか。何か用?」

「なんだってご挨拶だな。今頃どこに行くんだよ」

「別に。ただブラブラ歩いてただけよ。あんた仕事中でしょ?さっさと行きなさいよ」

私はルアンに尋ねました。

「誰、この子。ルアンの彼女かい?」

「まあ、そんなもんだよ」

オーンは大げさに手を振って言います。

「冗談じゃない。私がいつあんたの彼女になったのさ」

どうやらこれはルアンの片思いようです。
ここで私はちょっと悪戯心が出たというか、軽率な思い付きだったというか、とにかくこう言いました。

「ルアン、オーンも一緒にカラオケに連れて行こうよ」

「え、オーンを?」

「そうそう。それでルアンとオーンと僕の3人でカラオケ大会しよう。オーン、行くかい?」

オーンは私の方を向いてにんまりと笑って言いました。

「カラオケに連れてってくれるの?行く行く!」

「僕はトミーだ。さあ車に乗って」

オーンは私の隣の席に乗り込みます。
そして私にピッタリと体を寄せました。
ルアンは怪訝な表情ですが、それは無視します。

「よしルアン、カラオケに出発だ!」

こういう軽率な行動が、あとあと碌でもないことになるとは。。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の彼女はアイツの親友

みつ光男
ライト文芸
~僕は今日も授業中に 全く椅子をずらすことができない、 居眠りしたくても 少し後ろにすら移動させてもらえないんだ~ とある新設校で退屈な1年目を過ごした ごくフツーの高校生、高村コウ。 高校2年の新学期が始まってから常に コウの近くの席にいるのは 一言も口を聞いてくれない塩対応女子の煌子 彼女がコウに近づいた真の目的とは? そしてある日の些細な出来事をきっかけに 少しずつ二人の距離が縮まるのだが 煌子の秘められた悪夢のような過去が再び幕を開けた時 二人の想いと裏腹にその距離が再び離れてゆく。 そして煌子を取り巻く二人の親友、 コウに仄かな思いを寄せる美月の想いは? 遠巻きに二人を見守る由里は果たして…どちらに? 恋愛と友情の狭間で揺れ動く 不器用な男女の恋の結末は 果たして何処へ向かうのやら?

恋する閉鎖病棟

れつだん先生
現代文学
精神科閉鎖病棟の入院記です。 一度目は1ヶ月、二度目は1ヶ月、三度目は4ヶ月入院しました。4ヶ月の内1ヶ月保護室にいました。二度目の入院は一切記憶がないので書いていません。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

ヒロイン失格  初恋が実らないのは知っていた。でもこんな振られ方ってないよ……

ななし乃和歌
ライト文芸
天賦の美貌を持って生まれたヒロイン、蓮華。1分あれば男を落とし、2分あれば理性を壊し、3分あれば同性をも落とす。ところが、このヒロイン…… 主人公(ヒーロー役、京一)を馬鹿にするわ、プライドを傷つけるわ、主人公より脚が速くて運動神経も良くて、クラスで大モテの人気ナンバー1で、おもっきし主人公に嫉妬させるわ、さらに尿漏れオプション持ってるし、ゲロまみれの少女にキスするし、同級生のムカつく少女を奈落の底に突き落とすし……、最後に死んでしまう。 理由は、神様との契約を破ったことによる罰。 とまあ、相手役の主人公にとっては最悪のヒロイン。 さらに死んでしまうという、特殊ステータス付き。 このどん底から、主人公は地獄のヒロインを救い出すことになります。 主人公の義務として。

甘え嬢ずな海部江さん。

あさまる
ライト文芸
※最終話2023年2月18日投稿。(完結済) ※この作品には女性同士の恋愛描写(GL、百合描写)が含まれます。 苦手な方はご遠慮下さい。 人は接する者によって、態度を変えている。 それは、多かれ少なかれ、皆そのはずだ。 どんな聖人君子でも、絶対の平等などありえない。 多かれ少なかれ、二面性があり、それが共存して一つの人格となっている。 それは皆が持っているものだ。 そのはずなのだ。 周囲の視線。 それが一変した。 尊敬や羨望の眼差し。 それが嘲笑や蔑視へ変わった。 人間とは、身勝手な生き物で、自身の抱いたイメージとかけ離れた者を見るとそれを否定する。 完璧主義の押し付け。 二面性を認めず、皆は彼女に完璧を求めた。 たとえそれが本人の嫌がる行為であっても善意の押しつけでそれを行うのだ。 君はそんな子じゃない。 あなたには似合わない。 背が高く、大人びた見た目の海部江翔子。 背が低く、幼い印象の雨枝真優。 これは、そんな二人の少女の凸凹な物語。 ※この話はフィクションであり、実在する団体や人物等とは一切関係ありません。 誤字脱字等ありましたら、お手数かと存じますが、近況ボードの『誤字脱字等について』のページに記載して頂けると幸いです。 毎週土曜日更新予定です。 ※また、タイトルの読み方は『あまえじょうずなあまえさん。』です。

白薔薇園の憂鬱

岡智 みみか
ライト文芸
おじいちゃんの作品を取り戻せ! 大好きだったマイナー芸術家のおじいちゃんの作品は、全て生活費のために父に売られてしまった。独りになった今、幸せだったあの頃を取り戻したい。

仮面 ただ、それだけのため

SaisenTobutaira
現代文学
仮面の中は誰も知らない 家族でさえ、愛してくれている人でさえ、

仮想通貨で大儲けしたので勤めている会社を買ってみた

なつのさんち
ライト文芸
たった数週間の仮想通貨取引にて大金を手にした主人公、幸坂。 彼は二日酔いに痛む頭での専務とのやり取りの末、その金を元に職場の株を買い取ると言ってしまった。 半ば乗せられる形で社長補佐となった彼は、立派な経営者になれるのだろうか!? 『会社とは』『株主とは』『経営者とは』などについて気軽に読める、自称ゆるふわ系経済小説です。

処理中です...