空手バックパッカー放浪記

冨井春義

文字の大きさ
上 下
100 / 115

ある日の朝

しおりを挟む
ある日の朝のことです。

「トミーさん、トミーさん、居ますか?」

中田さんが私の部屋のドアをノックしています。

「はい、居ます。早いですね。もう出かけるんですか?」

ドアを開けると中田さんが携帯電話を手に持って立っています。

「電話です。サトミさんから電話が入りました」

サトミからの電話!?首を長くして待っていたサトミからの電話!
やっとサトミがバンコクに到着したのだろうか?
私の脳裏に「いってきます」と言って別れたときの、サトミの笑顔が浮かびました。

「な、な、中田さん、早く代わってください」

すると中田さんは、とても申し訳なさそうな顔で言いました。

「それが切れてしまったんです。どうも国際電話みたいで。取り急ぎ用件を言付かりました」

それを聞いて、私は非常に落胆しました。

「国際電話?・・・バンコクからじゃなかったんですか。それで言付かった用件とは?」

「なんでもGPO(中央郵便局)に、局留めでトミーさんへの手紙を送っているそうです。それを読んでほしいって」

・・・手紙?いったいどうしたんだろう。何か問題でも発生したのだろうか?

ああっ!まさか?・・・

サトミは私と過ごしたインドゥルワでの2週間ほどの間、ずっと私と同じ宿の食事を摂っていました。
私がこれほど深刻な栄養失調に陥ったのですから、彼女の身にも同じことが起こっていても不思議はないのです。
しかし彼女は私と違い、ダル豆のカレーを嫌うことなく食べていましたので、おそらくは大丈夫であろうと私は軽く考えていたのです。
しかし、それは考えが甘かったのかもしれません。

私は自分の身体を治すことばかり考え、彼女の身を案ずることをしなかったことを恥じました。
激しい不安に居ても立っても居られない気持ちです。

そんな私の様子を察したのか、中田さんは言いました。

「トミーさん、今日の仕事はいいですから、早くGPOに行ってください」

「ありがとうございます!」

そう言うなり私は、宿を飛び出しタクシーを拾い、GPOに向かいました。
タクシーに乗っている間、私はずっとサトミとの日々を思い出していました。

夕暮れのゴールで、出会ったばかりのサトミを見てときめいた時のこと。

コーラとビールでの晩酌、そして初めての夜。

インドゥルワのビーチで子供と遊ぶサトミの姿。

バックパックを背負って遠ざかるサトミの後ろ姿。。

タイ名はチャルンクルン通り。
イギリス人はニューロードという、味も素っ気も無い名前を付けたその大通りは、その名にふさわしく味も素っ気もありません。
アスファルトの道路の両サイドには、コンクリートの建物が立ち並ぶ、南国情緒など一切ない大通り。
その通りに面して、GPOことバンコク中央郵便局の建物があります。

郵便局のロータリーでタクシーを飛び降りると、私は急いで窓口に行きパスポートを提示して手紙を受け取ります。

私は受け取った手紙の封を、その場ですぐに切りました。

便箋は数枚に及ぶ、長い手紙でした。

・・・・

・・・なんだこれは??

その手紙に書かれていたことは、私にとってあまりにも信じがたく、衝撃的なことでした。

何度も読み返しました。

日本語の手紙なのに、もしかしたら私が意味を取り違えているのではないか?とも考えました。

もしかしたら何かの冗談のつもりかもしれない。

最後に「・・・なーんちゃって(笑)」とか書いてあるんじゃ?

しかし、何度確認してもそのようなことは書かれていません。

・・・・

私は現在、その手紙を所有していませんので、記憶を辿ってこの文章を書いています。
それでも手紙の書きだしは、はっきりと覚えています。それは・・・

『トミーさん、ごめんなさい。私は嘘をついていました』でした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

処理中です...